孤児の少年アーク③
「たす…かった………」
強い脱力感に襲われ、アークはその場に座り込んだ。そこに自分を助けてくれた老人が声をかけてくる。
「怪我はないか」
「は、はい。あの、助けてくださって、ありがとうございます。そちらの方も………」
アークははじめに自分を守ってくれた大柄の男に礼を言おうとして、男の身体に異常があることを思い出した。剣によって大きく傷ついた腕からは血が出ていないのである。
痛くないのか、と顔を覗き込んだ。
(うっ………)
辺りはすでに薄暗く、男はフードをかぶっている。それでも、アークには分かってしまった。
その様子を見ていた老人の口の端がわずかに上がる。
「ふふ、気がついたか」
「こ、この人………」
「ふ、まあ色々と知りたいこともあるだろう。順に、説明していこうか」
「は、はぁ」
「そういえば、自己紹介がまだであったな。私は、オイゲン=クロウザースという。討伐者だ」
オイゲンと名乗る老人は首から下げられた小さいプレートを見せてきた。討伐者の証であるという。
「お、おれはアーク=ライトといいます。その、孤児院で暮らしています」
「うむ。ではまず、お主を襲った連中のことを教えよう。奴らは、誓いの血刃という、クラミル教団の信者による組織の構成員だ」
「教会の!?な、何で………」
「誓いの血刃というのは、かつては教団に属する正式な組織で、その任務は魔術士を狩るというものだった」
「魔術士を、狩る?」
「なぜなら、かつては教義によって魔術が禁止されていたからだ。だが、事情が変わる。魔物の活性化だ。それまでの魔物は己の縄張りからあまり出ることはなく、時折人里に現れる程度であったという。今では山中の村落や、時には街道にまで現れるというのにな」
「魔物って、そんなに頻繁に出現するんですか」
「城壁に囲まれた街の中で暮らしていると実感が無いかもしれんな。まあともかく、状況の変化に各国は対応を迫られることになった。そんな中で目をつけられたのが魔術士だった。魔法が有用な戦闘手段になることを知っていた各国の為政者たちは、教団と魔術士たちの双方と話をつけた。各国の圧力を受けた教団は、時の教皇が現実的な思考の持ち主だったこともあり、教義から魔術の禁止を削除した。こうして、誓いの血刃は解散することになった」
「なるほど………。だけど、まだ活動している………」
「そういうことだ。教義を盲信するあまりその変化を許さない者たちによって、組織は秘密裏に存続された。それが、今の血刃というわけだ」
「今も、魔術士狩りを?」
「奴らとてそこまで愚かでは無かったようだ。今の世で見境なく魔術士を襲えば教団本体や各国から怒りを買うし、魔物に対する戦力を大きく減らしてしまうことにもなるからな」
「そうですね………」
「だから奴らは標的を限定した。一口に魔術士と言っても、その存在は多岐に渡る。その中で邪悪とみなした者たち。例えば、私のような者を、な」
「………!」
助けてもらったが、オイゲンや周囲の者たちはたしかに不気味な雰囲気である。
「邪悪、なんですか?」
「くっくっく、まあ多くの者はそういう印象を持つかもしれんな。なにしろ私は、ネクロマンサーなのだからな」
「ネクロマンサー………あっ!!」
思い出した。先ほどは気が動転していたため思い出せなかったが、ここへ来て記憶がつながった。
ネクロマンサーとは、魔法で死体を操る、悪の魔術士ではないか。
そうではないかと思ったが、あの大柄の男はやはり死んでいたのだ。
「多少の知識はありそうだ。それが正しいものかは別だが」
「………死体を操る魔術士、ですよね」
「まあ簡単に言ってしまえばそうだな。それゆえ人々からは忌み嫌われ、血刃からは邪悪とみなされる」
それはそうだろう。死体を操るなんて、まともな人間の所業ではない。
「お主が血刃に狙われたのも、それが理由だ」
「え!?」
(それって、一体どういうことだ!?)
「先日、お主は魔術士協会で測定を受け、ギフトを持っていることがわかった」
「は、はい」
「そのギフト、冥府の王の舌が血刃の連中にとって問題だったのだ」
「そんな………何が………」
「かつてのそのギフトの持ち主は、死者の王と呼ばれるネクロマンサーだった。彼はとある国を滅ぼし、その都を死者で満たした」
「な、なんでそんなことを………」
「さてな。迫害に対する報復か、単に力の誇示か。何にしろ、彼の持つギフトは危険なものであると認知されるようになった。そして、そのギフトを持つ者が再び現れた」
「な、納得がいきません。おれにそのギフトがあるからといって、ネクロマンサーになるとは限らないじゃないですか!!」
「奴らにはそんなことは関係ない。邪悪な存在だと判断すれば排除する。たとえその者が何の罪も犯していない、ただの子供であってもだ」
「そ、んな………」
生まれ持ったよくわからない才能のせいで命を狙われたというのか。いや、オイゲンの言葉を信じれば、これからも狙われるということか。
「これで、お主が今日命を狙われた理由がわかっただろう。それで、ここからが私の用件だ」
「………………用件?」
「お主、私の弟子にならぬか」
「弟子って、おれにネクロマンサーになれということですか!?」
「そうだ」
「い、いやいやいや。それは………」
「嫌か?」
「想像がつきません。死体を操るなんて、助けてもらってなんですけど、正直嫌悪感があります」
「ならば、どうする?お主はすでに血刃に目をつけられているのだぞ」
「それは………」
オイゲンが今回助けてくれたのは、弟子にするためだろう。断れば、次は無いに違いない。だが死体を操る魔術士になるのは、あまりにも抵抗がある。
「ネ、ネクロマンサーでなければいけないのでしょうか。ランクが10以上のおれのオーラ放出量と総量はすごいものだと聞きました。そうであれば、別の魔法を自衛手段として身につけることもできるんじゃないでしょうか?」
「それは無理だ」
「な、なぜですか!?」
「ギフトのデメリットだ。冥府の王の舌を持つ者は、火や雷を放つといった攻撃的な魔法も、治癒力を強めて傷を癒すような魔法も、一切身につけることができないからだ」
「そんな………。証拠、証拠はあるんですか!?」
「観測院で調べればわかる。彼らは記録のほとんどを公開している。そして今のところ、それが間違っていたことがない」
「………」
「今、お主には二つの選択肢がある。ネクロマンサーにならずに血刃に狙われる日々を送るか、ネクロマンサーになり我が庇護下で自衛の手段を身につけるか」
アークは天を仰いだ。最悪の二択。運命というものがあるのなら、どれだけ自分を苦しめようというのか。
前世では事故による理不尽な死。そして今また理不尽な理由で命を狙われ、それを避けるためには人々から忌み嫌われる存在になるしかない。
「ふ、ふふ………」
あまりに酷すぎて、逆に笑えてきた。大きく息をつき、前を向く。
「あなたの弟子になれば安全でしょうか」
「私は討伐者だ。滅多なことでそれを襲ったりはしない。それに私は、それなりの実力者なのだよ」
「わかりました。色々失礼なことを言ったことをお詫びします。ぜひ、あなたに弟子入りさせてください」
アークは師となったオイゲンとともに孤児院へ戻った。
戻る前に一応食材店に向かったがすでに閉まっていた。オイゲンに事情を話すと、お使い自体が血刃による工作で、代わりを頼んできたウーゴもおそらく協力者で、金でももらったのだろうということだった。
孤児院に戻ると、オイゲンが修道女長にアークの弟子入りの件を説明した。修道女長は最初は怒っていたが、事情を聞くとしぶしぶだが納得したようだった。
アークは私物を取りに部屋へ向かった。部屋に入ると、同室の子供たちはみんな黙った。視線に恐れが混じっているように感じる。
「イシュト………」
出ていくことを話そうと声をかけたが、返事はなくその場を去っていった。
「イシュトも、ネクロマンサーとは話したくねえってよ」
ウーゴが薄ら笑いを浮かべながら言った。どうやらオイゲンと修道女長の話を盗み聞きしていたらしい。
アークはベッドの脇にある箱からわずかにある私物を回収すると、部屋の出口へ向かう。その途中、ウーゴとすれ違う。
「じゃあなウーゴ。討伐者になりたいようだが、いつか動く死体に襲われないといいな」
アークが言うとウーゴがにらみつけてきたが、その顔は青ざめていた。
こうして俺は、ネクロマンサーとして生きることになった。
10年暮らした孤児院を出る時も、一人の見送りも無かった。それは、これからの人生を暗示しているようでもあった。偏見、嫌悪、迫害。それらにまみれた、暗い人生。
物語に登場するネクロマンサーは悪役である。ただ同じく悪役であっても、例えば魔王ならばその圧倒的な力で逆に善行を積むことで尊敬を集めたりということもあるのだろう。
しかしネクロマンサーではそうはいかない。死体を操るという特性上、その恐ろしさ、そのおぞましさがついて回るからだ。どう足掻いても悪役にしかなれない。
それでも生きてやる。運命が俺を殺そうというのなら、なんとしてでもそれに抗ってやる。絶対死んでやるもんか。