短編小説 東京悪夢物語「カラスの家」
東京悪夢物語「カラスの家」
カーカーカー、
カーカーカー、
朝からカラスの鳴き声が変だ。
嫌な鳴き方をする。
カーーーー
「うっ、」
頭に響く鳴き声だ。
こんな時は、嫌なことが起きる。
そんな予感が…
カラスが集まる家、
奥田が、また、ネットで都市伝説を見つけてきた。
その家の回りだけ、異様にカラスが集まる家。
二、三羽どころではなく、何十羽も集まっているらしい。
屋根、壁、窓、至る所にカラスが止まり、まるでカラスで出来ているのかと勘違いしてしまうほどカラスだらけらの家。
昔は、白い壁の品の良い家だったらしいが、今や、カラス色に真っ黒。
すべて真っ黒な不気味な家。
人は住んでいるのか?
家主は高齢だが、存命らしい。
外出は一切せず、毎日、カラスが取ってきた餌を一緒に食べて生活しているらしい。
何十年も見た者はいない。
近づく者はカラスの洗礼を受ける。
始め、カーカーカーという鳴き声で警告、
次に、旋回して威嚇、
それでも近づく者は容赦なく攻撃する。
上空から勢いをつけて突っ込んで来て、口ばしで突いてくる。
しかも眼や頭など急所を狙ってくる。
大抵の人は慌てて逃げてしまい、もう二度と近寄らない。
一度、市役所の人がどうしても用事があり、無理に訪れた。すると、五十羽以上のカラスが襲って来て大怪我をしたらしい。
それ以来、近づく者はいなくなった。
誰も近寄らない。
誰も話をしない。
そんな家、カラスの家…
「そこで!」
「私は、ここに行こうと思いまーす」
奥田が手を挙げた。
何だって?
また始まった。
奥田の悪い癖だ。
あいつは臆病なくせに好奇心が強い。
またトラブルの予感がする。嫌だ嫌だ、
「カラスの家探検メンバーを募集しまーす、みんな、ヨロシクー」
「すごーい、」
「奥田さんは冒険家ですねー」
坂本リツ子がおだてる。
「いやいや、」
「単に、都市伝説好きなだけだよー」
困った奴だ。そんな家に興味本位で行ったら殺されてしまうぞ、
バカな奴だ、
まあ、大抵こんな話は、噂だけで大した事はない。
噂が伝わるうちに、だんだん話が大きくなり、妖怪やら幽霊やら、うさん臭い話に変わっていく。
多分、今回もそうだ。行ってみると、「何だここか」ぐらいにガッカリするものだ。
バカバカしい、さっさと帰ろう。
私は、帰る用意をした。
「あと一人、」
「誰かいませんかー」
キョロキョロ、
「あっ、」
「根本先輩、行きましょうよ、」
見つけられた。
私が、こういう話が嫌いなのを奴は知っている。
そして、いつも誘ってくる。やれやれ、
「根本先輩、行きましょうよ、」
「やだよ、」
「行きましょうよ、ほら柳原さんも行きますよ、」
微笑んでいる柳原。
……
「仕方がない、行くか」
「やったー」
「では、今度の日曜日、◯◯駅に集合!」
しまった、また引っかかってしまった。
困ったものだ。
日曜日の朝、
私たちは、◯◯駅に集合した。
皆、軽装でハイキング気分満々。
私だけリュックに手袋、まるで山登りのような重装備だ。まあ、いい。
目的地の最寄りの駅で降りる。
バスに乗り換え田舎道を進む。かなりの田舎にやって来た。
ここは本当に東京か?田園風景が広がる。
奥田がスマホのナビを見ている。
「もう少しですね、」
バスを降りた。
「ここから歩きですね、」
先頭を切って案内する奥田。
「この林の先のような、」
「あった、」
「あの家だ、」
丘の上にポツンと一軒家が建っている。
想像していたより大きな家だ。
「あれ、カラスが少ないじゃないか、」
奥田が叫ぶ。
確かにカラスはいるが、せいぜい五、六羽。
「騙されたー」
ガッカリする奥田。
まあいい、良かった。適当に見て帰ろう。
私はほっとした。
カーカー、
カラスが不気味に鳴く。
「ただの空家か、」
奥田が中を覗く。
入口は固く鍵が掛かっており、入れる様子は無かった。
「さあ、写真でも撮って帰ろう、」
奥田が言った。
カーーーーーーーーッ、
?
明らかに、人の声で、カラスの鳴き声を真似た鳴き声、
「何だ、」
「何だ」
皆んな、冷や汗をかく。
「今のは何だ、」
奥田がつぶやく。
「気持ちが悪いから早く帰りましょう」
青ざめている根本リツ子。
「うん」
限りなく嫌な予感が…
カサッ、
カーーーーーーーーーーー
ここは、危ない!
ババババババババババーーー
突然、数十羽のカラスが、家の中から飛び出して来た。
きゃー、
柳原さんが悲鳴をあげる。
カーカーカーカーーーーーー
まるで濁流のように、私たちの回りを囲むカラスたち。
あっという間に逃げ道をふさがれた。
「みんな頭を低くして、一つに集まれ、」
私は叫んだ。
ぐるぐると私たちの回りを旋回するカラスたち。
カーカーカーカーーーーーー
激しく威嚇するカラスたち、
左も右も上も、回りの景色がまったく見えない。
シュン、シュン、シュン、
激しい回転の異様な音。
「助けてくれー」
奥田が目をつぶる。
だんだん、カラスの輪が狭くなってくる。
「神様ー」
「うるさい!」
シュッ、
私は、こんな時のために用意していた発煙筒に火を着けた。
シューーーッ
激しい光と煙が立ち上がる。
ガオ、ガオ、ガオ、ガオー
突然の煙に、驚いたカラスたちが混乱する。
ガオ、ガオ、ガオ、ガオー
輪が乱れだす、
「今だ、」
私は、輪の一番薄い部分に、皆んなを突き飛ばした!
ザザザザーーー
自分も飛び込む、
ザザッー
黒い輪から、全員、転げながら飛び出した。
ギャア、ギャア、ギャア、
カラスたちが騒ぐ。
「逃げろ、」
一目散に走る奥田。
他の者を連れて走り出す私。
はぁ、はぁ、はぁ、
後ろを振り返る。
カア、カア、カア、
カラスが旋回を止め、次々と、あの家に止まり出した。
カア、カア、カア、
ああっ、
あっという間に、あの家がカラスに覆われていく。
真っ黒だ、
本当に真っ黒いカラスの家だ。
カタ、
家の窓が少し開いた。
窓から老人の姿が見える。
何か言おうと、
スッ、
再びカラスに覆われる窓。
私たちは、命からがらバス停までたどり着いた。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、
「本当だ、本当にあったんだ、」
奥田が座り込みながら叫んだ。
皆、無言。
その後、
会社では、誰もカラスの家の話はしなくなった。
しかし、
私は覚えている。
あの老人の口元が動いていた事を、
何か言っていた。
そう、
「ここから出してくれ」と、