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桜の下で

作者: 詩歌

カクヨムでも公開しています。

 桜咲く春は魔の季節。


 桜の見ごろ、桜の命は儚く短い。雨風が吹くごとに流れ散っていく。束の間人間たちが酒の肴にその美しさを愛でるが、春でなければ殆どその美しさも顧みられない。


 桜の多くは並木となってこちらを魅了する。だが時には幼子を毛虫でもって脅かす。昔はそんなことがしょっちゅうあった。近頃ではそれも少なくなったようだが。


 私が何も知らないだけなのか。


 私の学校の傍には公園がある。四季に沿って色とりどりの花が咲く。普通、下校時刻の公園といえば子どもが砂場や滑り台で遊んでいるくらいのもの。広いところならばなおさら人気は無いものなのに、この公園では人が絶えない。


 無論。多いと言っても限度があるというものだが、春は桜、夏は緑、秋は樫や椎の実、冬は雪に生える木立が人を寄せ付けるのか。


 先ほど並木が魅了するとは言ったものの、この公園ではたった一本の桜が大樹となって佇んでいる。毎年花を咲かせており、この桜を目当てにやってきて、人気のない夜に酒盛りをするものもいるらしい。学校の傍、閑静な住宅街に歓迎できることではないだろうが。


 この騒がしい世ではないことだろうが、もう少し、そうひと昔ふた昔、いやもう少し昔であれば、この桜の大樹もご神木といわれたかもわからない。その程度の威容は誇っている。そのせいか、ここらで遊ぶ子どもも登ってみようとは思わないようだ。




 私が入学したのはこの春。


 その前から好きでよく出入りしていたし、よくすれ違う人と挨拶していた。


 ああもう。


 とにかく言いたいのは、この公園は大切にされているということと、あの桜が如何に見事か、ということだ。




 ああ――。


 「美しい」


 桜か。


 そうだのう。今宵もうまく咲いたの。


 先だってから大勢の男やら女やらがあの下を踏んで回っておったから、この春はちぃっと心配しよったのじゃ。


 ま、無事に咲いてよきかな、よきかな。


 異論はあろうが、我はあの桜と月の対比が好きでの。


 月はもとより好きであったから、なんとなく嬉しいだけかもしれんがの。桜の美しさに否をいうものはおるまい?


 手を伸ばしたくなる、吸い込まれそうになる、ふっと足元が危うくなる。


 そういう月を見ていると、大きな桜が枝を伸ばして我を支えてくれるように思う。


 月は異界への門と謂われておる。この場所では桜がその門により力を与えている、ということも云えるかもしれんの。


 


 「ああ、ほんに綺麗じゃの。


 我にはもうあるまいが、色鮮やかな衣を纏った若く美しい娘さんならば。門を超えていくこともあろうかの」


 いや、これは独り言。


 歳ふりた男の酒にまかせた世迷言じゃて。




 ある時代のこの場所で。


 「埋めてしまえ」


 「葬るが一番じゃ」


 荒野で人影が蠢いているの遠目にもわかる。見通しが良い。


 しかし、何を話しているのかは、よくは分からない。


 「言霊と」


 「力と」


 「よいものがよいとは限らない」


 埋めてしまえ。美しきもの、愛でられるもの。


 これで花は華やかさを失い、力を失い、この地は封じられるだろう。


 美しいものは色々と招く。


 誰もが魅かれ、求めて、挙句狂う。


 「ほれ、これが印じゃ」


 いつまでも、変わらぬ印。


 「しかしの」


 「なんじゃい」


 「この印とて力を無くす」


 「おう?それはそうだとも」


 言霊を失い、力を失い、呪いを失い、誰に呼ばれることもない。


 「ああ」


 「これは自らの力を封じることになる」


 「それで?」


 「自らの力であれば、変わらぬとはいえ、僅かに力を吸い上げることもあろう。それがよりこの封じを強くする」


 ――。


 「ええのではないか」


 「ええのか?ほんにそう思うてか?」


 「そうじゃ」


 「なれば」


 この美しさは削がれても、亡くすことはあるまい。


 これも愛でられることになろう。


 だがやがて力が見いだされ、言霊が還り、その呪力復た得たときには。


 前よりも増した時には。


 「ああ、そうじゃ兄者」


 我らもともに還ろうぞ。


 「門を超えて」


 「門を超えて」


 時はいずれよりか在る――。




 「やれの」


 「吞み終わってしまった」


 時は流れて在る。


 しかし変わらないことというのは数多い。


 反面、変わるものもまた数多い。


 たくさんのものをみてきたが、美しいものが危うい、儚い、というのは真実のようだ。


 ことに、花のように四季に移ろうものは。


 生まれては再生する、命というものは。




 立花りっかは部活が終わるとすぐに学校を出た。


 「ふう」


 小さく息を吐く。


 「だいぶ遅くなっちゃった」


 道の向こうに目をやり、次いで時計を見る。薄暗くてよく見えないが、バスが来るのはまだ先のようだ。


 立花の学校は文武両道を掲げ、とかく年中忙しい。加えて進学校なので、なおさらだ。もうちょっと早く帰らせてくれても、と思わないでもないのだが、山の上にあるから通学が不便なうえに、今日も近くある文化祭の立看板を制作していたら遅くなってしまった。


 新入部員もこんなのでついてきてくれるだろうか。


 やめてしまいやしないか。


 残っていたのは立花と新入部員の鈴野、佐和だけだった。


 帰り道はバラバラで、皆とは部室で別れた。


 学校は住宅地の真ん中にあって、こんな時刻ともなると人気ひとけが無い。


 立花の家はバスで25分ほど、バス無しでは通えない。


 


 やっと来たバスを降りると公園がある。公園の横には別な学校があって、夜の学校はやはりどことなく気味が悪い。


 家は公園の向こう。月も出ているし、回り道は面倒だ。近頃は遅くなるたびに突っ切ることにしている。


 誰が管理しているのかは知らないが、公園はわりに綺麗だ。落ち葉は掃かれ、灯りも明るい。公園にありがちな不快感とか不安感とかいうものもなくて、立花はこの公園が嫌いじゃない。


 ほかの人も同じなのか、人気が完全になくなるのは深夜だ。立花の家からは公園の人の物音が聞こえるからわかる。


 足早に歩く立花からは今も向こうで誰かが犬を連れて歩いているのが見えるし、ほら、あの大きな樹木の下にも少年がいる。


 あれ?こんな時間に少年?


 立花が頭の隅でやや怪訝に思いながら公園を通り過ぎた。


 「ただいま」


 ドアを開く。


 カレーの匂いがした。




 

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