2ー21・強さの制限
「さて」
客間の扉を閉めると、さっきまでのテンションはどこへやら、急に真顔になるエミコ。
「ユイト・キサラギくん、きみは地上世界の出身だそうですね」
「はい、そうです」
「実はわたしも、出身こそこちらですが、地上世界で何年か過ごしてたことがあるんです」
若かりし頃、エミコは武術家としての自分の実力を試したく、地上世界に武者修行の旅に来たのである。
「それはすごいですね」と素直に感心するユイト。
「きみは地上世界の者としても、コード能力者としても非常に強いと聞いています」
「いやでも、ここに来て、いろいろ思い知らされることあります。おれの能力の弱点」
「確かに地上世界に比べれば、こちらは狭く、物質数が少ない場所が多い。再創造はやや不利になるんですね」
エミコの推測はかなり的確だった。
そう、空中世界は、とにかく少ない物質だけで作った狭い空間が多い。ユイトとしては、かなり戦いづらい環境。
「特定の物質を持ち歩くというのは、どうですか?」
「それはちょうどおれも考えてるんです。ただ、少し迷ってるところがあって」
ユイトは、その迷っていることを話してみた。
「わたしはそれなら……」と、すぐさま自分の意見を述べたエミコ。
「えっと、何か面白かったですか?」
妙にニヤけていたエミコだが、ユイトには何が面白いのかがわからない。
「いえ、あなたもやっぱり地上世界の人だなと思って」
「地上世界の?」
「どうもわたしは余計なことしちゃったみたい」
そしてまたたくまに、ユイトを連れて来た時と同じようなハイテンションになるエミコ。
「でももう切り替えて、ちょっとお姉さんね、聞きたいことあるんだけど」
「はい、何ですか?」
「まあいきなりぶっちゃけるけどさ。フィオナのこと、あなたはどう思ってる?」
本当にいきなり、ぶっちゃけであった。
「あの、友達、です」
「可愛いと思う?」
「凄く可愛いですよ」
ほぼ反射的に、大きな声で言ってしまい、すぐに顔を真っ赤にするユイト。
「とっ、ても」となんとか、そこまでは続ける。
それからも、話というか、わりとからかわれた後、ユイトは食事があるので、麗寧館へと帰って行った。
「フィオナ、これはやっぱり、あなたの心の問題ですよ」
去るユイトの、後ろ姿も見えなくなってから、エミコは呟いた。
彼は、フィオナを弱いだなんて感じてはいない。なんだかんだ、地上世界育ちの地上世界の人間だ。戦おうとする者の勇気を無下にはしない。
ーー
「おかえり、ユイト」
「た、ただいま」
ユイトが麗寧館に帰ると、出迎えてくれたのはなんとアイテレーゼだった。
「ああ、ユイト、まさに救世主だな」
ひょっこりと現れるレイ。
レイとアイテレーゼは、駒をとりあう盤上ゲームをしていたのだが、アイテレーゼは強く、かなり負け気味だった訳である。
「これ、カオスセロ?」
シンプルなマス目の上に置かれた、丸い石と、四角い石。それがカオスセロというゲームであることは、ユイトにもすぐわかった。
カオスセロは元々空中世界のゲームだが、アイテレーゼがアルケリ島に来た時に、ユイトは教えてもらって知っていた。そしてそのことをアイテレーゼから聞いたレイは、少なくともかつては、アイテレーゼもなかなか苦戦させられたという、彼の帰還を喜んだのだった。
「さあ、続き頼んだ」と、かなり不利な状況で、いきなり交代させられたユイト。
「面白いわね、あの頃からどれだけ成長したか、見てあげるわ」
不敵に笑うアイテレーゼ。
「仕切りなおしじゃないんだ」
「続きからなんですね」
一応レイに代わり、席についたユイトと、観戦していたミユの同時のツッコミ。
そして、不利な状況ではあったが、見事に逆転したユイト。
「さすが、どっかのサギ王子とは一味違うというわけね」
ユイトを褒めつつ、しかしどこか不機嫌そうなアイテレーゼ。
「よっし、勝った」
別に自分の力で勝ったのではないのだが、ものすごく嬉しそうなレイ。
「それでアイちゃん、なぜここに?」
苦笑しながら、あらためて問うユイト。
「ああ、そうだ、何の用なんだ?」
どうやらレイたちも聞いていなかったらしい彼女の用件。
「もうちょっと待って、もうすぐガーディのやつが来るはずだから」
アイテレーゼの言ったとおり、ガーディが来たのは、ほんの数分後。
「で、何の用なんだ?」
とりあえすガーディも、アイテレーゼに聞く。
「ナタリーが提供してくれたデータのおかげで、いろいろわかりそうなんだけどね。でもここに来てもう一つ、ピースが必要になっちゃったのよ」
そしてアイテレーゼは、その最後のピースを求め、今度は自分でサフラルに向かう事にした。
「けどアイテレーゼ、 おまえ大丈夫なのか?」
「アークなら、もうわたしを探してなんていないわ。いえ、正確にはそういう状態ではもうないわ」
アークはすでに、トマスにほとんど廃人状態にさせられたようだという情報を、アイテレーゼは掴んでいた。
「なんてひどい事を」
呟くユイト。
「ユイト、あの男に同情する必要なんてないわよ」とアイテレーゼ。
「けど、ちょっと妙だな」
「わたしもそう思うわ」
レイの言葉に、またアイテレーゼはすぐ頷く。
「その事だけど」
ガーディは、自身こそコード能力者でないが、さすがに対能力者戦のスペシャリストなだけあり、様々な特殊技能に関してかなり詳しい。そして、その知識を持って、彼は、宇宙道化師という能力に関して、ある推測を立てていた。
「強い特殊技能とされるものは、たいていがリスクが軽いものだ」
再創造、重力操作、軍団、その他とにかく、強力と呼ばれる特殊技能はみんなそう。
強いというより、強さに制限がないのである。
「宇宙道化師は、ほとんどフィクションみたいなものとされている事が多いから、どこまで当てになるかはわからないが、そんなに強力な能力だという記録がないんだ」
異世界を操るという、それでなくても、かなり反則みたいな能力。それなのに、強すぎるというふうに扱われていた記録がない。
「アークが生きてるって聞いて、そうかもしれないって考えてたこと、確信できた」
そしてガーディは告げた。
「道化師、まさに道化師なんだと思う」
消すんじゃなくて、殺す。ユイトにそう言ったトマス。
「多分彼は、彼自身のいろいろな事が制限されてるんだと思う。例えば命を奪える人数とか」
そこまで推測したガーディ含め、その場の誰も、この時は、最終に存在する答を、少しでも考えつくことはできなかった。
道化師に制限を与えた誰かという存在。




