2ー12・都市維持システム
リンリーとゲオルグが消されてから一ヵ月ほど経った。ガーディは誰にもその事を話していない。まだ話すべきでないと、アイテレーゼに言われていたから。
ほとんど裏切り者みたいな彼だが、それでもアイテレーゼの事は信用してるし、頼りにもしていた。そのアイテレーゼが、誰にも何も伝えず、ただおとなしくしていた方がいいと告げていたのだ。
そして何もなかった。
一ヵ月は確かに何も……
軍事組織フェイリスの本部は、クーディニーという都市にあるが、数週間前から、ガーディの所属する部隊Fは、ミューテアに基地を置いている。
ガーディから伝えられていた情報から、ルルシア家とレギオンの動きについて、クーディニーの政治家の中にも懸念する者が現れ始めていたのである。
「前からずっと同じの調べてるな」
ナタリーが何か調べていた、パソコンのモニター画面を覗き見たダリウス。
「少し前に、ガーディがサフラルに、幻影都市の噂を調べに行ってたでしょ」
画面に映る、無機質な白い地図のようなものと、その上で次々と切り替わっていく数字の操作は止めないで、しかしナタリーは簡単に言葉を返す。
「ああ、ガーディは結局、何者かの特殊技能だろうと言ってたっけ」
「特殊技能か何か知らないけどさ。でもあの都市に何かあるのは間違いないみたい。何か隠されてるのは」
「隠されてるって、じゃあ幻影都市というのは本当にありそうなのか?」
「幻影都市、なのかな。隠されてるのは」
ナタリーは説明した。
ガーディはサフラルで、想定よりもかなり大きな電力消費に気づき、しかしその原因の場所などは一切特定できなかった。ナタリーは回路電子の流れの記録から、 原因の位置をある程度突き止めようと試みた。
「ちょっと信じられない事だけど、肝心の位置ポイントを付き止めようとする場合にだけ、ごまかしが入るようになってるみたい」
「ごまかしってどういうことだ。何かの比喩?」
「ごまかしというか、頭おかしいような量の偽物データの防壁かな」
だが信じられないことと言ったのはそれのことではない。それが仕掛けられたプログラム領域。
「サフラルの都市維持システムの第一領域よ。 このセキュリティプログラムが仕掛けられてるのは」
「第一領域、て」
ダリウスは、コンピューターにあまり詳しいわけではないか、その言葉ならわかる。
第一領域とは、 あるプログラムの一番深く。
あるプログラムの根本。
全体のシステムを構築するための、全ての情報経路の発信源の、最も古いもの。
「都市維持システムってのは、言葉通りじゃ、ないよな?」
ダリウスは冷静に、そうだろうと考える。
だがそうではなかった。
「言葉通りよ。都市維持システムってのは、空中都市国家それぞれの最も基本的な管理システム」
そして少なくとも、ナタリーが知るどんな技術でも、そこへのアクセスは不可能。
「とりあえず言えることは、このセキュリティを破って、サフラルに隠されてる何かを直接的に見つけることは無理」
そもそもシステムのプログラムがある領域に一切の手出しができないのだから、完全にどうしようもない。
「なあナタリー。そのセキュリティプログラムは、仮に、そこへのアクセスが可能だとしたら、突破できるようなものなのか?」
「それはできると思う、 けど、本部のコンピュータを使わないと駄目かも」
「空中都市が作られたのがいつか知ってるか?」
「さあ、1000年ぐらい前?」
ナタリーは歴史にはあまり興味ない。
「国家としての形が成立したのが少なくとも2600年前だ。サフラルはその頃からあった」
かなり確実な記録が複数残っているので、間違いない事実。
「聞きたいことはわかった。そして自信を持って答えるわ。そんな昔にこのセキュリティプログラムが作れたとは思えない」
桁を落として、260年前だとしても、信じられないような話だ。
「じゃあ、これまでで誰かが、都市維持システムとやらの第一領域に、そのプログラムを置いた可能性とどっちがありえる?」
「都市維持システムにアクセスして、第一領域に新しいプログラムを置くというのは、この世界の機構的に無理」
もちろん人が、この世界の原理全てを知っているわけではない。だが、今ある知見に関しては致命的な矛盾もない。
そもそもコンピューター技術というのは、そのような実用的に正しい知見のみから作られているものだ。
「だから、とんでもないことだけど、こう解釈するべきよ。この都市が2600年前にできてたなら、その時代に、今の時代の最新のものと同じくらいのレベルの工学技術があったって事」
「だが、ある意味で辻褄が合うな」
ダリウスの言葉に、ナタリーは頷く。
「そうなの。SIAの調査で、昔、幻影都市というのが恐れられてた、てわかってるんでしょ。つまり」
「空中都市を築いた者たちは、幻影都市と呼んでいた何かを恐れていて、それをサフラルに隠した」
そして2600年経って、アーク・ヴィルゲズ・ルルシアにそれが利用されようとしている。
ーー
同じ頃、麗寧館。
「これは全部あってる。すごいよユイト」
「よっし、やった」
いつの間にか出来ていた、麗寧館の勉強専用部屋。
物理学の課題ではじめて全問正解した事をミユに告げられ、喜ぶユイト。
空中世界へ来てから、ユイトが一番頑張ってきた事といえば、おそらく学校の勉強。おかげで、最初は足手まといでしかなかった彼も、得意分野の数学と物理学なら、もうほとんど一人で課題をこなせるようにもなっていた。
万全を期してミユのチェックは入るが、基本的にほぼ正解しているので、彼女にそれほど負担もない。
「ミユちゃん?」
「いえ」
少し泣きそうに、しかし口元を緩めていたミユ。
「ほんとだめね、わたしは。ちょっと泣き虫すぎ」
必死で我慢するけど、けどやっぱり泣きそうになった。
ユイトが自分のために、これだけ頑張ってくれたことを思うと、本当に嬉しすぎて。
「でもミユちゃんの方こそすごいよ。同じ問題でも、おれよりずっと解くの早いし」
ミユはとにかく、計算が早い。しかも暗記していることも多く、全然ミスもしない。
「わたしもけっこう努力してるから」
レイの従者として。それに今は、新しい理由も。
「おれさ、来年までにはきっと、どの科目も一人でできるように頑張るよ」
「そうなっても」
その先を言えないミユ。
「一緒に勉強しよう」
ほんとに簡単に、ユイトは壁を壊してくれる。
「ミユちゃんさえよかったらだけど。一緒にした方が、おれ、楽しいからさ」
「ええ」
レイが現れなければ、ミユはまた泣きそうになったかもしれない。
「二人とも、ちょっといいか?」
「おれはいいけど」
ミユの方を見るユイト。
「まあ、ちょうど、きりのいいところだし」
ミユもそう言った。
「少し話したいことがある。ちょっと通信室に来てくれ」
そして通信室。
「いいか。これから話すことは絶対に、ここにいる三人だけの秘密だ。友達にもだ、とにかく絶対に他の誰にも言うな。今はまだ」
「みんな、秘密の事、言わないと思うけど」
すぐさまユイトが言う。
「わかってる。けどこれは、言うか言わないかの問題じゃないんだ。空中世界の都市には基本的な管理システムがあってな」
その基本管理システムは、都市維持システムと呼ばれ、空中世界に生きる者の思考パターンを読み取る小システムもある。
「ぼくの使える技術で、都市維持システムから情報を完全に守れるのは、ぼく自身を含めて三人までなんだ」
だから一番信頼していて、一番頼りにしてる二人に話そうとレイは決めた。
「これは真面目な話だよ。ぼくが今、この世界で一番頼りにしてるのはおまえたち二人だから」
「話したい事って?」
問うミユ。
「ツキシロ家の主に代々伝えられてきたもの」
そして今、初めて、ツキシロ家の主以外の人間に伝えられようとしているもの。
「秘密の情報回路だ」
さらに、それによって、ついさっき判明したばかりの、恐るべき事。




