1ー8・女の子に慣れていない方が偽物
模擬戦闘授業の翌日。
「凄いね、でも持ち込んだ物とか、物理的な攻撃は?」
「それが全然安全みたいでさ。地上にも訓練用に欲しいくらい」
休日だった事もあり、麗寧館の自分の部屋で、朝からモニターごしに妹と盛り上がるユイト。
特にふたりの間で、大きな話題となったのが、MRCSというシミュレータの事。
しかしもちろんそれだけでもない。
「そういや、オリハルコンってフィクションじゃないんだって」
「オリハルコンって、バトル漫画によく出てくるアレ?」
まさにその通り、オリハルコンは、地上世界の漫画では、よく強力な武器の素材などとして登場する。
「ああ、しかもそれを使う特殊技能もあって、ほら、さっき話した、フィオナちゃんて子が使うんだけど」
「ふふ」
そこで口元を緩めるカナメ。
「な、何?」
「だってさ、お兄ちゃん、わかりやすいんだもん。その子、きっととっても可愛いんだね」
「あ、いや、いやそうなんだけど」
「ミユさんも可愛いもんね。やっぱり都会の子ってみんなそうなのかな」
「おまえも」
顔を赤くし、声を大きくするユイト。
「おまえも可愛いじゃん。負けてないって」
少し沈黙。そしてまた笑みを見せたカナメ。
「だめね、もっとさらっと言わないと。でも嬉しいよ」
「ほ、ほんとだから」
「あはは、わたし相手にこれじゃ、本命の子が出来た時に大変かもね」
「本命って、それは、おれには、ないよ多分そんな話」
「でもミユさんや、その、フィオナさんを可愛いとは思ってるんでしょ」
「それは、そうかもだけど、でも、だからそう、田舎者なおれとは釣り合わなすぎだよ」
「ううん、そんな事絶対ないよ。お兄ちゃんとってもかっこいいし、優しいし」
「もう、とにかくこの話は終わり。そうだ、前言ってた掃除ロボットなんだけど」
そうして、何時間も話をして、ふたりは通信を終えた。
「そうだ、おれに恋なんて」
カツラとメガネで変装していても、自分にはない多くのものを持ったレイのふりをしても、自分には縁なんてないと思ってた空中世界で実際に暮らしてみても、結局ユイトはユイトだった。
前向きな性格だけが取り柄な無知な田舎者で、華やかな空の世界にいて、きっと浮いてしまっている。
「恋か」
フィオナでもミユでもなく、真っ先に思い浮かべたのは、もっと昔に知り合ったひとりの少女。
別に恋の相手だったわけじゃない。
ただ友達だった。少なくともユイトの方はそう思っていた。
ーー
「ミユちゃん、入っていい」
「どうぞ」
許可を経て、彼女のいた部屋のドアを開ける。
「ここは共同部屋ですし、別にわたしに断りを入れる必要もないですよ」
自分の分か、ユイトの分かはわからないが、とにかく課題である数学の問題を解きながら、ミユはユイトの方を見もしない。
「その、思ったんだけど、それは、ミユちゃんがやってくれるって言ってたけど」
しかしいざ本当に、今のように休日まで使う彼女に、ユイトは申し訳なくなっていた。
「おれも手伝えたらって思うんだけど」
「気持ちはありがたいですけど足手まといです」
実にバッサリであった。
実際そうであろう。ユイトは空中世界の義務教育すら受けていない。そんな彼が手伝うのならば、結局教えてもらいながらになるのは確実。ミユからしてみたら、まさに手間が増えるだけである。
「レイくんは?」
「あのレイはデートですよ。ほら、最初の登校の時に、メモで口説かれた先輩女子がいたじゃないですか」
「そ、そっか」
何とも気まずい空気。
「でも、あいつの事、誤解しないでくださいね。あれでけっこういい奴でもあるんです」
「うん」
それはユイトにだって確信があった。
「わかってる。だからミユちゃんはそんなに頑張るんでしょ、彼のために」
その言葉は、ミユの手を止めた。そしてようやく、ユイトがそこにいる事に気づいたかのように、彼の方を向く
「あいつのいい部分だけは、あなたと似てます。カナメ様が羨ましいですよ」
そして、何かをごまかすように彼女は続けた。
「それより、せっかく今日は休日で、レイも留守なんです。憧れだった都会見物でもしてきたらどうです?」
「でも」
「少なくとも、ここで足手まといになられるよりは、そうしてくれた方が、わたしとしても助かります」
まさに二の句も出なかった。
ーー
そうして麗寧館を出て、街を適当に歩く事にしたユイト。
しかも今日は(カツラにメガネの変装はしているが)レイのふりでなく、素の自分。まさに本来なら、田舎者まるだしで、目に映るもの全てに声を上げて驚く所。
ショッピングモールの広場に突如出現したレストラン。着せ替えファッションショーの如く、次々様々な服の見本の姿に切り替わる人形。クレームをつけてる誰かに冷静に対応してるロボット。急に頭上に現れたレールを走るジェットコースター。
だが心にひっかかったわだかまりのせいで、どんな新鮮な事にも、今は素直にはしゃげない。
(「気持ちはありがたいですけど、足手まといです」)
確かにその通りだろう。
しかしなんとか、とは思わずにはいれない。レイはもちろん、ミユにだって、ユイトは強く感謝しているのだ。だからちょっとでも、ほんの少しでいいから、恩返しをしたかった。
「ユイト・キサラギ・アルケリ」
急に本名を呼ばれ、振り向く。
声をかけてきたのは、誰あろう、エミィであった。
「サギ王子の、新しい使用人なんだってね」
偶然だろうか?
だがすでにフルネームまで知っているなら、それはつまり、少なくとも今の彼が変装であり、本来の容姿がレイに似ている事も知っているのでないだろうか?
「うん、そうだけど。何かな?」
とにかく、できる限り平然とした態度を見せるユイト。
「地上世界のコード能力者は恐ろしく強いって噂、ほんとなんだね」
そこまで知ってる。
「あの、おれはそれじゃ」
そうして、とにかくユイトは逃げるようにその場を後にした。
「結局、彼なの?」
ユイトの姿が見えなくなってから、物陰から現れる上司。
「うん、ほぼ間違いないと思う」
自信をもってエミィは頷く。
「どうする? ニーシャ」
上司の名前だが、普通に呼び捨てにするエミィ。
「そうねえ」
別に気にもしていないようである上司。
「まあ、あの様子じゃ本物かどうかを判断するのは、案外簡単じゃないかしら。女の子に慣れていない方が偽物よ」
「わたしはでも偽物の方がいいかも。顔はなんだかんだ王子様だし」
「わたしの見立てじゃ、彼はむしろあなたの方がけっこう似てると思うわ」
「でもわたし、男ですらないけど?」
「そういうとこがよ」
つまり明るい性格で、かつ天然なところ。
ーー
「絶対怪しまれてるよ、もうバレてるかも」
その夜、エミィとのやりとりをレイたちに報告したユイト。
「偽物と気づいたにしたって、ユイトの情報までもうバレてるなんて」
「普通ではないわね」
ユイトは責められるのすら覚悟していたが、レイもミユも、別にそんなに焦りもしなかった。
「大丈夫、なのかな?」
とりあえず問うユイト。
「まあ、おそらく今の段階では」
すぐにミユがそう答える。
「けどガーディといい、あの学園、真面目にちょっと調査する必要あるな」
それだけ言って、レイは共同部屋から出ていった。