2ー15・世界を支配するための力
長髪の男が、驚愕するネージに銃を向けたその時。
「ネージくん」
自らの風で、その場に吹き飛んできたユイト。
「偽王子だ、逃げろ。きみじゃ彼に勝つのは無理だ」
また、子供の声。
「逃がさない」
すぐ道路に手をついて、その素材であるコンクリートを取り込み、ユイトは数え切れないほどのコンクリート弾を男へと放つ。
それらのコンクリート弾はすべて、男に当たる寸前に一旦広がって、男の体につき固まった。そうして数秒後には、男は顔以外の全身をコンクリートで固められてしまう。
「ユイト、こいつは」
ネージが伝えようとした時には、転移能力でどこかに逃げてしまった男。
「転移能力?」
「わからない。けど、特殊技能を複数持ってるみたいだ」
そうとしかネージには思えなかった。おそらくは、転移能力すらも男のもの。
「お姉ちゃん」
フィルミに支えられ、血だらけの彼女に、ネージは駆け寄る。
「大丈夫、ちょっと肩、斬られただけだから」
ちょっとどころでなく深い傷。
「遅かったの」
そこに現れたエミィ。
「エミィ」
振り返るネージ。
「ネージ、わたしの組織の飛行船を呼んだから、すぐ病院へ」
さらに数十秒後くらいに、その飛行船とアイテレーゼが来たのはほとんど同時だった。
「アイちゃん」
「ユイト、あなたがなぜ、いや、そっか」
彼がいたことに驚くも、すぐに何か納得したようであるアイテレーゼ。
それからすぐに、ミユとガーディも来た
ーー
大怪我を負ったものの、エリアーゼは無事だった。
フィルミは病室で彼女に付きっきり。
ネージは控え室で、ユイトたちに、自分たちを襲った男のことを話した。
剣士に銃士に、 そしておそらくは、飛躍という空間転移能力。三つの特殊技能を使う男のこと。
「飛躍って、どんな特殊技能なの?」
それを知らないユイト。
「シンプルな転移能力だよ。空間歯車と比べたら小回りが効くけど、あまり短時間の連続発動は難しい能力」
エミィの説明。
「その、何度も発動できない能力を使って、一番強いネージを倒そうとするんじゃなくて、フィルミを狙った。て事は、最初から狙いは彼女だな」
ガーディの推測に、他の者も頷く。
「ユイト、あなたたちはツキシロの秘密回路を使ったの?」
アイテレーゼの問いに、顔を見合わせるユイトとミユ。
「もう言っても関係ないわよ、どうせ知られたわ。わたしの回路も、あなたたちの回路もね。ちょっと急いで動きすぎたから。もう都市のシステムは、ルルシアとツキシロが干渉できない情報回路を持ってることに気づいてるわ」
「ルルシア家にも秘密の回路が?」
すぐさまミユが聞く。
「ていうか、秘密回路って?」
それ自体知らないエミィ。
アイテレーゼは、だいたいレイがユイトたちに話したのと似たような説明をした。
それによって、ミューテアの都市維持システムに何者かがアクセスしているということに気づいたこと。
そして彼女は、それを自らの父か、あるいはその関係者の仕業なのかもしれないと考え、万が一のためにフィオナを見張っていたわけだった。
「わたしは彼女を殺したいわけじゃない。けど、あの男、アークなら平気でやるわ」
「だがフィルミが狙われたのはどういうわけだ?」
ガーディが問う。
「わたしにもわからない。ただ、わたしたちの目的と、彼女とは何の関係もない。だから」
アイテレーゼはさらに、最もありえそうな、恐ろしい可能性を話した。
まず誰にせよ、フィルミを狙ったのは、アークの命令によるものではない。だが襲撃犯がアークと無関係というわけでもない。
襲撃犯が複数の能力を持った方法は何にしろ、そんなことになっているのなら、おそらくその男はもう正気ではないはず。コアに特殊技能が二つ刻まれてるだけならまだしも、ふたつの特殊技能を同時に発動するなど、通常なら精神が壊れてしまう。
ここから推測できることは、襲撃犯にはそれほど複雑な命令を与えられないこと。そして襲撃犯に与えられた命令は、おそらくミューテアの貴族を狙うこと。
「だが、ミューテアの貴族なんてあまりにも多い範囲だぞ」
また口をはさむガーディ。
「そうね、わたしが知ってるだけでも八百くらいの家があるわ」
アイテレーゼはさらに、今、自分たちがターゲットとしている家はそのうち四つだけだと述べた。
「それは、でもいくらなんでも」
恐る恐る確かめるようなユイト。
「当たりがでるまで襲撃を続けることは可能よ。都市維持システムにアクセス出来るなら」
そこで、もうユイトたちにもわかりきっていたような事だが、前に、デート中のレイにレギオンのメンバーを仕掛けさせたのは自分だと白状したアイテレーゼ。
「わたしの狙いはレイだった。もうわかってるでしょうけど、あの頃のわたしが狙っていたのは彼とフィオナ」
そして遊び人のレイなら、女性との付き合いなどでセキュリティが弱いところに自ら行くと予想されていた。
しかしセキュリティが弱いエリアは突き止められても、その場に他に誰かいるのかなどはわからない。
コード能力者というのは、全体から見れば少数だが、わりとどこにでもいる、と言えばいる。しかもレイのような上級貴族は、エミィやニーシャ、それにユイトがいたように、強力な能力者が味方にいる可能性も高い。
あの衝撃が失敗したのも、ユイトたちが邪魔したせいだ。
「でもどうやら、あの複数能力の男、あるいは彼を操る何者かは、都市維持システムにアクセスできる」
そしてそこからなら、ターゲットの近くにコード能力者がどのくらいいるのかもわかる。
しかも、そもそもセキュリティが弱いところでなくとも、セキュリティを切ることで襲撃できる。
つまり襲撃するのに完璧なタイミングを狙える。
「セキュリティが切られてるなら、襲撃時の記録も取られないから、追うこともできない」
最悪なのが、おそらく貴族が、システム的なセキュリティを信用せず、全員がコード能力者の護衛をつけたとしても、敵は関係の近い一般人なども襲撃できるだろう事。そこまでを、単なる人海戦術で守ることはまず不可能だ。
「特殊技能が複数に、幻影都市」
そこでガーディは、ひとつ、考えついた。
「ガーディ、多分あなたの予想当たってるわよ。もうそうとしか考えられないわ」
アイテレーゼはむしろ確信していた。
そうだと考えれば、何もかも辻褄が合う。
「何か見当ついてるの?」
エミィが聞く。
アイテレーゼとガーディは、同時に答を口にした。
「宇宙道化師」
それは、完全に創作とされる特殊技能のひとつ。
「世界を支配するための力だ。本当に存在するならな」
ガーディはそんなふうに言った
──
"飛躍"(コード能力事典・特殊技能20)
エネルギーを相転移させ、対象物の質量揺らぎを生じさせる特殊技能。
実質的には空間転移能力。おそらく対象物とは、コア単位なのだと考えられているが、生命体自体、謎なことがやはり多い
おそらくその機構ゆえ、近い時間、狭い領域で何度も連続して使うと、コントロールが効かなくなってくる。
直接攻撃に転用できないかという研究が古くからあるが、実用化した例はない。
"宇宙道化師"(コード能力事典・特殊技能1555)
自らステータスを決めた異世界を作り出せる。あるいは、古くからあるという異世界に、誰かを転移させる。または、異世界の物質や要素を、現実世界に転移させられる特殊技能とされている。
この特殊技能を使う能力者が利用する異世界というものが、実際は何なのかは諸説ある。




