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2話 丘の上の魔法使い

 草原と山を越えた先の丘の上にポツンと家が建っていた。

 ここには魔法使いのカラザが住み、細々と近隣の人達と交流をしていた。

 カールさせた紫色の髪を肩にかけ、細く尖った耳に褐色の肌。ピンク色の瞳に眼鏡をかけたダークエルフのカラザは、人里離れたこの場所でひとり魔法を研究しながら暮らしていた。

 特徴的なエメラルドに輝く魔石をはめた杖を持ち、ヤカンに空いた手をつく。

「ほどよく温まれ!」

 杖の魔石が光り、ヤカンに触れている手から魔力が流れて水を温める。

 ほどなくしてヤカンの注ぎ口から水蒸気が吹きだした。

「よし!」

 手を離したカラザはコップにヤカンのお茶を注いだ。

 ズズっと音を立てて温かいお茶を飲む。至福な一杯にカラザはにんまりした。


 するとドアをトントントンと叩く音が聞こえた。

「おや? この時期にお客とは珍しい」

 そうつぶやくとドアへ向かい開ける。

 そこには獣人の少女がかしこまった表情で立っていた。どこかで見たことがあるような気がしたが、カラザは初対面だと思った。

「何か用かな? わたしを誰か知っているのか?」

「あたしマリ! お婆ちゃんを助けて!」

 泣きそうな顔でマリはカラザにすがりつく。慌てたのはカラザだ。

「ちょ、ちょっと!? どうしたの!?」

「お婆ちゃんが! お婆ちゃんが!」

 とうとう泣き出したマリに、何事かとカラザは家の中へ連れて行き、ソファーに座って事情を聞くことにした。


 お茶を出して泣き止むのを待ち、マリから事情を聞いたカラザ。

「なるほど話しはわかった。どうりで見た気がしたわけだ、あのリズの孫だったのね。ずいぶん大きくなったね」

 昔、交流があった獣人のリズが連れてきていた幼子がマリと知って懐かしむカラザ。

 リズの村で必要な薬や軟膏を調合して交流をしていた。遠くからやってくるこの獣人にカラザは覚えがあったのだ。

 ここしばらくは顔を見せなかったのでカラザもすっかりマリ達のことを忘れていたのだが。

「お願いします! お婆ちゃんを助けて!」

「わかった。今準備をするから待って……いや、待て。マリはどうやって来たの? ずいぶん身軽だけど……」

 身ひとつで来たようなマリにカラザは疑問を覚えた。たしかリズの村は山向こうで1日以上かかるはずだ。

 聞いたマリは一緒に来ていたボーンドラゴンを紹介するのを忘れていたので慌てていた。

「あっ!? そうだった! アユミに送ってもらったんだ! 空をビューンって飛んでここまで来たんだ!」

「は!? 空?」

「うん! ちょっと来て! 外でアユミが待ってるから!」

 そう言ってソファーから立ち上がると、マリはカラザの手を引いてドアから外へ出た。


 ◇◇◇◇


 マリが魔法使いの家に入ってしばらく、アユミはぽつんと前の広場で待っていた。

 上手くいってるのかなぁ。ちゃんと説明できているのだろうか。

 なかなか家から出てこないマリに不安を覚えるアユミ。

 この巨体では無理に家に入ったら、間違いなく半壊してしまう。

「はぁ〜。昔からだけど、体が大きいと不便だなぁ。人と暮らすにはやっぱり同じ大きさぐらいだったら楽なのに……」

 地面に骨の指で落書きしながら、アユミは暇をつぶしている。

「やっぱりスローライフをするなら、どこか広い場所がいいのかなぁ」

 マリを送り届けた後のことを考えながら、スローライフ計画を練っていく。が、漠然としているだけで、まったく思いつかなかった。

「だいたいスローライフって何するの? ゆっくり呼吸して生きていくこと? こんな体だし、全然お腹が空かないよ」

 段々頭が働かなくなっていくアユミ。考えすぎて意味がズレ始めてきた。

 と、そこにマリが出てきた。

「アユミごめんね! 忘れてたわけじゃないよ! 魔法使いのカラザさんを連れてきたの!」

「ふむ。そのアユミはどこだ?」

「そこだよ」

「え? こんな所に白い柱が? は?」

 どうやらカラザはボーンドラゴンを認識していないようで、目の前の白いかたまりしか視界にはいっていないようだ。

 それって足なんだけどな。どう声をかけたらいいか戸惑うアユミ。


 やっとその存在に気がついたカラザが視線を上へと恐る恐る向ける。

「も、もしかしてぇ……。ひ、ひぃいいいいい〜〜!?」

 やっと目が合ったアユミはニコリとしようとしたが、表情筋のない骨なので顎がカタカタ揺れただけだ。

 ぺたりと尻餅をついたカラザが見上げて青い顔で震えている。

「え、エターナルドラゴン……。己が身が朽ちてもなお永遠を生きる、で、伝説の竜!?」

「そーなの?」

「マジで!?」

 カラザの発言に不思議がるマリと驚くアユミ。

 自身がただのボーンドラゴンだと思っていたアユミは、伝説の竜と並び称されるのは違うかなと思った。

 ガタガタ体を震わせているカラザをなだめること30分。やっと落ち着きを取り戻すことに成功した。

 そういえばマリにも同じ事をしたなとアユミはクスクスと笑った。実際のところは巨体が小刻みに震えて、はた目には痙攣けいれんしているように見えていたが。


 なんとかカラザにアユミについて説明して理解してもらう。

 2度目の話しなのに瞳を輝かせて聞くマリ。何回聞いても新鮮なようだ。

「ところでカラザに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「な、なんなりとわたしが答えられることなら」

 まだ少しおびえているカラザだったが、アユミは無視して続ける。

「あの草原にあった古いお墓についてわかる? あと、勇者達って今はどうしてるの?」

「草原? ああ、話しにあった墓だね。あれはずいぶんと古いな。わたしが気がついたときには既にあったからね。それに勇者についてはわからないな。すまないが」

「ううん、いいの。ありがとう。ちなみにカラザって歳はいくつ?」

「む。あまり言いたくないがいいだろう。今年で672を数えるよ……」

「あっ!? ごめんね、言いにくいことを。だけど、そうか……ってことは700年以上は土の中にいたって事!?」

 アユミはあまりの衝撃に言葉を失う。

 10年、20年どころではなく、100年単位で土の中にいたのだ。人の寿命をはるかに超える事態にアユミの頭は真っ白になった。

 ほうけているアユミをよそに何かを思い出したカラザが家へと向かう。

「そ、そうだ! 確か伝説を集めた本があった! それなら何かわかるかも!」

 魔法の研究をしていたカラザは魔法にまつわる蔵書を多く所有していたが、その中に伝説や神話の本が含まれていたのを思い出したのだ。

 固まっているアユミを不思議そうにマリは見ていた。


 しばらくしてカラザが一冊の本を抱えて家から出てきた。

「待たせてすまない。きっとこの本ならアユミの言っていた事が書かれているかもしれない」

「ホントに!?」

 ショックから回復したアユミが嬉しそうに声を上げる。

「先ほどの話しだと、アユミが倒れたのは決戦のときだったんだな?」

「そうだよ。確か…勇者達と獣魔人連合、そして私を含めたドラゴン達が悪魔と戦ったんだ。悪魔のボス、エグルマルゲが強力な魔法を勇者達に使ったから、私が盾になって防いだの。その強烈な攻撃で私が深い傷を負って、その場から動けなくなったんだ。そこで気を失ったから、その後のことはわからないけど……」

「なるほど。悪魔の名をどこかで聞いた気がしたが…ここだ! あったぞ! どれどれ…決戦は荒れ果て枯れた地で、偉大なる赤竜の犠牲を払い勇者ライバックは悪魔エグルマルゲを打ち倒すことができた。それは4千年前のことだ……とあるぞ」

「はぁ!? よ、よんせんねぇん!?」

 アユミは叫び、白目をむいて気が遠くなった。そもそも白目は無かったが。

 100年どころではなく桁がひとつ違った。あまりにも現実離れした永遠の年月を土の中ですごしていたのだ。

 もちろん人族である勇者たちは寿命でとっくに天に召されている。アンデッドになっていなければだが。

 それにこの本が書かれた時代が遙か前なら、さらに年代がさかのぼることになるが、アユミはまだ気がついていなかった。


 頭を天に向けて微動しなくなったアユミをカラザが心配する。

「だ、大丈夫か? 起きてるか?」

「はっ!? ごめん、ちょっと気が遠くなってた。でも、なんとなく時間の流れがわかったから助かったよ。ありがとう」

「それはよかった」

 ホッと安心したカラザ。中型種とはいえ、伝説にうたわれたエターナルドラゴンを怒らせたら辺り一面が焼け野原になるのは必死だ。

 それに、先ほどから相手をしていて、アユミに親近感というか好意を抱いていたからだ。骨だらけとはいえ、案外話しやすいし、気さくな人柄が表れている。ただ大きいのはどうしようもないが。

 ここでアユミはマリのことを思い出した。

「あっ!? そういえばマリのことを置いていたね! ごめんね自分の事で時間を使っちゃって……」

「いいよ。だってアユミも起きたてだったんでしょ? それにあたしたちを運んでくれるから早く着きそうだし」

「ううっ、いい子だよー」

 聞き分けのいいマリにアユミは泣いた。もっとも骨だけなので涙は出なかったが。

 こうしてマリは無事に魔法使いのカラザに会い、お婆ちゃんの病気を治すべく村に戻るのであった。


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