1ー5・同級生たち
手動でも自動でも開閉するドアを開け、アズエル学園二学年の教室に(レイに扮する)ユイトとミユが入った時、そこにはもう同級生ほぼ全員と、先生らしきスーツ姿の女性がいた。
「レイ・ツキシロくんに、ミユ・ホウジョウさんですね? わたしは……」
そのスーツの女性は名をダーシャと言い、やはり先生であり、二学年生の担任だと自己紹介した。
そしてそれから、仕組んでいたかのように隣同士であるふたりの席も教えてくれる。
席についてから、とりあえず右隣のミユの方を見る偽物レイ。
[「タブングウゼン。ケドマア、アリガタイデスネ」]と、自身の能力を使って、ユイトの抱いていたであろう疑問の答をすぐに伝えてくれたミユ。
あらかじめ聞かされていた事だが、確かに凄く視線も感じた。だが本物のレイが最も危険視(?)していた人物からのものはない。
窓際の席のフィオナは、偽物レイたちの方に顔を向けもせずに、読書している。ユイトには彼女が、レイの存在に気づいていないふりをしているように見えた。
むしろ気になるのは、そのフィオナのふたつほど後ろの席の猫目の少女。かなりあからさまに見てきている。そして明らかに彼を敵視している。
さらにもうひとり。
右のミユと逆、左隣のくせ毛気味な少年。こちらは自分の方を見ていないのに、それでもかなりの敵意を感じた。
[「タブン、レイナラ……」]
(いや、このタイミングで? 嘘でしょ)
[「ハヤク、アヤシマレマス」]
嘘ではないようだった。
「ねえ」
ミユからの指示通り、意を決して、くせ毛少年に声をかける。
「恋人がぼくのファンとか?」
あらかじめミユに謝られていたほどに、危なげな挑発をかます。
いざという時の逃げる準備、というか覚悟も万端。
ただ、これも事前に聞かされていた事だが、案外大丈夫なようだった。
「おまえの隣の席だなんてね」
そこでようやく偽物レイと向き合った少年。殴りかかってきたりするような感じではとりあえずない。
「サギ王子。おまえはどうせ覚えてないんだろうけど」
どうやら彼を知らないというのも問題ないらしい。
「おれは覚えてるんだからな。おまえの事。このゲス野郎」
[「ココロアタリハ、アリスギマスネ」]
少年の発言から、間髪入れずに伝わってくるミユのコメント。
そしてその時、教室に新たに入ってきた少女。
「あなたは、エミィさんですね」
「はい」
すぐ返事し、ミユの前、つまり偽物レイの斜め右上が席だと教えられたエミィ。
「さて28人、これで全員揃いましたね。ではみなさん、一年生の時の授業でもう知っている人もいますが、あらためて、わたしはダーシャ。このアズエル学園の教師で、あなたたちの代の担任です」
アズエル学園で常時勤務の教師は、各代の生徒たちを担当する四人の教師と、学園長のみ。
「ではまず、初めて登校してきた人もいる事だし、みなさん自己紹介していきましょうか。あっ、特殊技能も言っておいてくださいね。ただし名称だけです」
そうなるだろうと、ユイトが聞いていた通りだった。
コード能力者同士の戦いでは、敵に特殊技能を知られていないのが大きなアドバンテージになる。生徒同士の模擬戦闘でもそれは同じだ。
また、使用して、そうだとわかりやすい能力と、わかりにくい能力がある。レイのように、本人がけっこう有名で特殊技能も知られてしまってる例もある。なので情報アドバンテージを平等にするため、とりあえずそれぞれの特殊技能が何かは全員に周知しておく。
しかし名称しか言わないのは、知らない場合にちゃんと自分で調べるようにである。少なくとも名称がつけられた能力は、全て記録があるのだから。
「ぼくはレイ・ツキシロ。知ってる人も多いでしょう、特に女の子はね。これもわりと知られちゃってるけど、ぼくの特殊技能は解析です」
一言一句用意されていた自己紹介を、見事にユイトはこなした。
そして自己紹介により、とりあえずレイを特に敵視してるらしい、くせ毛少年がネージで、猫目少女がリリエッタという名前なのだという事がわかった。
特殊技能は、ネージが空間歯車。リリエッタが加熱というもの。またフィオナは第四の力だという。
いずれの能力もユイトは聞いた事もないものだったが、加熱だけは、名前からなんとなく想像ついた。
そしてユイトのみならずミユも驚かせたのが、少し暗そうな雰囲気の黒髪少年ガーディの特殊技能だった。
「おれはガーディ・アズラッド。特殊技能は解析」
解析は、わりと珍しい特殊技能である。
そう聞いていたユイトも、そうだと知っているミユも驚いたのだった。
それから、その日の授業は、コード能力についてのある程度の基礎知識と、コード能力について調べるためのデータベースの使い方などの説明。それに、早くも次の日にある、一対一の模擬戦闘訓練で、対戦する組み合わせの発表だけあって、終了した。
それぞれ互いに、対戦相手の能力をしっかり調べ、対策を立てろというわけである。
偽物レイ、つまりユイトの対戦相手は、分身という特殊技能の少女エミィ。
また、ミユの相手はガーディ。
フィオナの相手は、ブルクハルトというレイ以上にキザそうな少年。
レイを敵視しているふたり、ネージとリリエッタは、互いが対戦相手なようだった。
ーー
放課後。麗寧館に帰ってから。
「ネージって奴には心当たりないな。リリエッタは、確かフィオナの親友だ。そういえばコード能力者だったわ」
とりあえずふたりについて聞いてみたところ、レイはリリエッタの事は知っていた。
「まあ噂通りの女なら、そりゃ、リリエッタはぼくを警戒するわな」
性格だけでなく、その物理的な強さも相まって、フィオナ狙いの貴族の男たちから番犬と恐れる女がリリエッタであった。
「これはまた、思ってたよりまずい事態かもな」
そしてここにきてレイはようやく、フィオナが婚約者なのだという事を、ユイトに話した。
「と言っても、本人たちにまったくその気がないので、婚約者だなんてまさに名ばかりです」
地上世界の貴族物フィクションで描かれてるような、親同士に無理やりくっつけられたりとか、そういう展開は現実にはほぼないと説明するミユ。
結局は本人たち次第で、周囲ができる事は、今回そうしたように、学校が同じになるように仕向けたりするくらいなのだという。
「で、でも、なんで婚約者なのに、そんなに嫌われる事に?」
レイとミユは顔を見合せ、そして再びユイトの方に向き直って答えた。
「まあ、ちょっとばかし、甘い夜を過ごさないかって、軽い気持ちで誘ってな」
「箱入りで男の子が苦手な女の子にですよ。鬼畜ですよ、鬼畜」
「そ、そっか」
それはちょっとばかし、ユイトには刺激が強すぎる話。
ただ、レイたちのフィオナとの話は、ほぼ嘘みたいなものだった。レイがフィオナに嫌われるように、そして互いに避け合うようになった、正確な経緯をユイトが知るのは、ずっと後の事。
──
"加熱"(コード能力事典・特殊技能13)
対象範囲内の熱を高める特殊技能。
対象範囲を冷やす冷却と、まったく完全に逆の効果。
どちらも極端な使い方は、諸刃の剣になりやすいとされるが、こちらの方が限界を越えやすく危険とされる。
"第四の力"(コード能力事典・特殊技能48)
人工物質のオリハルコンを操る特殊技能。
オリハルコンは、それ自体が非常に汎用性優れる物質なので、非常に強力な能力と言える。ただし生成難度やコストのために、そもそもこの物質自体の絶対数が非常に少ない事が弱点。
水や風など、ありふれてる物以外の物質操作系の能力者は、基本的にその対象となる物質を普段から身に付けている事が推奨されるが、これに限っては必須レベルと言えよう。
"空間歯車"(コード能力事典・特殊技能81)
小範囲内での空間転移。正確には空間自体の幾何的な範囲を回転させる特殊技能。
対象をあまり細かい範囲に絞れず、空間転移系の中では最も小回りが利かないとされるが、負担はかなり低い。なので、空間転移系の中では、連続使用や基本技能との併用が最もしやすい