1ー6・きみの流儀には反するかもだけど
ミューテアで最も有名な少年貴族は、間違いなくサギ王子ことレイ・ツキシロ。一方で、最も有名な少女貴族は、こちらもまた間違いなく、クロ姫ことアイテレーゼ・クレザード・ルルシアである。
「ふふっ」
所有する屋敷のひとつの無機質な自室で、目の前のモニターに映された、それもまた白黒で無機質なグラフと数字の羅列を眺め、不敵に笑う。
クロ姫、アイテレーゼ・クレザード・ルルシア。
彼女の髪は濃い茶色で、黒ではない。別にいつも黒い服ばかり着てるとかでもない。
「それは残念ね」
不適な笑み。
モニターの右隣に新たに出現した新たなモニター。そこに表示されていたのはメッセージ。
[殺してやる]と、ただそれだけのメッセージ。
送ってきたのは、つい昨日、破産に追い込んでやったばかりの、そこそこ有名な企業の社長。いや、元社長。もう彼には何も残ってない。会社は乗っ取られ、貯蓄していた財産は盗まれ、家族とも引き裂かれ、そして、予告してきた復讐すら果たせない。
おそらくそろそろでっちあげの罪により、警察が彼を逮捕する頃。
彼女がクロと言われる理由。
資産家たちのマネーゲームにおいて、敵を徹底的なまでに追い詰め、全てを平気で奪う、圧倒的な強者。
そしてふたつのモニターを消した瞬間、再びまた出現したひとつのモニター。そこには新たなメッセージ。あるルートからの新情報。
一週間ほど前に、アルケリ島にツキシロ家の船が一日半くらい停泊していた。という情報。
思わずアイテレーゼは息を呑んだ。
即座に彼女が思い浮かべたのは、ツキシロ家の当主レイに似た、島の少年と、その妹。
「まさか、ね」
それから彼女はすぐさま、ある少年と通信を繋げた。
[「何かあったか?」]
通信越しにすぐに投げかけられてきた声に、しかしアイテレーゼはすぐには何も返さなかった。
「いえ、何でもないわ。悪いわね」
考えた末にそれだけ言うと、結局彼女は通信を切った。
ーー
「何なんだよ?」
ちょうどアズエル学園に登校途中だったガーディは、とりあえずは通信機をしまい、少しばかり考える。
しかし考えても彼女、自分をあの本来は絶対に通えることのないはずの学園に入学させた、クロ姫アイテレーゼがどういうつもりなのか、まったく見当もつかなかった。
ーー
2日目は模擬戦。
観戦モニターごしに見る、シミュレータが用意したバーチャル空間での戦闘。さすがにコード能力者の名門というだけあり、地上世界の生まれゆえに実戦経験豊富なユイトも、何組かのそれには、目を見張った。
特に三組目。フィオナの強さには驚いた。
シミュレータルームに入ったばかりの彼女はガチガチに緊張しているという感じであった。しかし対戦相手のブルクハルトが、少しばかりナンパまがいの言葉をかけた途端、嫌悪感が緊張を吹き飛ばしたようだった。
フィオナが腰につけたオルゴール箱や、手のリング、髪飾り。
それにポーチと、そこに入っている小物は、全て空中世界の人工物質オリハルコン製。彼女の特殊技能である第四の力は、そのオリハルコン製の物質を自在に操る能力。
シミュレータで設定された、シンプルな闘技場のバーチャル空間が現れ、そして開始された戦い。
オリハルコンは頑丈かつ、反発力に非常に優れた物質であり、フィオナは能力により高めたその反発力を利用する。
オルゴールを手に持ってバネに変え、それを斜め上から地面に反発させる事で素早く動き、ほぼ一瞬で対戦相手であるブルクハルトの後ろに回ったフィオナ。
「くっ」
しかしブルクハルトはなんとかという感じで、水を操る特殊技能、水芸で地下水を、フィオナの下から突き上げさせる。しかし身にまとう全てのオリハルコンを盾に変え、その反発力で地下水の上昇流を上手く逃れるフィオナ。
そしてすぐさま、盾を今度は、反発力でなく頑丈さを高めた玉に変え、それをブルクハルトへと射ち放つ。その玉がブルクハルトに当たる寸前で、シミュレータはフィオナの勝利として戦闘を終了させた。
しかしこのMRCSというシミュレータは、いったいどうなっているのか。
ユイトは心底不思議に思う。
実際に観戦してても、実際にそのシミュレータの中で戦っても、それはまさにリアルに思えるのに、全て仮想らしい。
しかもフィオナなんて、今回は持ち込んだ武器を使ってるのに、それも戦闘中はしっかりバーチャル化されているようだ。
そしてそんな事を考えながらも五組目。
ミユの出番。
対戦相手は、レイと同じく解析の特殊技能を有するらしいガーディ。
しかしこれはミユが圧倒的に有利だろう。ミユはこれまでに何度もレイと戦っていて、解析という能力については知りつくしている。
実際に、勝ったのはミユだった。
先手をうち、風でガーディを吹き飛ばすミユ。
だが、おそらくユイトがよくやるように、自身も同じように発生させた風で衝撃を相殺させたようであるガーディ。そして、能力を使ってはいないようだが、それでもそれなりに早くミユの前まで来るも、迎え撃つように彼女は風圧を発生させる。
ガーディはその風圧に対しても、自身の風圧で対抗したようだが、専門の風使いであるミユには勝てず、強く吹き飛ばされ、それでシミュレータは彼の敗北と判断した。
「やったな、ミユ」
「ええ、なんとかね」
彼女の微妙な笑顔にユイトは気づけなかったが、レイなら気づいたろう。
ミユには少しひっかかる点があった。
そして六組目。ネージとリリエッタ。
これこそ最も見物な試合であった。
リリエッタの特殊技能、加熱は、まさに文字通り一定範囲の熱を高める能力。それにより、彼女は試合開始から、息つく間も与えないかのごとく、次々とネージの周囲を高めた熱で発火させた。
しかしネージはあっさり燃やされない。彼の特殊技能、空間歯車は、珍しい、空間転移の能力のようで、次々と位置を、切り替えるように移動し、リリエッタが発生させる火から逃れた。だが反撃を狙い、リリエッタの近くに現れても、彼女はネージに逃げる以外の選択肢を与えなかった。
また素早く発火。逃げる、発火、逃げる、発火。
そして埒が明かないと判断したのか、さすがに精神力がきつくなってきたのか、リリエッタは賭けに出る。
彼女は、ネージのいる範囲に限らず、周囲全体、それこそ闘技場ほぼ全ての範囲の熱を一気に高めたのである。現実にやったら完全に捨て身の技。
結局ネージは、その、どうやらあまりに遠くに一気には行けないらしい空間転移を連続発動して、闘技場の端まで逃げ、そこに熱が届く前に、シミュレータはリリエッタの自滅と判断した。
それから、偽物レイであるユイトの出番は最後だった。
対戦相手はエミィという少女。特殊技能は分身
そしてシミュレータルームで向き合うや、彼女は気さくに話しかけてきた。
「やっ、サギ王子。こうやってちゃんと話すのは初めましてだね」
わかってますね。というミユの声が頭に響いてくるようである。
「そうだね。そしてこれはまさに」
それはレイの、お得意のセリフのひとつ。
「運命的だね。まさにこの出会い」
何度も練習しただけあって、自分でも完璧だと思うユイト。
他にも、本物のレイ自身から教授された、女の子との初会話時用の決め台詞は二十個ほど。
やはり内心は凄く恥ずかしいが、それが表に出ぬよう、真面目に訓練に付き合ってくれたミユには感謝である。
やはり恥ずかしいけど。
「いい運命とは限らないけどね。ねえサギ王子」
実体化される闘技場のバーチャル空間。
「女の子相手にだなんて、きみの流儀には反するかもだけど」
すぐ隣に分身を出現させるエミィ。
「わたし、けっこう強いからさ。本気でやってね」
それが決して驕りから出る言葉でない事は、すぐにはっきりした。
──
"水芸"(コード能力事典・特殊技能1)
水を操る特殊技能。
最も使い手が多いとされる特殊技能。それだけに対策もとられやすく、また実力がはっきり現れる。
水はありふれた物質であるが苦手な者も多いので、そういう意味では強力とも言える。