1ー33・彼女が恋した人
コンビによる模擬戦も終えた放課後。もうほとんどの生徒が帰宅した時間。
「レイ?」
「フィオナ?」
屋上で会ったふたり。
「ミユは?」
「リリエッタは?」
まったく同時に、それぞれ自分を呼び出した相手の名を告げる。
「これは、図られたわね」
親友のしてやったり、というような笑顔を思い浮かべ、呆れたような様子のフィオナ。
「あのさ」
ユイトの方も、ミユが気を利かせてくれたのだと気づく。
言うと決めた事。
(言わないと、謝らないと)
「話があるんだ」
フィオナにとっては、かなり意外な言葉だった。
「うん」
頷き、彼の顔を見る。やっぱり昔とは違うような気がした。
そういえばリリエッタは妙な事を言ってた。
(「今度、聞いてあげな。あなたは誰? てさ」)
本当におかしな事だ。
レイはレイだ。そんなの当たり前の事。
それは、確かに最近の彼は、以前と別人のような感じはする。けれどそれは本当は、多分フィオナの方の見方が変わったからだろう。きっと、彼を本気で好きになってしまったからだろう。
バカバカしい。
あなたは、誰かなんて。
「あなた」
そうだ、違ってる。
「フィオナ、ちゃん?」
どうしてか目に涙を滲ませていた彼女の名をユイトは呼んだ。
「あなたは」
「あの」
「ユイト、さん?」
ーー
屋上のふたりが、ふたりだけで会うように仕組んだ少女たちは、学園の門前にいた。
「ごめんね、ミユ」
ユイトとフィオナをふたりだけにするのに、協力してもらった相手に、リリエッタはまず謝る。
「わたしに、謝る必要なんてないですよ」
しかし、不安そうな表情を隠しきれていなかったミユ。
「おまえら」
そこに現れたガーディ。
「フィオナは?」
ただならぬ彼の様子に、ミユもリリエッタも、ユイトらがいるであろう屋上を見る。
「ぐっ」
次にガーディが何か言う前に、彼の背後に現れ、肘鉄を食らわそうとしてきたリンリー。
とっさに気づき、振り向き様に防御したのはよいが、彼女のあまりの力強さに、ガーディは数メートル吹きとばされる。
「ガーディ」
叫ぶリリエッタに、続いて攻撃しようとしてきたリンリー。
しかし全身の熱を即座に高めたリリエッタへの攻撃は断念し、リンリーは次には、ミユに標的を定める。
だが彼女にも攻撃は届かない。
おそらく特殊技能の身体強化で高めているのだろう、凄まじい力でミユに殴りかかろうとするも、彼女の発生させた風圧により、それは止められる。
「ちっ」
一旦三人の標的から距離をとるリンリー。
「ミユ、フィオナのとこへ。こいつはただの時間稼ぎだ」
叫びながら、エレメントガンを構えるガーディ。
しかし適当な素早い動きで、リンリーは彼に狙いを定めさせない。
「くっ」
唐突に間近に来て放たれた蹴りを、エレメントガンを盾にして防御する。
「つっ」
いつかのユイトのように、痛みで大声を上げたりはしなかったが、しかしまた一旦距離をとって、足を素早くさするリンリー。
一方でガーディに言われた通り、風に乗って、ユイトたちのいる屋上に行こうとするが、自分を狙う何かに気づくミユ。
「放射光?」
その特殊技能で、ゲオルグの手から放たれた光線。
ミユはなんとか、ゲオルグの手の向きから、その経路を推測して避ける。
「行かせはしない」
そう言って、連続して光線を放ってくるゲオルグ。
ミユはかわすが、かわすだけでやっとでもあった。
ーー
「ユイトさんね。そう、なんでしょう?」
「あ、えっと、うん。そうなんだ」
どうせ言うつもりだったのに、よりによって寸前でバレてしまった。
「ルッカの、アルケリ島?」
「う、うん」
どういうわけだか、そこまでバレたらしい。
「おれの故郷なんだ」
涙を止めてくれない。
正直に何もかも言ってももう遅すぎるのだろうか。やっぱり彼女を傷つけてしまったのだろうか。
「演劇」
ぼそりと呟いたフィオナに、ズキリと胸が傷んだユイト。
「演劇も、あなたがやってた?」
「う、うん」
しかし、続けて謝る事は出来なかった。
また、それどころでない事態となったから。
(何だ? どこから?)
どこからか現れ、ふたりを囲んだ、いつかのビルにもいたようなマシンの大群。
「フィオナちゃん」
とっさに彼女を抱きしめ、周囲に基本技能で発生させられるだけの風を起こしながら、転移具を生成。
普通、そんな事できない。できなかったはず。
自分がここに来て、以前よりさらに強くなっている事を彼は感じる。
(ほんと、レイくんたちに感謝だな)
別に根拠はないけど、そんなふうに彼は思う。
それから、風でマシンのひとつを引き寄せて、その素材である鉄を取り込み、その後、鉄製部品全てをバラけさせ、ぶつけあわせ、マシン全てを破壊する。
「大丈夫?」
「は、はい」
抱きしめられていた事もあるのか、恥ずかしげな様子のフィオナに、ユイトも照れる。
「うっ」
「やっぱり慣れてないじゃない」
あまりにも不覚。
照れて、手の握りを弱めてしまった隙をつかれ、また重力操作で、転移具を取られてしまう。
「情けない奴」
おそらく後ろにいたカーリーの範囲歩で、その場に来たのだろうアイテレーゼ。
「いつっ」
アイテレーゼに取られた転移具を消して、新しいのを生成しようとするも、それは出来なかった。
「精霊エネルギーよ」
「そんなの、どこから?」
「この学園のセキュリティは確かに強固よ。だから破るのは諦めて、いっそ利用しようと考えたの」
学園の不法侵入者に対するセキュリティは、対コード能力者用の精霊エネルギー発生と、物理的なセキュリティマシンによるものがある。
かなり時間はかかったが、アイテレーゼはなんとか、それらの起動タイミングをずらす事は成功した。
そこで、ユイトが経歴を偽装している事を利用し、セキュリティを、先に物理マシンの方だけ起動させ、彼にそれを破壊させた。そして次に精霊エネルギーの方のセキュリティを発動したのである。
「けど、能力を使えないのはそっちも同じはずだ」
ユイトは普通に肉弾戦にも自信がある。
「だからこれを取ったのよ」
「ううっ」
「接続は精霊に阻まれてるから、離れた転移具を消す事も出来ない。そして、これを実体化させてる限り、あなたのコアは外部にむき出しでもある。精霊に対してね」
「勝ったつもり?」
確かに、転移具を消せもしないでいるからだろう。
非常に体がダルい。しかしユイトは笑う。
「フィオナちゃん」
彼女の方は見ないで、その腰のオルゴールに手を伸ばす。
「ごめん」
そして、強引に留め具をちぎり、そのオリハルコン製のオルゴールを地に当てる。フィオナがよく使う時のように、バネではないが、それでもユイト自身の脚力と合わせ、かなり素早くアイテレーゼのとこまで跳び、取られた転移具を強引に取り返したユイト。
「ああっ」
痛みをこらえ、強引に発生させた風をアイテレーゼとカーリーに、わずかだけ浴びせる。
「このくらいなら、きみたちを倒すくらいなら、できる」
そう、前にガーディに浴びせられた、エレメントガンのそれほどではない。
「おれなら、できる」
強靭な精神力を持って、ユイトは告げた。
「本当に強くて」
またため息をつくアイテレーゼ。
「強くもなったわ」
ーー
「終わりね」
「終わりだな」
急に戦いをやめたリンリーとゲオルグ。
しかしふたりは、おとなしく捕まったりはせず、その場から逃げ去り、ガーディたちも深追いはしなかった。
ーー
一方で、屋上の上空に現れた、アイテレーゼが呼んだのだろう小型の飛行船。
「いいわ、ユイト。またわたしの負けよ」
「アイちゃん」
「レイ・ツキシロとフィオナ・アルデラントは、あなたが守ってあげればいい。確かに、あなたならそれができるわ」
そして飛行船の出入り口に足をかけたアイテレーゼ。
「またね」とそれだけ言い残して、彼女は去った。
「ユイトさん」
「ごめん、フィオナちゃん」
あらためて、フィオナに謝ったユイト。
「騙してて、あの、ほんとに、謝ってすむとは、思わない、けど」
また泣きそうな彼女に、言葉をなくしてく。
「あの、ごめん、ほんとに」
「ちがっ」
やっぱり泣きそうな顔で、だけどフィオナは笑顔を見せた。
「そうじゃなくて、そうじゃないんです」
そしてこらえきれないで、また涙を見せて、彼女は言った。
「これは、違うんですよ。バカ」
恥ずかしいのに、涙も、喜びも、それに彼を大好きな気持ちも、彼女は止められなかった。
レイでなく、ユイトだった。
彼女が恋した人は、彼だった。




