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孤児の少年アーク②

 アークに前世の記憶が戻ってから2年が過ぎていた。修道女長に言われ孤児院に隣接する教会の留守番をしていると、来客があった。旅装をした、20代半ばほどの男である。


「こんにちは。修道女長はいるかい?」

「申し訳ありません。ただいま留守にしています。もうすぐ戻る時間なのですが、それまで待たれますか?もしお急ぎでしたら、伝言を承りますが」

「いや、それなら待たせてもらうことにするよ。君は、ここの子?」

「はい。アーク=ライトといいます」

「おや?」

「どうかされましたか?」

「いや失礼。申し遅れたね。私はエルウィン=リトガー。私もここの孤児院の出身でね」

「そうでしたか。はじめまして、エルウィン先輩」

「それにしても君は、ずいぶん応対がしっかりしているね。孤児院の子と話している気がしないよ」

「勉強しているんです。将来困らないように」

「賢い子だ。それに………」


 なんだろう。エルウィンが先程から何かを探るような視線を向けてくる。


「うん、間違いないね」

「何ですか?」

「君には魔法の才能がある」

「え?」


 その存在を耳にしてはいたが、実際に目にする機会が無く、意識したことがなかった。


「それって、おれが使えるってことですか!?」

「もちろん、訓練が必要だけどね」


 魔法。

 それは前世においては物語の中にしか存在しないものだった。それが使えるようになるというのであれば、転生した甲斐もあるというものである。


「訓練って、なにをすればいいんですか?」

「お、興味あるかい?魔法を学ぶには師につく必要があるんだ。まあ、有料なんだけどね」

「有料………。おれは………」

「わかっているさ。だけど基礎を学ぶだけならそれほど高いものじゃない。より高度なものを学ぶほど高額にはなるけど、たとえば優秀さを認められて誰かの内弟子になれれば当然お金はかからないし、そうならなくても君くらいの年齢なら将来稼げるようになってから返済するという方法もある」

「なるほど………」


 師につくというが、奨学金のようなものあるし、要は学校のようなものがあるということだろうか。


「魔法が使えるのは有利だよ。私は討伐者をしているが、魔法は有効な戦闘手段になるから引く手あまただ」

「討伐者………おれ、討伐者にはなりたくないんです。戦うのが怖くて………」

「ん?ああ、別に討伐者にならなきゃいけないわけじゃない。働く場所は限られているけど魔術士自体の数が少ないから喰いっぱぐれることはないし。それにこのご時世、いつ魔物と出くわすかわからないから、その場合の自衛手段としても身につけて損は無いと思うな」


 なるほど。城壁の外には魔物がいるというが、魔法同様目にしたことがないため意識したことがなかった。存在するのであれば遭遇するする可能性はゼロではないし、そうであるなら確かに自衛の手段は必要であろう。

 それに存在が貴重だというのであれば、待遇も悪くないはずだ。


「そういうことであれば、ぜひ身につけてみたいです。どうすればいいのか、教えてもらえるのでしょうか」

「もちろんだとも。後輩の面倒を見るのは先輩としての義務でもあるからね。今日は用事があるから無理だけど、今度案内するよ。魔法を教える場でもある、魔術士協会にね」


 その後、戻ってきた修道女長と面会し、エルウィンは帰っていった。


 3日後、アークはエルウィンと共に魔術士協会へ向かった。そこには魔法を使うための能力を測定する装置あるのだが、その装置は魔法だけでなく、特別な才能も測定することができるのだという。


「魔法以外の才能までわかってしまうなんてすごいですね」

「まあ実はその装置は協会のものではなくてね。観測院というところから借りてるものなんだ」

「観測、院、ですか」

「秘密の多い組織だよ。なんでもこの世のあらゆる現象を観測し、記録しているらしい。その中には人間が持つ特別な才能の記録もあって、装置を通じて測定結果を送るとその記録も参照してくれるわけだ」


 特別な才能。アークは、自分にもそれがあるのではないかと期待した。理由はわからないが、自分は異世界転生した身なのである。特別な経験をした者には特別な才能が宿るもの、などと考えるのは漫画の読みすぎだろうか。

 ただこの2年、自分に特別な才能があると実感できたことはなかった。変わったことといえば、見えるようになったことぐらいである。


 何が、といえば、幽霊が、である。


 もちろんはじめは驚いた。だが別に危害を加えてくるわけでもないし、追い払えば去っていく。すぐに慣れた。

 そもそも魔物がいて魔法が存在する世界なのだ。正直、霊が見えたから何だという話である。伊藤明には見えなかったので本当かどうかはわからないが、前世にも見えるという者はいた。


 だけどこの霊感が実は特別な才能の副産物であったなら?

 いやすでに魔法の才能があるのはわかっているのだ。充分だろう、とアークは期待する自分の心を抑えつける。


 魔術士協会に着き、エルウィンが手続きをすると奥の一室に通された。そこには四角い箱の上に置かれた水晶玉があった。これは触れた者のオーラを引き出すことでその総量と放出量を計測する装置だという。

 この世界に存在するあらゆる生物は、オーラと呼ばれる生命エネルギーを持っているという。当然人間もそれを持っているのだが、魔法を扱うには通常体内で利用されているオーラを一定量以上、体外へ放出できなければならない。つまり魔法の才能がある者とは、その放出量が通常より多い者であるということらしい。

 さらにこの装置には放出されたオーラに含まれる情報を解析する機能があり、それによって特別な才能の有無がわかるのだという。


「それではこの水晶玉に手を置いてください」


 促され、アークはソフトボール大の水晶玉に手を触れた。しばらく触れていると、手を離すよう指示される。

 手を離すと、今度は係の女が水晶玉に手を当て何かをつぶやきはじめた。


「あの呪文を唱えることで、観測院と情報をやり取りできるんだ」


 エルウィンが小声で説明してくれる。その時、係の女が突然うめいた。何事か、とアークはエルウィンと顔を見合わせる。


「結果を、発表します。オーラ放出量、推定オーラ総量、ともにランク10以上です」

「10、以上………?」


 ずいぶん曖昧な表現であるが、10までしか計測できないということであろうか。それとも装置の不具合だろうか。


「す、すごいぞ‼多いんじゃないかと思っていたが、ここまでとは」

「どういうことなんですか?」

「放出量は強力な魔法を使用するために必要な能力で、総量は多いほどたくさんの魔法を使えるんだ。ランクが1以上あれば魔法を身につけるに足るということになっていて、5以上あれば一流と言われている。それを何の訓練も無しに両方とも10以上なんて、君にはとてつもない才能があるということだ。やったな!!」

「あ、ありがとうございます」


 実感は無いが、すごいことであるらしい。とまどいもあるが、エルウィンが我がことのように喜んでいるのをみて嬉しくなる。


「もうひとつ、あなたには特別な才能、ギフトがあります」

「やっぱりか!総量が異常に多い者はギフト持ちである可能性があると聞くが、その通りだったな」

「お、おお………」

「ギフト名は『冥府の王の舌』です」

「え………!?」


 冥府の王の舌という言葉を聞くと、それまで興奮した様子で喋っていたエルウィンが急に黙った。

 部屋を沈黙が支配する。


「あ、あの、エルウィン先輩?」

「あ、ああ、ギフトなんて、すごいじゃないか。悪いが、用事を思い出した。私はもう行くよ」


 エルウィンは足早に部屋を出て行った。アークはそのあまりの態度の急変に呆然となる。


「今回の計測結果はどうされますか?」


 係の女が感情のこもらない声で尋ねてくる。


「公開して師となる方を探すこともできますし、非公開とすることもできます」

「それは………」


 どうやら自身が持つギフトというものは問題のあるものらしい。たしかに冥府の王などというのはネガティブな響きがある。

 おそらく、結果を公開したところで師になろうとする者は現れないだろう。それどころか、周囲の態度を見れば厄介ごとに発展しそうな予感さえある。

 公開するのはやめておいた。


 同じ街にあるとはいっても魔術士協会と孤児院は離れた位置にある。その道のりを帰りは一人である。

 今日のことをどう飲み込めばいいだろう。不穏な才能。親身になってくれていた者の態度の急変。

 足取りが重い。


 孤児院に戻ると、イシュトが結果を聞きにきた。イシュトにだけは魔術士協会に行くことを話していたのである。

 孤児院は教会に併設されたものであるため、人の命の軽さをアークは実感している。魔術士を志すことで厄介ごとに巻き込まれるのは、命取りになる気がする。

 そう。一度死んだ身なのである。なにより生きていることが大事ではないか。そう考えて、アークは才能は無かったと答えた。

 イシュトが慰めの言葉を口にする。不意に、涙が込み上げた。


 魔術士協会に行ってから3日が経ったその日の夕方、ウーゴがアークに頼み事をしてきた。


「悪いんだけどよ、代わりにお使い行ってくれねえか」

「は?嫌だよ。お前が頼まれたんだろ?」

「頼むよ。朝からどうも、腹の調子が悪くてよ」


 ウーゴにしては神妙な態度である。本当に調子が悪いのかもしれない。

 お使いというのは、廃棄寸前の野菜の引き取りである。孤児院はこのような寄付に頼るところが大きい。

 仕方なく頼みを聞いてやることにした。


(人気が無くないか………?)


 通りに出たアークはふとそう思った。普段と比べて妙に静かな気がする。


「年齢は分かっていたが、いざ目の当たりにするとさすがに気が引けるな」


 後ろから男の声がした。振り返れば男が二人立っている。黒装束で、顔は眼以外の部分が黒い布で覆覆われている。

 あまりにも不審な装いの男たちに身の危険を感じ、アークは足を一歩引いた。


「逃げても無駄だ」


 いつの間にか後ろにも男がいた。


(な、なんだよ、これ………)


 不審な男たちに挟まれている。どうする?少し先には賑やかな商店街がある。人目のあるところならば退いてくれるだろうか。だがそこまでたどり着けるとも思えない。その辺の路地に逃げ込もうか。いや、それでは人目のあるところから遠ざかる。

 様々なことを考えているうちに、正面の男のうちの一人が近づいてきていた。


「すまないがこれも正義のためなのだ」


 剣を抜いた。殺される。


「悪事をなす前に、せめて神の御許へ行け」


 斬られる。思わず目をつぶった。斬られたら、どれほど痛いだろうか。


 少しして、しかし痛みは来なかった。おそるおそる目を開けると、目の前にフードをかぶった大柄の、体つきからしておそらく男が背を向けて立っていた。


(………!?)


 状況の変化に頭が追いつかないでいたが、すぐにとんでもないことに気がつく。


(この人、腕で剣を受け止めている!?)


 左腕に深々と剣が食い込んでいる。痛みは無いのか。

 しかし大柄のその男は、何事もなさそうに腕を振り食い込んだ剣を払った。そこでアークは異常に気づく。


(血が、出ていない………?)


 あれほど深く斬られて、そんなことがありえるのか。


「貴様、まさか………」


 黒装束の男がうめくように言った。


「そこまでだ」


 老いた男の声がした。見ると、黒いローブを着た老人が立っていた。


「お前たち、血刃だな。神に仕える者が、まさか子供に手にかけようとはな」

「黙れ。お前のような神の敵を生まないためだ。分かっているのだぞ、お前がネクロマンサーであるということはな!!」


(何だ!?何が起きている!?神の敵!?ネクロマンサー!?)


「ふん、分かっているのか?いくらお前たちが狂った教義を振りかざそうが、私は討伐者なのだぞ。公に認められた存在であり、その職務には犯罪者の捕獲、あるいは討伐も含まれている。それを承知で私に挑むか?」


 気がつくと、老人の周りに人が増えている。老人の仲間であろうか。


「………………撤退だ」


 黒装束の男たちは去っていった。


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