第二十話 胸板並みに厚いカリアスの恋愛防御力
アイーダによる騎士団の寮と鍛錬場の見学は、あっという間に終わってしまった。
馬車に乗って本館に降り立ったアイーダは、まだ正午にもなっていない太陽を見上げて溜息を吐いた。
忠実な執事は、隠すように肩を揺らしながら笑っている。
(全く隠せてないのがムカつくけど、相談相手はコイツしかいないのね)
自室に戻ったアイーダは、エドワルドに詰め寄った。
「笑ってないでアドバイスを頂戴、エドワルドっ」
「クックックッ、そう言われましても。なかなかの難題ですよ、お嬢さま。クックックッ」
銀縁眼鏡をかけた執事は、我慢しきれない笑いを漏らした。
それはアイーダの神経を逆なでするムカつく笑いだったが、頼る相手はコレしかいない。
「私の幸せな結婚生活がかかっているのよ? 真面目にやって、真面目に」
「クククッ。恋愛事は真面目にやり過ぎると、かえってうまくいきませんよ? クククッ」
器用に笑い声を挟みながらエドワルドは答えた。
「それは分かっているけれど……」
ぼやきながらアイーダは、優雅にソファへ寝そべるように座った。
美しく流れるドレスのライン、魅力的に見える顔の角度、優美に見える手の添え方。
アイーダは、恋愛という名の戦いに備え、それなりの準備を備えている。
しかし見せ場がなければ宝の持ち腐れなのだ。
「手強い。手強いわ、カリアスさま」
「ただの無粋者とも言えますけどね」
アイーダはエドワルドをキッと睨んだ。
「主人の将来の伴侶を愚弄するような事は言わないで」
「浮気だらけの貴族社会においては褒め言葉でもあるのでは?」
「ん、それもそうね」
自分が相手にされないのはムカつくものだが、他の女性も同じように相手にしないのであれば誠実ということになる。
「カリアスさまの周辺を調査しましたところ、めぼしい相手どころか娼館を利用した様子もありませんでした」
「それはよいことね。娼館のような性病だらけの淫らな場所、清廉なカリアスさまには似合わないわ」
転生者であるアイーダには、性病の治療法もないのに娼館のある世界が信じられない。
そこを婚約者が利用していたら、と想像しただけで、聖女を呼びたくなる。
「性病になって聖女に癒してもらうのが好き、という変態もおりますからね」
「イヤー! そんな男性はイヤー!」
アイーダは心の底から叫んだ。
エドワルドは銀縁眼鏡の端をクイッと上げて言う。
「結婚したら変わるという男性もいらっしゃいますが、独身の時からお盛んであるよりは良いかと」
「一言多くてよ、エドワルド」
アイーダは眉をひそめた。
「そうならないためには、お二人の仲を深めていくのが一番です」
「でもカリアスの恋愛防御力は、あの方の胸板並みに厚そうよ?」
アイーダは明るい陽射しのもとで見たカリアスの厚い胸板を思い出し、うっとりとした表情を浮かべた。
エドワルドも今日見た団員たちの体を思い出して鼻の下を伸ばしたが、アイーダの視線を感じて、ゴホンと大きく咳をすると気を取り直したように言う。
「あのような純朴そうな方は、一度崩れ始めたら早いのです。そして、目移りしない誠実な愛を示してくれやすいのです」
「根拠は?」
「薄い本でございます」
「根拠も薄い~」
アイーダは、いつものように信頼できる執事と軽い茶番を演じたあと、改めて言う。
「とはいえ、そうなる可能性もあるというわけね。私は、その可能性にかけるわ」
「それでこそ、お嬢さまでございます」
アイーダとエドワルドは、どうやってカリアスと親睦を深めるかを、昼食と夕食を挟んで遅くまで話し合った。




