第十九話 騎士団寮入り口
「ここが護衛騎士団の寮なのね」
「そうです、お嬢さま」
アイーダの目の前には、丈夫そうな四階建ての寮がある。
(この寮がなければ、カリアスさまと一緒に住めたのに……)
アイーダの目には、護衛騎士団の寮が敵に見えていた。
隣に立つカリアスと寮とを見比べながらアイーダは言う。
「でも私は入っていけないのね」
「はい、お嬢さま」
「なぜ?」
騎士団長は顔をしかめて言う。
「臭いからです。男所帯の住まい独特の臭いは、お嬢さまにはキツイと思いますよ」
「そうなのね」
(男臭いというヤツかしら? 男性用化粧品で臭いと思った記憶はあるけれど、こちらは人工香料がない世界だから、あの匂いではないわよね?)
アイーダには前世の記憶があったが、1人っ子で女子校育ち、職場も女性が多かったので、その類の臭いはよくわからなかった。
チラリと隣に立つカリアスの男らしい顔を見上げてみるけれど、別に臭くはない。
(むしろ良い匂いがするような気がします。イメージの問題かしら?)
視線が合うとカリアスはニコッと笑って言う。
「オレ、臭いですか?」
「いえ、そんなことはありませんっ」
アイーダは慌てて否定するも、カリアスは自分の着ているシャツをつまむとクンクン嗅いでいた。
(後ろでエドワルドがクックッと笑っている気配がするっ。ちょっと、笑ってないでフォローしてよ、フォローっ!)
アイーダはそう思ったが、騎士団長までカリアスと同じようにシャツをつまんでクンクンと嗅いでいる。
ちょっといたたまれない気分になったアイーダだったが、カリアスや騎士団長は気にしている様子はない。
「やはり寮の中には入らない方がいいですよ、お嬢さま」
貴族女性は自分たちとは別枠の生き物である、とでも思っているらしく、騎士団長は気にする様子もなく説明を始めた。
「寮は力持ちの大男が集まって暮らしても大丈夫なように、頑丈に作られていますので心配ありません。見た目は素朴ですが、丈夫ですから」
「そうなのね」
騎士団長は寮の丈夫さをアピールしてくるが、なぜなのかアイーダにはピンとこなかった。
「ああ、お嬢さまはご存じないから。以前の寮は団員たちが戦勝パーティか何かの後で暴れて、壊れたとか聞きましたよ」
「えっ⁉」
エドワルドの言葉に、アイーダは驚いた。
「いえいえ、違います。新年のパーティで酒を飲みすぎて、陽気に暴れて、陽気に寮を壊してしまったのです。あれはお嬢さまが生まれる前の話ですね。懐かしいです」
騎士団長が、しみじみと過去を思い出しているような遠い目をして、寮を眺めている。
(んん? 良い思い出を思い返しているような表情ですね。寮を壊したのに?)
アイーダは悟った。
戦う男たちの感性の全てを理解するのは、自分には無理だと。
「あっ、すいません。説明を続けますね。寮が壊れて怪我人が出たり、住む場所をなくしてしばらく野営訓練に入ったり、色々ありましたので。新しい寮は丈夫に作られていますので、お嬢さまの婚約者さまの身の安全は保障します」
「ん、そういうことね」
(寮が壊れて怪我をするのは困りますが。野営訓練するくらいなら本館で暮らしましょう、と言えるので一概に良いことでもないような……)
アイーダはカリアスへ視線をチラリと投げてから、変な方向に行ってしまった思考を振り切るように頭を振った。
「寮は一階に食堂と浴場がありまして。二階より上は、各人の部屋になっています。面会室などの用意はありませんので、カリアスさまとお会いになりたいときには、別の場所でお願いします」
「ええ、分かったわ」
アイーダは周辺をグルッと見まわした。
敷地は広いため、空いているスペースは沢山ある。
(鍛錬場がよく見える場所に、温室でも作ろうかしら?)
アイーダは、そんなことを考えていた。
だが、カリアスの思いは全く違うようだった。
「ではそろそろオレは鍛錬に戻りますね」
「えっ⁉ もう?」
「はい。では、また」
驚くアイーダを置いて、カリアスは鍛錬に戻っていってしまった。
ポカンとするアイーダに、頭を抱える騎士団長。
エドワルドは表情を見られないように後ろを向いてはいたが、その肩はクックックッと忍び笑いに揺れていた。




