第十七話 アイーダはカリアスの姿が見たい
よく晴れた暖かな春の日。
降り注ぐ朝の日差しに、庭の花々も煌めている。
カリアス到着の翌日。
アイーダは、騎士団の寮や訓練場の見学、という名目でカリアス見学へと出向くことにした。
「お嬢さま、馬車の用意ができました」
「わかったわ、エドワルド」
敷地内と言っても、本館から騎士団員たちの生活の場は遠い。
公爵令嬢であるアイーダが、ドレスの裾をたくし上げて走っていくわけにはいかないのだ。
(正直、めんどくさっ)
と思いつつも、アイーダは澄ました顔をして馬車に乗り込む。
普通の貴族令嬢ならいざ知らず、日頃から内緒で鍛錬しているアイーダにとっては、自分の足で出向いたほうが早いのだ。
逸る気持ちはあっても、馬車は優雅に走っていく。
馬車を早く走らせるのは緊急時だけだし、屋敷の敷地内を急がせて馬車を走らせようものなら事故へと繋がりかねない。
それはアイーダも理解していたが、早く着きたい。
なんなら、非常用の隠し通路を走っていったほうが早い。
だからといって、隠し通路を頻繁に使ったら隠し通路にならない。
だから止めてください、とエドワルドに言われてしまった。
解せぬ。
そんな複雑な思いを心に去来させながら、アイーダは馬車で護衛騎士団の鍛錬場に向かった。
ロドリゲス公爵家の敷地は広い。
だから護衛騎士団の鍛錬場といったも、本館から馬車で十分ほどかかる。
「馬でいけばすぐなのに」
「お嬢さま。普通の公爵令嬢は、乗馬などできませんよ」
「あらイケナイ」
アイーダの忠実な執事であるエドワルドは、彼女の要望にだいたい応えてくれる。
乗馬についても、やりたいといったらやらせてはくれた。
しかし、一応表向きには内緒ということになっている。
貴族の令嬢は、いざという時には人質にとれるくらい脆弱でなくてはならない。
幽閉しても馬に乗って逃げ出せそうな公爵令嬢は、王家にとって脅威となる。
「本当に面倒ね、貴族って」
「そうですね、お嬢さま」
「いっそのこと、ぶち壊してやろうかしら」
アイーダは転生者である。
議会制民主主義についての知識がないわけでもない。
「そうなったら、その世界では、お嬢さまがリーダーですね」
「それは面倒だわ」
「でしたら、王制をぶち壊すのはやめておいた方が得策ですよ」
「そうね」
議会制民主主義の知識はあるが、おぼろげだ。
そんないい加減な知識をもとに世界を作り変えるのも迷惑な話だろう。
アイーダは大人しく現行システムへ従うことにした。
「ほら、お嬢さま。馬車を降りますよ」
「鍛錬場も見えないのに?」
「厩は少し離してありますし。鍛錬の音に驚いて馬が暴れても危ないですからね」
エドワルドに促されて馬車を降り、歩いて鍛錬場へと向かった。
「ほら、お嬢さま。見えてきましたよ」
賑やかな声と共に、団員たちが鍛錬に勤しんでいるのが見えた。
その中でひときわ輝いている男。
二メートル超えの色黒ゴリマッチョ、黒の短髪に茶色の瞳をしたアイーダの婚約者カリアスが、上半身裸のまま笑顔で鍛錬に励んでいた。




