1ー9・全然アリです
「調査する必要がある」 そう言った翌日の夜には、もうレイは、アズエル学園の教師と、在籍生徒全員の情報を調べきっていた。
「エミィもガーディもぼくらと同じだ」
ふたりとも、その経歴は偽装であった。ただしおそらくは貴族ではない。
レイのようなケースは、普通ない。
「多分、諜報組織とかのエージェントだと思う。少なくともエミィは」
それなら、ユイトの事がこれほど早くバレたのも納得がいくわけである。
「そしてそういう事なら多分大丈夫だ。あっちも経歴偽装してるんだし、下手にユイトの事バラしたりしないと思う」
さらにエミィは、むしろかなり公式なルートを使って経歴を作っていたから、どのような組織にせよ、おそらくミューテア政府公認の真っ当なものであると、レイは推測した。
「むしろ気になるのは、非合法なルートを使ってるっぽいガーディはじめ他の連中だ」
「他の連中って、他にも経歴偽装者が?」
驚いて、聞いたのはミユ。
「ああ、ぼくも正直驚かされた」
しかしかなり間違いない事だった。
ガーディとエミィ以外にも、四年生の女子生徒オリヴィア。一年生の男子ゲオルグと、女子のリンリー。それにユイトたちと同じ二年の女子エマが、経歴に明らかに怪しい部分があった。
「まあガーディの件を考えるに、これもほんとかわからないが、とりあえず特殊技能は、オリヴィアが真似。ゲオルグが放射光。リンリーが身体強化だと」
エマはすでに自己紹介にて、特殊技能は感覚切替だと、ユイトたちは聞いている。
一応調べてみると、感覚切替は解析に似た、情報解析能力。
真似は、他人の特殊技能を擬似的に真似る能力。
放射光は、エネルギー線を射出する能力。
身体強化は、シンプルに身体能力を強化する能力。
「都会の学校て、そんなにエージェントが潜り込んでるものなの?」
まずもって尋ねてみるユイト。
「気にした事なかったが、そうだったみたいだな」
そう言いながら、レイはちょっと楽しそうにする。
「この学校に限った話じゃないかも。レイ」
「わかってる」
ミユの言葉に、真面目な顔になるレイ。
「どういう事?」
それがユイトにはまったくわからない。
「最近ちょっとな」とレイ。
「このミューテアの社交界で、不吉な事が連続してるんだ。アズエルは貴族の家系も多い学校だから、何か関係あるかもって事だ」
「もしかしたらですけど、何か陰謀めいた事が水面下で進行しているのかもしれないのです」
「陰謀」
ユイトにはまるで縁がなかったはずの、複雑そうで、そして恐ろしい話。
「お、おれは大丈夫だからね」
ハッとして、唐突に言うユイト。
「ほら、地上の出身で、強いから。それにレイくんもミユちゃんも、えっと、友達だと思ってるから」
レイもミユも一瞬キョトンとするも、すぐに彼が、危険になってきたから帰らされる可能性を恐れたのだと察する。
そしてふたりとも、真剣さを保てず、軽く笑う。
「ああ、空中世界の文化的にも、ぼくらはもう友達だよ」
「でもだからこそ」
ミユはレイと、笑みを見せあってから続けた。
「いざという時は、わたしたちの事も気にしないで、本気でやっちゃっていいですから」
ーー
そしてまた次の日。
「あの、レイ先輩」
本当に、何かやっぱり騙されてるんじゃないかというほど、想定されていたいくつものシチュエーションのひとつそのまま。登校し、教室に入ろうとした偽物レイのユイトを呼び止めた、見知らぬ後輩女子。
「これは美しいお嬢様だね、放課後デートの誘いかな?」
「はい」
(ちょっ、何か違うんですけど、レイくん)
聞いていた話では、ただ照れ笑いするだけ。
[「オチツイテ」]
すぐ側のミユから、実に適切な秘密のアドバイス。
「先輩?」
「ああ、いや、自分の魅力がちょっと恐ろしくてね」
そして、名前は必ず聞けというレイのアドバイスも思い出す。
「ところで名前は? 運命的すぎて聞きそびれる所だった」
「わたしはコレットです。それとこれ」と、ハートマークがあからさまな手紙を渡される。
そして後輩女子は立ち去った。
[「ソノバデヨンデクダサイ」]
そう言われたので読んでみると、書かれていたのはレイへの気持ちと、デートしてください、というお願い。待ち合わせ場所と時間を指定して、「待ってますから」の一言。
ーー
それからとりあえずは、ミユと共に、人気のなさそうな屋上まで来たユイト。
「おれ、で、デートなんてした事ないけど」
「大丈夫ですよ。本物呼び出しますんで」
実にあっけらかんと言ったミユ。
「いや、そっか、おれじゃないんだ」
ホッと一息つくが、少しばかり複雑そうでもあるユイト。
「ちょっとがっかりですか?」
半分からかい混じりな調子のミユ。
「いやでも、おれは彼女の事よく知らないし。それは、正直興味はあるけど。でも多分、恋してるわけでもないし、それなのにデートなんて、遊びみたいで悪くないかな。その、都会じゃこんな考え笑われるのかもしれないけど」
もはや誰が見ても偽物だとわかるだろうほど、顔を赤くして、うろたえるユイト。
「いえ」
そして、その片手を両手で包む事で、さらに彼を赤くさせるミユ。
別に笑ったりしないし、もうからかうような感じすらない。
というか、彼女はなぜだか感動していた。
「いえ、あなたはそれでいいんです。全然アリですよ。レイなんかよりずっと、ずっと素敵ですよ」
「えっと、あ、ありがとう」と言うべきなのかいまいちよくわからないが、とりあえず言っておくユイト。
そして屋上を後にしようという時。
「ユイト様」
「何?」
「わたしと、いえ」
それはまた唐突な申し出だった。
「わたしたちもデートしましょうよ」
「へ?」
「興味はあるのでしょう。確かに聞きました。それにわたしたちはもう互いに知ってるって言えますよ」
「いや、でも」
「決まりです、決定ですよ」
そして、少なくともユイトにはそれまで見せた事なかった、素敵な笑みをミユは見せてくれた。
──
"身体強化"(コード能力事典・特殊技能5)
自身の身体能力を向上させる特殊技能。
コード能力としては、効果に関係なく負担がかなり少ない。
ただしこの能力は実際には、強化というより、身体の強制コントロールに近いので、物理的に身体に負担がかかる。
"放射光"(コード能力事典・特殊技能8)
エネルギー線、ビームを射出する特殊技能。
時間をかけて、エネルギーを溜める事で、ビームの威力は上がるが、負担もその分増える。
"真似"(コード能力事典・特殊技能30)
五感から取り入れた、他人のコア情報を取り込み、擬似再現する特殊技能。
他人の特殊技能を使えるという、ある意味最も汎用性の高い能力。だが、自身のコアを変化させるのでなく、その領域を拡大する事で、再現を実現するので、体力も精神力もオリジナルよりほぼ倍使う。
また、コピー自体が数十秒ほどかかるので、案外かなり扱いが難しい。
"感覚切替"(コード能力事典・特殊技能41)
自らの知覚能力を、より意識的に扱えるようになる特殊技能。
解析能力としては、その速度をあげにくく、かなり扱いづらいが、空間範囲の意識的知覚は、隔絶系能力を使う者すら、捉えられる場合がある。