1ー25・科学者と貴族
昼休憩にガーディを呼び出したユイト、ミユ、エミィの3人。
「アークの事?」
とりあえずアークについて、彼に聞いてみる事にしたのである。
「アークに気をつけろって、あいつがそう言ったのか? アイテレーゼが?」
ユイトへのアイテレーゼの忠告を聞くや、ニーシャ以上に驚きを見せたガーディ。
「そんなに驚くような事なの?」
問うエミィ。
「いや、おれは普通に、消されたって噂を信じてた。まったく自然に。あいつならやりかねないかなって」
つまりアークについては、彼も何も知らなかった。
「あとガーディ、これはきみにも伝えておくね」
エミィは、アイテレーゼと共にフィオナをさらった者たちは、やはり全員レギオンの構成員だったと話した。
「アイテレーゼは慎重な奴だ。一緒に行動するのに自分の信頼できる奴ばかり選んでるはず。それでもコード能力者が5人もか」
「うん、もしかした噂以上くらいの規模かも、レギオンて組織は」
互いに所属は違うものの、組織に属しているからこそ、自分たちよりおそらくずっと大規模な組織の恐ろしさが、ガーディやエミィにはよくわかっている。
ーー
同じ頃、昼食を食べてから、とある教室に来ていたネージ。
張り巡らされてるケーブルと、小さなモニターいくつかと大きなモニターひとつ。カタカタと意味不明な行動を繰り返している、いくつかの雑な感じの小型ロボなどが、どこかレトロで、しかし特別な技術室的な雰囲気。
「もうすっかり作業部屋だな」
「ネージか、何かあったか?」
彼の呟きを聞くや、四角い大きなコンピューターの影から出てきた、ネージ同様にユイトたちの同級生であるアルーゼ。
「これ、フィルミ様から」と、1枚のデータディスクを、ネージはアルーゼに手渡す。
「ああ、それか、そういや頼んでたっけ」
「何のデータなの?」
「ちょっとな、気になる事があって。けどまだ明確に答は出てないから秘密で」
アルーゼはデータディスクを普通の机のようなデザインのコンピューターの上にセットする。ディスクは光を発し、コンピューターはその情報を読み込んだようだが、モニターなどにそれが表示されたりはしない。
「そうだネージ。せっかくだし少し遊ばないか?」
「戦闘を?」
「ああ」
そうして、大層な改造教室から出て、MRCSのある訓練室へとふたりは向かう事にした。
「でもさ、おまえはデータが欲しいんでしょ? それなら適当な別の対戦相手を誘って、おまえは観戦に回った方がいいんじゃないか?」
実のところ、アルーゼの目的がデータ収集である事は、ネージにはわかっている。
「いや純粋に、たまには体を動かすのも悪くない。ひきこもってばかりじゃ、いろいろ体悪くしそうだし。それに適当な対戦相手なんて」
そこでアルーゼは一旦言葉を止める。
「待てよ、そうだな、いい対戦相手になるかも」
「誰が?」
「しかしどこにいるのかわからんな。昼休憩を彼はどこで過ごしてるんだ?」
「だから誰が?」
さらに問うネージ。
「サギ王子だよ。サギ王子」
「え、あいつを?」
アルーゼの出した対戦相手候補に、ネージはあからさまに嫌そうな顔を見せる。
「ぶっちゃけおまえが彼を嫌っているというのもちょうどいい。戦闘の本気度も増すだろう」
「おれはそもそも、あいつと顔を向き合わせるのも嫌なんだけど」
「でも前に一緒のチームで戦ってたじゃないか」
「あれは、授業だししょうがないだろ」
「後でさ、思ってたほどひどいチームにはならなかったって言ってたろう」
「うっ」
そう、それは事実。確かにネージとしても、あのチーム戦の模擬戦闘は楽しかった。
「でもあれは、チーム戦なんて経験ないから楽しかったってだけの話で、あいつは全然関係ないじゃん。ていうかなんであいつ?」
「まあ正直言うと、そのあいつの事が今気になってるんだ」
「サギ王子が? それってさっきのデータも関係してたり?」
「ああ、だけどさっきも言った通り、まだ確信しきってるような話じゃない。だからこそもう少し彼の戦いも見たい」
「でも、結局あいつの居場所わかんないじゃん」
「それだな、まさしく」
少し笑い、そしてため息をつくアルーゼ。
その時、ちょうど一回模擬戦闘を終えたばかりのフィオナとリリエッタが、シミュレータエリアのひとつから出てくる。
「いや、待てよ、確か」
そこでアルーゼはまたある事を思い出し、フィオナたちふたりに声をかけた。
「リリエッタ」
「アルーゼ、何?」
ふたりは前、同じチームであった事もあり、雰囲気は柔らかい。
「ちょっとあなたの親友に聞きたい事があってね」
フィオナの方を見るアルーゼ。
「わたしに?」とフィオナ。
「ああ、サギ王子がどこにいるか、心当たりないかな?」
アルーゼの質問に顔を見合わせるフィオナとリリエッタ。
「イメージ的には、屋上かな」
あまり自信はなさそうにフィオナは言った。
「屋上だね」
リリエッタも言う。
「わかった。ありがとう」とアルーゼ。
「なんで、屋上?」
ネージには理由がさっぱりわからない。
「高い所好きそう」
「高い所好きそうだし」
フィオナとリリエッタの返しは全く同時であった。
「あのふたり、サギ王子と何か関わりあったりするの? いや、そういえば同じ貴族か」
「それだけじゃないよ。仲悪くて形だけらしいが、フィオナはサギ王子の婚約者らしい」
「こ、婚約者。マジで?」
「ああ、前、同じチームになった時、そういう感じはなかったのか?」
「いや、まったくだったと思うけど」
いくら思い出してみても、ふたりの間にはひたすら気まずさだけしか。まあネージも人の事は言えないのだが。
そして屋上には、フィオナたちが予想した通り、目当ての人物がいた。
「アルーゼ様に、ネージ様?」
「やっ、ミユ」
やはりチームメイトだった事もあり、ミユとも話しやすそうなアルーゼ。
「サギ王子」
「ネージ」
一方で、すでに互いに、かなり居心地悪そうなネージと偽物レイのユイト。
カーディはすでにその場から去っていたので、その場にはあとエミィがいただけ。
そしてアルーゼは、少しばかりシミュレータでネージと戦ってほしいと偽物レイに頼んできた。
[「コトワルノハ、オカシイデスネ」]
「わかった、やろうぜ」
そうだろうとユイトも思う。
レイは女の子の誘いの他に、戦闘の誘いもあまり断らない。
ーー
そういう流れで、シミュレータルームの戦闘エリアのひとつで向かい合ったユイトとネージ。
「前はちょっとばかし血迷って助けてやったけど」
シミュレータが、戦闘の場である闘技場を出現させる中、右手で何かを掴むような仕草のネージ。
彼の特殊技能、空間歯車を発動する時の動作。
「こうなったら、おまえ相手に容赦はしないから」
「面白いね」
実際ユイトとしても、彼と1対1で戦えるのは楽しそうだと思う。
なんだかんだ一緒のチームで戦った事もあるので、ユイトは知っている。
ネージ、彼はなかなか強い。
ーー
「サギ王子もだけど、やっぱネージくんもけっこうやるね」
「だね、わたしに勝っただけあるわ」
「うん、レイの反撃も上手く封じてる」
エミィの言葉に、いつの間にか観戦に加わっていたリリエッタとフィオナも頷く。
戦闘開始するや、空間転移を連続に使った不規則な動きに翻弄されっぱなしの偽物レイのユイト。
しかしそんな事はなくても、実際に解析でも使っているかのような勘のよさで、偽物レイはとにかく攻撃を避け続ける。
「でもほんとに反撃のチャンスがないね、あれじゃいずれ」
エミィの言う通りだった。
偽物レイは結局、反撃の機会を掴めず、背後にまわったネージの土塊の攻撃で負けとなった。
「ですが、結局なぜレイを対戦相手に?」
対戦したふたりが戦闘エリアから出てきてから、アルーゼに問うミユ。
「目的のデータを得るのに、彼が一番ちょうどいいくらいの強さだと思って。それに解析を使う人の戦い方にも興味あったし」
「データ?」
実際には解析など使っていなかったため、若干不安になる偽物レイのユイト。
「なんだ、こいつの事、誰も知らないのか」
幾ばくか愉快そうなネージ。
他の者たちは互いに互いを見合うが、ネージの言う通り、誰もアルーゼの事は、同級生という事以外に知らない。
「まあ本名は伏せてるし、しょうがないのか。でもリーズイて名前は知ってるんじゃない?」
その名なら、風芸でこっそりミユに教えてもらわなくてはならなかったユイト以外の全員が知っていた。
リーズイは、ミューテアでは名の知れた科学者の名。そして実はアルーゼがそのリーズイその人だったのである。
ーー
「大丈夫かな? 解析なんてまったく使ってないんだけど」
麗寧館に帰ってから、とりあえず真っ先に、本物のレイにも事情を話したユイト。
「あまり詳しく分析されたらまずいかもな。解析でないというより、特殊技能を使っていないことがバレるかもしれない」
レイも、少し不安げ。
「まあリーズイだって、コード能力が専門ってわけでもないし、多分大丈夫だと思うんだけどなあ」
エミィはわりと楽観的。
「なあ、その、ネージて奴は、リーズイと仲いい感じだったんだよな?」
かなり唐突なレイ。
「うん、普通に友達って感じ」
頷くユイト。
「そうか」
「レイ、何か思い出したの?」
聞いたミユ。
「いや、その、確かリーズイに資金援助してる貴族、ラートリー家だったと思う」
「あ、そういう事、だからあんなにレイを嫌ってたのね、かなり納得したわ」
ラートリー家という名前で、ミユにはピンときたようだった。
「つまりどういう事なの?」
「うん、どういう事?」
ラートリー家という名前だけでは、さっぱりどういう事かわからないユイトとエミィ。
レイたちは説明した。
数年前、ラートリー家当主フィルミと交流する機会のあったレイ。
フィルミにはふたりの姉弟の従者が仕えていた。
そしてレイは、姉の従者エリアーゼを口説き、一夜を共にしようとした。したのだが、どうやら彼女はかなり本気である事に気づき、さっさと逃げだす。
そしてそのエリアーゼと共にいた弟従者こそが、おそらくはネージだったのである。
「この男、やっぱりゲスだね」
「はい、まったくもってその通りですよ」
事情を聞きおえるやエミィが発した言葉を、ミユはすぐさま肯定する。
「いや、その評価はおかしいだろ。そこで手を出してたら確かにゲスかもだけどさ」
レイはサギ王子とは呼ばれているが、なんだかんだ女性の気持ちは尊重する。遊びと割りきってくれるような相手でないなら、騙してまで手を出したりはしない。
「え、えっとさ」
影武者を演じているほど顔は似ているが、あまりこの手の話に慣れてなく、顔を赤くするユイト。
「とにかく、その、ほんとに大丈夫かな。今日の」
とりあえず話題を軌道修正する。
「まあでも、最悪バレても、リリエッタと同じ理由で黙っててくれるんじゃないか。少なくともネージは。ぼくの事そんなに嫌ってるなら」
本物のレイが学園に来る事を彼も歓迎しないだろう。
だがアルーゼの偽レイへの興味など、真の危機の前では、なんて事はない。そんな事、まったくどうでもよくなるくらいの、それまでで最大の危機が迫ろうとしていた事など、この時ユイトにはまったく知る由もなかった。
そう、迫っていた。
彼がレイを演じる上での最大の試練が。




