表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/47

魔導職人ナッシュ①

「やばい………」


 アークは部屋のベッドに寝転がり、もう一度預金残高の明細を見上げる。一億アウレル、確かに入っている。億という数字にはパワーがある、とアークは思う。


「何に使おうかな………」


 そこまで考えて、現状特に欲しいものがないということに気づいた。孤児院で育ち、師の元で死霊術の勉強に明け暮れてきた今世、純粋に何かを楽しむという経験も余裕も無かった。

 そもそもこの世界にどのような娯楽があるのかもわからない。酒や女といった分かりやすいものはあるようだが、この年齢で手を出すのははばかられる。ちなみに前世でも経験は無い。


(まあ懐が温まったとはいえ、自身の境遇には何の変化も無いわけだからな。おとなしく、戦力強化に費やすとしよう………)


 ネクロマンサーの戦力強化といえば自身が扱うアンデッド、屍兵の強化である。強化の方法は主に二つある。

 一つは刻印という方法である。刻印というのは、体に魔導回路を刻み込むというものである。魔導回路とは、魔術的に意味のある図形を連ねたものである。そこに魔術塗料を塗りこむことで魔法の効果を発揮することができる。死霊術の場合、主にアンデッドの身体能力の強化に使われる。

 魔術塗料とは、魔石粉と他の様々な素材を溶いたものであり、ネクロマンサーはそれぞれ秘伝のレシピを持ちこれを自作する。

 そしてもう一つが、改造という方法である。カレルのように剣を腕に仕込んだり、腕を飛ばしたりできるようにすることである。

 刻印の方はネクロマンサーが自ら行うものである。魔導回路がそれぞれの研究による秘伝でもあるからだ。だが改造の場合、その仕込みの多くに魔導技術が使われている。それは職人の領分であり、自らそれを施す者は少ないという。


 当然、アークにその技術は無かった。そのため引き受けてくれる職人を探さなければならないが、問題があった。それは、ネクロマンサーの仕事を引き受けたがる職人が少ないことである。大きな都市であれば大抵一軒以上は魔導技術を扱う職人、魔導職人の工房があるものであり、ここノーヴェルクにも何軒か存在しているが、みなアークの依頼を断った。

 エイクラージュに帰れば師であるオイゲンの仕事を受けている職人がいる。だが独り立ちした以上自分の職人は自分で見つけるべきであるとオイゲンからは言われているし、その職人は高齢であるので長い目で見ても新たに職人を見つけるべきだということは理解できる。


「行ってみるか」


 魔術都市ウィグスバレー。アークはその地へ足を運ぶことにした。




 ウィグスバレーは王都の北西の位置にある。かつては迫害されていた魔術士達が隠れ住んでいた地であり、今もなお多くの魔術士が住んでいる。魔術士協会の本部の所在地でもある。

 アークがこの地を訪れようと思い立ったのは魔導職人が多いということと、伝統的な考え方の持ち主が多いということが理由であった。

 魔術士の伝統的な考え方とは魔術を究めるのに手段を選ばない、他の魔術士がどのような手段をとろうが、自身に不利益が無い限り、否定しない、というものである。

 このような考え方は魔術が個々人や少人数のグループで研究されていた頃の名残りであり、一般に広まった現在では多くの地域では主流でないものの、ウィグスバレーでは土地柄もあり今なお根強く残っているという。

 つまり伝統的な考え方に沿えば死霊術も否定されるものではない。ならば仕事を引き受けてくれる職人が見つかる可能性が高い。


 街に着くとまず宿を決めた。そして荷物を部屋に置き街へ繰り出した。


「へえ、意外と賑わっているな」


 ウィグスバレーは山に挟まれた狭い地域にあり、都市というほど大きな街ではない。魔術士が隠れ住んでいた地であるため交通の便もよくはない。それでもここでしか得られない魔術関連の品、主に魔導具、を求めて多くの人間がこの地を訪れるのである。魔導具とは魔法の効果を発揮する道具であり、それを作る職人が多いこの街では多くの様々な魔導具が売られている。

 通り沿いには魔術関連の店が立ち並んでおり、露店も多い。ただ露店は食料品を扱うものが多く、魔導具を扱う店もあるが、少し見たところ粗悪品が多かった。やはり店舗に入る必要があるが、前情報が全く無い状態で初めて入る店というのは緊張する。


(前世だとネットで調べたものだけど………)


 それでも躊躇ばかりもしていられない。とりあえず周辺で一番大きい店に入った。そこで得られた情報として、職人を探すなら魔術士協会に仲介してもらうのが早くて確実だ、ということである。突然訪ねられて仕事を受けてくれと言われても、職人の方もとまどってしまうということだった。もっともな話だと思った。

 街の南部の小高い場所に魔術士協会はあった。受付をすると一室に通され担当者が現れる。担当者は名をトーブスといった。アークが事情を話すと、ネクロマンサーと関わるのが嫌なのか難しい顔をしたが、一応は職人に仕事の依頼の通知を出すことを了承してくれた。その態度には不安を覚えるが、任せるしかなかった。


 手続きを終えるとアークは再び街の散策に戻った。自身の仕事を受けてくれる職人を探すことが訪問の第一の目的であったが、資金に余裕があれば便利な魔導具も手に入れたかった。特にギフトの弊害で死霊術に関する魔法以外を扱えないため、アーク自身に戦闘力が無く、それを補うための魔導具が欲しかったのである。

 再度魔術士協会を訪れるのは明日の夕刻となる。今日のところはメインの通り沿いにある大きめの店舗を中心に回ることにした。結果として、あまり欲しいと思える商品に出会えなかった。


 魔導具は大きく分けて2種類存在する。それは魔術士向けかそうでないか、である。

魔術士向けというのは、その効果を発揮するのに使用者の魔力を利用するものである。魔力とは魔法を使用するために体内から放出されたオーラのことであるが、それが可能なのは魔術士かその才能を持つ者だけであり、魔術士向けというのはそういうことである。

 魔術士向けでない魔導具の場合、効果を発揮するためのエネルギーを魔石に蓄えたマナに頼ることになる。純度の高い魔石は大気中に満ちるマナを吸収し蓄える性質がある。純度の高い魔石であるほどマナをより速くマナを吸収し、より多く蓄えることができる。

 魔術士向けの魔導具は発動のためのエネルギーを使用者に依存するため、同等の効果を持つ場合魔術士向けでないものよりも安価である。


 大きな店舗で売られている魔導具は魔術士向けでないものが多かった。価格のわりに効果は低く、討伐者の戦闘に通用するものとなると非常に高価である。魔術士向けの魔導具は売り場に対して扱われる商品が少なく、どうやら大きな店舗は魔術士以外の客向けであることが分かった。

 翌日は、前日の経験を踏まえて小規模な店を回っていく。職人が直接経営をしているところも多く、変わったものもあり見ていて面白い。有用そうなものもいくつか見つかり購入を検討した。

 次に入ろうとした店の名前はカージャ工房といった。


「いらっしゃいませ!!」


 若い店員の男が非常に元気よく来店の挨拶をしてきた。


「いやあお客さん、お若いですねぇ。その年で魔導具をお求めとは、もしやご実家がとても裕福なのではないでしょうか。大丈夫、そんなあなたのお眼鏡に適う商品が、この店できっと見つかるでしょう。さあ!どうぞ奥へ!!」

「う、え………?」


 男の店員の妙に高いテンションの接客にアークは引き気味になる。


(うわ、こういう接客苦手だなあ。何か買わなきゃいけない気になるんだよなぁ)


 ただ気になるのは、テンションが高い中に妙な必死さが見えることである。何か裏が、例えばこちらを騙そうとする意図だとかがあったりするのだろうか。


「おや、その首飾り………。もしやお客様、ネクロマンサーの方でしょうか」

「ええ、まあ………」

「それでしたらいい商品がございますよ!!ささ、こちらを………」


 こちらが裕福な家の者ではなくネクロマンサーであると分かっても店員の態度は変わらなかった。裏の意図とかは無く、必死に見えるのもこちらの勘違いだろうか。


「見てください、この空間収納布。かの天才職人、ナッシュ=カージャが作った一点物ですよ」


 ナッシュ=カージャ。この店のオーナーだろうか。


「ネクロマンサーといえば、死体の持ち運びに空納布は欠かせないでしょう」

「確かに、それはそうですね。詳しいですね」

「それはもう仕事柄、知識はございますよ。そんなお客様にこちらの商品。この空納布、なんと!!市場に流通する規格の中でもっとも大きいサイズの、およそ200倍もの容量を誇ります」

「はっ………!?」

「これ一つあれば、死体が1000でも2000でも入ってしまうんです。一生収納に困ることはないでしょう」

「いやそうでしょうけど………」


 大サイズの空納布は、大体40から50体ほどの死体が入る容量であるという。その200倍というのなら、一万体は入る計算となる。


「そんな特大容量の空納布がなんと、今なら一億。一億アウレルであなたの物」

「あ、大丈夫です」


 たしかにすごいとは思うが、そんな容量必要になることがない。そもそも空納布は物の出し入れにかなりの魔力が必要であり、その分オーラを消費してしまうためそれほど大容量の需要が無い。特に討伐者などの戦闘に従事する魔術士の場合、物の出し入れでオーラを消耗してしまうと、肝心の戦闘で魔法が使えなくなるという事態に陥り得る。そのため討伐者の中には、便利であっても空納布を使わない魔術士も多い。

 アークの場合、オーラ量が膨大な上にギフトの力でその消耗が少なく、そのため空納布によるオーラ消費は問題にならない。ただそれほどの死体を収めることがないし、あったらそれは大惨事だろう。


「いやいやそんなこと言わずに、ぜひ。頼む。お願いします」

「いや、その………」

「ちょっとオーナー、お客さんが困ってるじゃないですか」

「ニルカ」


 いつの間にかその場にいた女の店員が男を止めに入ってくれた。


(というかこいつ、オーナーだったのか。ということはもしかして………)


「大体なんですか、自分で天才職人なんて言うの、恥ずかしくないんですか?」

「恥ずかしくないね。俺、天才だし」


 やはり目の前の男がナッシュ=カージャであるらしい。癖が強そうだ。


「天才でも、借金で首が回らないのは恥ずかしいと思いますけどね」

「ぐっ………。それはだな、俺の創作に対する熱いアレが………」

「ハイハイ、今度聞きます。申し訳ありませんねお客さん、困惑させてしまって」

「はあ」

「どうぞごゆっくりご覧になってください。オーナーはこの通り少々あれですが、腕は確かなので。………まあ、変わった作品も多いですけど」


 ニルカという店員にそう促され、アークは商品棚を眺める。空納布が突出しているが、その他の商品も高価なものばかりである。正直手が出ない。


「おや?もしかしてお客さん、アーク=ライトさんですか?」

「え?そうですけど………」

「ああ、やっぱり。いえ昨日、協会から仕事の依頼の斡旋がありましてね。アーク=ライトというネクロマンサーが職人を探していると。ネクロマンサーは珍しいですから、そうではないかと思ったんです」


 トーブスという担当者は難しい表情をしていたが、ちゃんと仕事はしてくれていたらしい。


「ええ、実はそうなんです」

「ほう!!」


 ニルカにいなされおとなしくなっていたナッシュが声を上げた。


「ネクロマンサーの仕事!!いいね、面白そうじゃないか」

「え!?」

「いやオーナー………」

「分かってるよ。いやあ君の仕事、受けてあげたいんだけどねぇ」


 ナッシュが気持ち悪い口調で、ちらちらとこちらを見てくる。


「実は今、借金の返済が迫っていてねぇ。期日までに払えないと、債権者のくそつまらない仕事を受けなくちゃならなくなるんだよねぇ。ほら、この空納布。これが売れれば返済の目途が立つんだけどねぇ」


 売り込みに必死だったのは、借金を抱えていたからだったようだ。空納布の値札を見る。3億アウレルに横線が引かれ、何度かの値引きの後、現在の値段になっている。


「それで、こんな値引きを………」

「まあ正直赤字ですけどね。まったく、目を離すとこうやって思いつきを実現するために借金までするんですから。大体、作る前にこんな容量の空納布必要ないって、分かるじゃないですか」

「うぐっ。な、なぁ頼むよ。この空納布が売れれば借金なんとかできるんだよ。そしたらお前の仕事を受けられるし、何なら格安でやってやるからさぁ。それにネクロマンサーなら空納布は要るだろう?まあちょっと容量が無駄にでかすぎると今となっては思わなくもないけどさぁ。大は小を兼ねるわけで、別に困らないだろう?」

「いや困らないですけど、値段が………」

「そうですよ。若い魔術士が払える金額じゃないですよ」

「この街にも銀行があってだな、貸付なんかも………」

「ええ………」


 自分の借金を返済するために、人に借金をさせようとしているらしい。なんとも自分本位な男である。


(勝手ではあるけど、天才肌っぽい行動ではあるよな。見た目年齢15歳を相手にすることじゃないとは思うけど)


 ただ一応、仕事を受けてくれる職人が見つかったことにはなる。だがどうするべきか。

 普通に考えたら、前提として一億アウレルの空納布の購入があるのはありえない。それに天才職人とはいうが、本当にそれだけの腕があるかもわからない。

 それでも、である。他に仕事を受けてくれる職人がいるかどうか分からない。ウィグスバレーで見つからないとなると、どこで職人を見つければいいのか見当がつかなくなる。そう考えると簡単に断ることもできない。


「ええと、少し考えさせてもらってもいいですか?」

「え?お客さん、何も無理に………」

「一応、お金は頑張れば出せないことはないんです。空納布も、まあそんな容量のは要らないんですけど、それ自体は必要ですし。だけどやはり金額が金額ですからね、色々検討する時間が欲しいんです」

「それは当然のことですよ」

「何だよ、こういうのは勢いだぜ。考えるな、買うんだ」

「オーナーは黙っててください。ていうか店に出ないでください。本気で」

「はは………。それじゃ、今日のところはこれで」


 普段人との関わりが最低限であるため変わった職人の相手に少し疲れを感じながら、アークは店を出た。

空間収納布の布は財布の布をイメージしてます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ