3話 初めての人化
ボーンドラゴンのアユミはマリとカラザを胸骨に乗せ、空を飛んでいる。
「草原を抜けたからあと少し先だよ」
「はーい」
マリの指示を受けアユミがスピードを増した。
「あわわわ……。空が恐い……。高すぎるし地面があんなに下にある……」
必死に助骨にしがみつき、震えているカラザ。片手には薬品の詰まったカバンを落とさないようにギュッとつかんでいる。
マリは流れる風景を楽しみながら、迷わないように目を凝らし先を見ていた。
「あっ! 森が見えた! もうちょっとだよ!」
「了解!」
草原を抜けた先にある森の上空へさしかかり、目的地であるマリのお婆ちゃんのいる村へ近づいているようだ。
やがて前方に森が開けた場所が見えてきた。
「あそこだよ!」
「オッケー。村の近くで降りるね」
アユミは高度を落として森の中へ入り、小さな木々をなぎ倒しながら地面へと着地した。
「とぉちゃく〜。お疲れさま〜」
「ありがとう!」
「うう…や、やっと着いたか……」
マリが楽しそうに飛び降り、足を震わせながらカラザが土を踏みしめる。
無事について安堵しているカラザにアユミが声をかけた。
「私はここで待っているから、早くお婆ちゃんを助けてあげて」
「アユミはいかないの?」
耳が垂れ、しょんぼりしているマリが聞いてくる。せっかくだから村を案内したかったようだ。
「ごめんね。ほら、この大きな体だし、それに骨だから村の人達がビックリしちゃうかもしれないし。カラザと二人で行く方が早くお婆ちゃんを治せるよ」
「そう…だけど」
人一人分はあろうかというボーンドラゴンの頭がマリに近づく。申し訳なさそうな雰囲気を出しているが、いかんせん骨なので表情が読めない。
一緒に行けないとわかって、しょげてしまったマリにアユミは困惑していた。
そこにカラザが眼鏡を直しながらアユミに聞いてくる。
「そういえば竜族は魔法が得意ではなかったかな? 先ほどの飛行も魔法でしょ。確か竜族には人化の魔法があると本に書いてあったけど?」
「あーそういえば! でも無理だよー。だって人化の魔法なんて1000年以上生きたドラゴンにしか出来ないんだよ? あっ!?」
言いながらもアユミは気がついた。あまり自覚がないが、長い間を生きてきたことを。そう骨になってもなおアユミは生きているのだ。
眼鏡に手を当てニヤリとするカラザ。
「でしょ? 倍以上生きているあなたはできるはず!」
それまで黙って聞いていたマリに希望の笑みが溢れてきた。
カラザとマリに期待されて緊張してきたアユミ。確かに魔法は得意だし、数々の極大魔法なんか使ってきたが、人化の魔法なんて初めてだ。
「は、初めてだから失敗するかも。それに骨だし、思ってもない姿になるかもだし」
ブツブツ言いながら予防線を張るアユミ。どうやら自信が無いようだ。
目を輝かせ、黙って見つめる二人に隠れるように背を向けると魔法を発動させた。
「えーい! どうにでもなれぇーーー! 人化!!!!」
アユミが叫ぶと体が光り輝き、辺りを白く染める。あまりの眩しさにカラザとマリは手をかざす。
一瞬の輝きが終わると、そこには小柄な少女が立っていた。
「で、できた! やった!」
自分の両手を見て、顔に触れる。ちゃんと肉がついているし、黒い髪に指にからめ、人間に戻ったのをアユミは確認する。
マリとカラザに振り返り、笑顔を見せるアユミ。
「見て! ちゃんとなれた! 凄くない!?」
マリはやったーと両手を上げて喜び、カラザはずれた眼鏡を直そうともせず目を見開いてアユミを凝視していた。
そのままカラザはフラフラとアユミに近づき、両手で顔を包むと目を覗き込んだ。
「な、な!?」
「まさにドンピシャ、ハートに突き刺さった……。この小さな鼻、そして薄い顔。黒目がたまらなくわたしを魅了する……」
「ち、ちょっと待って!?」
カラザの指が顔中をなぞっていくのに我慢できず、離れたアユミ。
はっと気がついたカラザは慌てて眼鏡を直し、愛想笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。あなたに惚れちゃった」
「はぁ? 意味わかんない。なんで?」
何が何だかわからないアユミはカラザの急変に驚いている。
カラザは両手を組んでもじもじし始めた。
「その…つまり、その、人に変化したアユミはわたしの好みど真ん中だったわけで。その、好きになっちゃった」
照れながら上目遣いで告白するカラザにアユミは顎が外れんばかりに大口を開けた。思いもよらぬ展開に頭が追いつかないようだ。
「意味わかんなーーーーーい!!!!」
アユミは天に叫んだ。
少し落ち着いて自分の身なりを観察する。
紺色のブレザーに灰色のスカート……これは転生前の学生服だ。『人化』とは魔法を行使する者の理想や願望を叶えて人の姿になる。つまりアサミは、ドラゴンに転生する前の自分に戻りたかったのかもしれない。
ということは年齢的に16~17歳あたりの容姿のはずだ。実年齢4千歳以上とはかなりかけ離れている。しかし、人はそんなに長生きしないし、実年齢通りの容姿なら再び骨の可能性もある。
できればカラザみたいに容姿の整ったスタイル抜群になりたかったが仕方ない。
きっと転生前に憧れていたんだなと当時を思い出したアユミは遠い目をした。
ふとそこでマリの存在を思い出す。
「しまった! また忘れてた!」
慌ててアユミがマリのいる方に向くと、両手を顔に当て、指の隙間からこちらを覗いていた。
「マリ? どうしたの?」
「ごめんなさい。こういうときって見ちゃダメなんでしょ?」
「ええっ!? そ、そうか…こ、告白されてたっけ。あー、でも大丈夫! 今の所、私達なんにもないから!」
「そうなの?」
「そうそう」
全力で誤魔化すアユミ。これを既成事実にされてはさすがに困る。だいたいアユミの気持ちも定まってないのだから。
聞いたカラザはがくっと肩を落として、あからさまにガッカリしている。
悲しそうなカラザに声をかけようと思ったアユミだったが、余計なことを言うと勘違いされかねないので伸ばそうとした手を止めた。
かくも人化に成功したのでマリ達と一緒に村へ行っても問題ないはず。
久しぶりの人の姿に、大きく伸びをしたアユミは嬉しくてジャンプした。
こうして三人はマリのお婆ちゃんのいる村へと森の中を歩いて行く。
心なしか、カラザはアユミにくっつきそうな勢いで隣を歩いている。カラザの方が背が高く大人っぽいのでアユミの付き添いっぽく見える。
「ちょっと近いと思うんだけど……」
「できれば抱っこして歩きたい。それかアユミを背負って密着したい」
「……このままでいいです」
少し離れて欲しいアユミだったが、カラザの遠慮の無い二択にそのままを選択した。できれば人化する前の状態、適度な距離を保って欲しかったが後の祭りだ。
非難がましくアユミがカラザを見上げると目が合い、ニコリと微笑まれる。
「くっ……ずるい」
美人だから破壊力抜群だ。逆に照れたアユミが視線を逸らした。
だいたい何で典型的な日本人顔の自分に惚れたのかアユミには理解できなかった。
ドラゴンに生まれかわり、この世界のさまざまな人々と交流したが、誰もかれも堀が深く、一定以上の容姿を持っていたから。
しかも、小さい鼻とか薄い顔とか、とても褒めているように聞こえない。アユミは隣を歩く魔法使いのカラザにどう接すればいいかわからなくなっていた。
そんな二人の前をマリがスキップしながら楽しそうに村へと先導していた。
しばらく歩くと森が開け、木でできた丸い家が建ち並ぶ村へとやってきた。
「村についたよ! お婆ちゃーーん! 魔法使いを連れてきたよーーー!」
「ちょっと待ってぇ!」
マリが村に着くなりお婆ちゃんの家へとダッシュする。慌ててアユミとカラザも後を追いかけた。