1ー12・八年くらい前に
例によって、レイはデート、ミユは課題にかかりきりである休日。妹にも(勉強をがんばりたいという)事情を説明し、応援の声をもらってから、朝早く出かけたユイト。
そして、都市にわりとある、学生なら無料で使える勉強スペースで、待っていたのはニーシャ。
「どれ、では見せてみなさいな」
「うん」
とりあえずやってきておいて、と言われていた、わりと幅広いレベルの問題集を、ユイトはニーシャに手渡す。
勉強を教えてほしい。と頼まれたのはエミィだったが、そういう事ならと、彼女はニーシャを紹介したのだった。見かけは何もかも小さいが、勉学に関しては、アズエル学園の上を行くかなりのエリート校も卒業している彼女なら、適任だろうと。
見かけは、何もかも小さいけど。
「思ってたほどは酷くないわ」
一応ユイトが、空中世界の義務教育前半くらいまでの学力は有しているらしい事に、ニーシャは素直に関心した。
「これは独学で? あなたの暮らしてたエリアには学校もなかったでしょう」
「村長の勧めで、ネット講座を受けてたんだ。その、アルケリ島は貧乏な島だから、無料のやつしか受けれなかったんだけど」
「なるほどね。でも、ある意味それはいい方向にも傾いてるわ。多分何度も基礎ばかり反芻したんでしょう。そういうのって案外大事だったりもするのよ」
ニーシャの言う通り、最低限の基礎だけはしっかりだったユイトは、義務教育後半の応用問題部分の飲み込みも早かった。
それに、長期間の勉強などまったく慣れてないユイトだったが、自分の分まで頑張ってくれてるミユの事を思えば、必死で頑張れた。
ーー
「おつかれえ。めっちゃ頑張ってるね」
差し入れのお菓子を持って現れたエミィの声で、もうすっかり夕方頃だという事に、ユイトは気づかされる。
「いけね、多分、夕食頃だ」
外食するとは言っていないので、ミユは食事を用意してる事だろう。
「ごめん、今日は帰るよ。でも、本当にありがとう。エミィちゃんも、ありがとう」
急いで勉強道具を片付けながら、ニーシャにもエミィにも、ユイトは礼を告げる。
それと一応、エミィが持ってきてくれたビスケットも、3つほど素早く食べる。
「美味しい。ありがとう」
それから部屋のドアを開け、もう一度頭を下げてから、ユイトは帰って行った。
「ほんとに必死になって。ミユの事、好きなのかな?」
「さあ、それはどうかしら」
エミィの言葉がかなり意外そうなニーシャ。
「わたしも」
そしてどこか上の空な感じで、エミィは続けた。
「もうちょっと、頑張ってみようかな」
ーー
麗寧館へと急いで戻ってきたユイト。そんなユイトをこっそり確認していたガーディ。
彼は通信機を、彼個人の雇い主である黒令嬢でなく、彼が所属している組織の本部へと繋げる。
[「こちら本部です」]
通信機から聞こえてくる機械音声。
「こちらアズラッド」
[「声紋認証完了。アズラッド、用件は何ですか?」]
「いくつか調べてほしい事がある」
そう言ったガーディ。
ーー
深夜。
レイの許可を得て、麗寧館にまた訪れたエミィたち。
「捕らえた3人から得た情報、裏も取れたわ」
そしてニーシャは説明した。
3人は"レギオン"という組織に所属していたという。
レギオンは、空中世界でも特に規模の大きい犯罪組織。しかも例のクロ姫の家系である、ルルシアとの関わりも噂されている。
「そもそもレギオンは、ケレステル。つまりクロ姫ことアイテレーゼ・クレザード・ルルシアの祖父が発足したという噂よ」
「アイテレーゼ、ていう人なの? そのクロ姫」
ニーシャの出したクロ姫の名前に、ユイトはドキリとした。
「え、そうだけど」
ニーシャも、彼のその反応は全くの予想外だったので、かなりポカンとする。
「なにか気になるのか?」とレイ。
「えっと、いや」
しかし、そんなはずはない。
確かに彼女は、空中世界の人だった。
しかしそんな事、ありえるはずがない。
彼女は、優しくて、明るくて、誰かを傷つけれるような子じゃなかった。黒だなんて、ありえない。
「知り合いに同じ名前の人がいるから、驚いちゃって」
そう、関係はないだろう。それに覚悟もしてた事だ。
自分たちはもう二度と会えないと。
ーー
でも運命は時に不思議なものだ。
レイがユイトを連れてきて、そしてガーディが彼を見つけた。
「アルケリとかいう島に滞在してたんだってな」
暮らしている貸家にて、スクリーンごしのアイテレーゼに、ガーディは告げる
「8年くらい前に」
[「ずいぶん唐突な話ね」]
かなり不愉快そうな表情。それは間違いなく図星である証。
「ユイト・キサラギ・アルケリ」
[「ガーディ」]
ゾクリとさせられるほどの怒りを見せるクロ姫。
もう確実だった。
「悪かったな。勝手に調べて」
しかし、さすがにもうこれ以上、彼女の機嫌を損ねるのも恐ろしいので、素直に謝るガーディ。
アイテレーゼはしばらく何も言わず、しかし徐々に表情を柔らかくする。そして、また突然に通信を切り、その代わりにメールを一通送信してきた。
[彼をわたしの前に連れてきなさい]
「了解」
もちろんもう音声通信は繋がっていないので聞こえてるはずはないが、一応ガーディは呟いた。