2ー20・あの子も案外
血の繋がりはないから当たり前と言えば当たり前だが、アーク・ヴィルゲズ・ルルシアは、アイテレーゼと全く似ていない。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。彼はたいてい、ルルシアの所有する屋敷のひとつにいる。
アイテレーゼもそうだが、互いに計算してるのか単なる偶然なのかは不明だが、普段、二人が屋敷で会うことはない。
「アークだな」
堂々と門を通って廊下を歩き、アークのいた部屋へと入ってきたカイム。
「おまえは誰だ?」
あるいはすでに知られているかもしれないと思ったが、どうやら彼の方は、カイムを知らないらしかった。
「レギオンを組織した者だ。アイテレーゼから聞いていないか?」
「あの子とはもう数年会話してないよ。だがそうか、おまえが」
レギオンという組織は、さすがに知ってるらしい。
「それで、何の用だ?」
すぐには何も言わなかったカイムに、何か悟ったようであるアーク。
「いや、 わたしに用ではないのか?」
「いや、おまえに用だよ、ガキ」
カイムの言葉に表情を一気に青ざめさせたアーク。
「なんでわかった?」
別に、何か物など置かれてないところに、どう隠れていたのか、とにかく隠れていた子供。コズミッククラウンのトマス。
「ユイトが聞いた、おまえが警戒してる三人の内の一人はおれの事だと思ってたが、自惚れだったか?」
「いや、きみの事だよ。軍団」
「それは知ってるみたいだな」
軍団とは、カイムのコード能力の特殊技能の名前。
最強の能力と名高いものだ。
「きみの能力は、すべてのきみの力を集結させる能力だと思ってた。とすると、ひょっとして力以外も?」
「ああ、だからおれは、一人でレギオンなのさ」
世間一般的には多重人格と呼ばれるもの。カイムは一つの体で、いくつもの人格を共有している。
そして特殊技能、軍団とは、その全ての人格の、力、知恵、その者たちが持つ全ての要素をひとつに集約する能力。感覚や分析能力も、凄まじく高められる。
「一人でレギオン。とすると、全てを集約したきみは、今は人格も一つなわけかい?」
「一つと言えば一つだけどな。説明するのは難しい、あえて言うなら、重なっているという感じだ」
以前にアイテレーゼから、今の状態こそ、おそらく元々の彼の人格だと推測されたこともあるが、カイム自身はその点に関して否定的である。
しかし予想通り、すでに殺されたのか、あるいは生ける屍にされてしまっていたアーク。
「ガキ、おまえの狙いは何だ?」
それはカイムにも全く予測がつかない。
「きみと同じだよ。中心の兵器だ」
中心。
そこまで彼は知っている。
「あれを何に使う?」
「きみとは確実に違う目的だよ、ぼくは現実主義者でね。つまりきみとは最も離れた人種だ」
それは暗に、アークと同じ目的だと言っているも同じだった。
「おまえは、おれを理想主義者だと思うのか?」
「でなくば愚か者だね。きみのことは知ってる。この世界が、きみが思ってるようなひどい場所だとしても、ぼくらの力なら、きっと創り変える事すら出来るだろうに」
「おれは人間の中で誰より強い。けどだからこそ、人間というものを高くは見てない」
トマスに近づき、手のひらを彼に向けたカイム。
「この場でぼくを殺せるかい?」
「なんならおれも異世界に連れてってくれていいぜ」
「いや、やめておく。まだユイトにやられた傷もあまり癒えてないしね」
そして、何か歪んだような感じがして、トマスは消えた。
その場に残されていた、もう人形のようだったアークを確かめたカイム。
「おまえみたいなやつでも、こうなってみると哀れだな」
息もしてない。しかし生きてはいる。
「幻影都市、宇宙道化師」
一つ、やはり奇妙なのが、まだ彼が子供だということ。
それに異世界。
幻影都市というのは、彼が伝説になぞらえて作ったものなのだろうか?
ーー
アズエル学園。
「ユイト、ちょっと」
フィオナがその場にいないタイミングで、ユイトに声をかけてきたリリエッタ。
彼女から、フィオナが武術を教えてもらっているという、道場の師範の人が、会いたいと言っていることを聞いて、その日の放課後、和道流道場に彼は向かった。
ーー
レイでなく、ユイトとして来てほしいということだったので、お付きであるミユも連れずにユイトは一人。
フィオナも、今日は用事があって来ていない。道場自体も休みのようだった。そして、彼女、エミコは、門の前で待ってくれていた。
「あなたがユイトくんですね?」
「あなたがエミコさん」
フィオナの先生。
見た感じは、どこにでもいるような女性というふうで、あまり格闘技の師範というような雰囲気はない。
「あの、いつもフィオナちゃんにはお世話になってます」
正体がバレてからはわりとそうだった。彼女も色々とフォローしてくれるから、ミユの負担もかなり減った。
「ふふ」
「なんですか?」
「いや、あの子も案外、面食いなのかなと思って」
かなり小声の早口だったので、エミコが何を言ったのか、ユイトには全然わからなかった。
「とにかくユイトくん。大事な話があるわ、とっても大事な話」
急に、水を得た魚のようにテンションを上げるエミコ。
「は、はい」
話に聞いていたイメージとは、ちょっと違った感じの彼女に、戸惑うユイト。
「今日は、道場も休みだしね、色々じっくり聞かせてもらうわよ」
妙なハイテンションで、彼女は、愛弟子の想い人を、道場と隣接してる客間に連れ込んだ。
(師範。プライベートじゃあんなキャラなんだ)
いったいどういう了見で彼が呼ばれたのか気になって、一人こっそり覗き見していたリリエッタは、思いがけず知ってしまった師の一面に、わりと驚愕した。
ーー
アルーゼが6年ほど前に開発した、空間転移系の特殊技能のコード能力者を対象とした特別訓練プログラム、0 DIMENSION。
ネージが、フィルミの護衛としての役割も担うことになった時に、アルーゼが開発してくれたもの。
五つのレベルが設定されていて、レベルの違いによって全く異なるプログラムが組まれている。
数値が高いほど難易度も高い。しかし、何に対しても完璧を追求したがるアルーゼは、レベル3以上を難しくしすぎて、当時のネージでは全く歯が立たないほどだった。
それに、護衛の仕事にそこまでの力が必要だったわけではない。コード能力者としてネージは普通に強い方だし、そういうわけでこの訓練プログラムはお蔵入りしていたのである。
レベル3。
ひたすらに、切り替わる様々な能力を持つ敵の攻撃を避けながら、反撃を続ける訓練。想定されてる敵はひとりだが、その能力が次々と変わっていくので、かなり厄介。
そして敵は、いくら反撃をくらおうとダメージを一切受けない。ただ、攻撃を当てた回数が蓄積されていき、それが1000を超えるとクリアとなる。
「うっ」
しかし攻撃を百も当てられない内に、蹴りを一発くらい、訓練失敗となる。
この訓練では、挑戦者の防御力は相当低く見積もられてるので、ほとんどどんな攻撃でも、一撃食らうだけで負けとなる。そうすることによって、一撃の威力が強いものの攻撃も、確実にかわせるようになるための訓練でもある。空間転移能力者にとって、敵の攻撃をかわすというのは、何よりも重要な動作であるから。
「くっ」
「ネージ、疲れてるな。そろそろ一旦止めるぞ」
「わかった」
まだ続けたいと言いたいところだが、ここは我慢するネージ。
そういう休み時とかの判断は、アルーゼの方が心得ているのがわかっているから。
「でもさ、千は体力持たないかも、 これ本当にクリアできるの?」
「一応はな、計算上は」
実際は、そもそもクリアできるなんてことを想定して作ったプログラムではないのだが、それは言わなかったアルーゼ。
「なあネージ」
彼が本気で望むなら、力になろうとアルーゼは決めていた。ネージの方に確認した事はないけど、自分は彼の親友のつもりだから。
「これはコード能力の専門家が、特定の特殊技能の人たち向けに作った、専用のプログラムだ」
それも多額の研究費を勝手に使い、自分にしてはかなりの時間もかけた。
「かならずもっと強くなれるよ。ユイトよりも強くなってやれ」
アルーゼはそんなふうに言った。
──
"軍団"(コード能力事典・特殊技能999)
自らに新たな人格を生成し、さらにそのあらゆる要素を一つに集約することができる特殊技能。
謎も多いが、ひとつだけ、昔から確かと言われていることがある。これが最強のコード能力




