4話 お婆ちゃんは心配いらなかった
家の合間を走って行くマリを追いかけ、アユミとカラザも後に続く。
獣人のマリは子供でも足が速い。アユミはすぐに追いつけそうだったが、遅いカラザに合わせていた。
他とあまり変わらないある一軒家にマリが駆け込んでいく。
「お婆ちゃーーん!」
アユミとカラザが家に入っていくと、そこには抱き合う老婆の獣人とマリがいた。
「は?」
カラザが目を丸くし、アユミも聞いていたのと違う事態に立ち尽くした。
「おや、おや。どうしたんだい?」
「お婆ちゃんが病気だったから魔法使いを連れてきたの。でも、元気になってた」
「ははは、そうかい。それはありがとうね。お婆ちゃんはちょっと食あたりだったから、すぐに治ったよ。それにマリの両親が来てくれたしね」
「ふぇ〜〜ん! 良かったぁ〜〜!」
アユミとカラザの目の前では、ほのぼのと温かい光景があった。
お婆ちゃんに抱きついてマリは嬉し涙を流している。
アユミ達に気がついたお婆ちゃんは目を向けて驚いた。
「あれ!? 本当に魔法使い様がいるじゃないか!」
「こ、コンニチハ。オジャマシテマス」
場違い感が出ているカラザが眼鏡を直しながら片言で挨拶した。
とりあえず、ここに来た経緯を説明するカラザ。話しの終わり頃にはマリも泣き止んでアユミとの出会いを語っていた。
聞いたお婆さんはカラザとアユミに座るように頼んでお茶を出した。
「ほんとにごめんなさいね。急にマリが外に出たと思ったら、こんなことになって。元々は私が体調を崩さなければよかったんだけどねぇ」
「いえ、いえ。取り越し苦労で済んでよかった。大変すばらしいお孫さんです」
カラザがにこやかに答えてお茶を飲む。アユミは特に自分から話すことはないので、お茶と出されたおつまみをつまんでいた。
それから二人はお婆ちゃんとマリにお礼をいわれ。村を離れる事にした。
「またね。今度遊びに来てね!」
「そうだな。だが、無茶なことはするなよ」
「うん」
マリはカラザが別れの言葉を交わし、アユミに抱きついた。
「遊びにきたら、また空に飛んでくれる?」
「ふふっ、いいよ。もっとスピード出しちゃうからね」
「楽しみ〜!」
アユミはマリの頭をなでて柔らかい髪の感触を楽しんだ。
明るく元気に手を振るマリに別れを告げて、アユミとカラザは村を後にした。
村からしばらく離れた森の中、アユミはカラザに聞いた。
「どうする? ここから飛んで戻る?」
「い、いや。できればこのまましばらく歩きたいのだが。いいかな?」
「もちろんいいよ。それなら、わたしが土から出てきた所にあったお墓を見に行っていい?」
「わたしはアユミの行きたい所ならどこでも行くぞ!」
「ありがと」
礼を言ってからアユミは気がついた。
ひょっとしてカラザはずっと一緒にいるつもりじゃないかと。
とってもニコニコ顔のカラザは嬉しそうに隣を歩いている。
無下に扱っても悪い気がしたアユミは、そのまま無言でいた。一方的な好意になんとも気まずく、だけど相手を嫌っていないのでやりずらい。
そう頭で堂々巡りしているアユミにカラザが話しかけてきた。
「アユミは好きな料理とかあるか?」
「そうだねー。ワイルドボアは美味しかったよ。あ、それとトロルかな。ちょっと骨が硬いけどね」
さらりととんでもないことを言うアユミ。どうやらドラゴンの食生活を思い出しているようだ。
カラザは話しの方向性が変わりそうなのをなんとか軌道修正する。
「……それはドラゴンのときだな。そうではなくて、人としてなんだが」
「あーそっち! この世界でずっとドラゴンだったから忘れてた。うーんとそうだねー、転生前はオムライスが好きだったよ」
「オムライス……。すまないがレシピを教えてくれないだろうか」
「うん、いいよー。カラザが作るの?」
「そうだ。わたしが愛するアユミの好物を作りたいから……」
顔を赤らめるカラザにアユミも照れる。面と向かって言われると破壊力抜群だ。
急に意識しはじめたアユミの胸がドキドキ鳴っている。
しかし、首を振りアユミは心をなんとか静める。
こんなチョロい私じゃないはず! そりゃあカラザは美人だし、背も高いし、スタイルいいし、人も良さそうだし……。
もはや落ちる一歩手前だ。
そんなアユミの心を知らずかカラザが話しを続けてきた。
「アユミはこれからどこかへ行く予定でもあるのか?」
「特にないよ。そりゃ4千年前と今は違うだろうし、知り合いのほとんどは生きていないから」
「そうか…。なら、わたしと──」
「あ、でも土の中で眠ってた間に目標を決めたんだ」
「目標?」
「そう。私、スローライフをするって決めたんだ」
「すろーらいふぅ? どういう物なんだそれは?」
知らない単語をオウム返しに聞くカラザにアユミはクスクスと笑う。そんなアユミの顔をカラザは見惚れていた。
「違うよ。物じゃないよ。なんていうか、そう、生き方ってやつ」
「生き方?」
「のんびりと暮らしながら自分の好きなことをする感じかな?」
「なるほど。言い得て妙だが、わたしの暮らしそのものじゃないか。それが『すろーらいふ』というのか」
難しく考えていたカラザだったが、アユミの目指す生活が自分と同じ様式だと理解し笑顔になる。
この世界でその日暮らしをしている人々は多い。むしろ生活スケジュールがびっしり決まっているのは王族とか貴族ぐらいだ。
アユミの言うスローライフとは戦いや争いの無い、のんびりできる生活というピースフルなものだった。
若干の食い違いがあるが、カラザはアユミのいうスローライフを理解した。
「それなら、なおさらアユミはわたしと暮らした方がいいな」
「な、ななんで!?」
「まさにわたしの生活は『すろーらいふ』だし、一緒に暮らせばおのずと『すろーらいふ』になるからだ」
「んー? そうなの?」
「そうだ」
自信満々なカラザに押され、アユミもそうかなと思い始めた。
ひとりで寂しく暮らすよりも、多少問題があるが二人で暮らした方が楽しいに決まっている。
こうしてどんどん外堀を埋められていることに気がつかないアユミ。
カラザは二人の生活ぶりを妄想してニヤニヤと頬をゆるめていた。
そうこうしながらアユミとカラザは森を抜け草原へと出てきた。
日はずいぶんと傾き、もう少しで赤く色づきそうだ。
草原の中に茶色く地面がめくれ、古い墓が横倒しになっている場所が見える。
「あそこだ」
「アユミはあの墓の下で眠っていたんだ……きっとこの草原は決戦の戦場跡だったのね。話に聞いてなかったら、ずっと知らないままだった」
「そうかも」
感慨深げなカラザだったが、アユミは反対に興味なさげだ。
倒れた墓に近づき表面を観察する。
かつては豪華な装飾があった名残が石のふちに微かにあり、刻んであった文字は風化して解読不能だ。
「さっぱりだね」
あまり落胆していないアユミはあっけらかんに言った。4千年前の物がはっきりとわかるとは思えないから。
「きっとあなたを称える碑文が書いてあったと思う。だって勇者達を救った偉大なドラコンなんだもの」
「ふふ。そうだといいけど」
カラザの好意的な推測に、きっとそうだといいなとアユミは微笑む。
土の上をぶらぶら歩いて墓から離れたアユミ。カラザは眼鏡の位置を直しながら墓の表面を調べていた。
眠りから覚めて土中から出たら世界は一変していたようだ。
なんだか再び転生したように感じる。この場合はタイムスリップか……アユミはカラザを見ながら微笑んだ。
過剰な好意はどうかと思うけど、いい人たちに出会えてよかったと。
ふと、地面が暗くなり、辺りが大きな影におおわれた。
何かなと上を見上げたアユミの眼には大きなドラゴンの足が降ってきて、どんどん視界いっぱいに大きくなっていた。