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三 零番隊と皇太子


またまた新キャラ登場。

そして物語は動き出します。

 時任カスミの身柄をどうするか。それが新庄キリヤ目下最大の懸案事項である。

 廃絶寸前とはいえ一応華族であるカスミだ、下手なところに預けたらその類は零番隊にも及ぶ。

 かといって零番隊で預かるわけにもいかないし、時任の屋敷に戻すのも危険だ。

 そもそもなぜ彼女が危険そうな男達に連れられていたのかも謎である。理由がまだはっきりとしないのだ。

 要するに扱いに困っているということ。そこでキリヤは仕方なくカスミとネネを連れて宮内府を訪れていた。

 白大理石の廊下は人通りが少ないものの、宮内官がいなくなることはない。彼らは三人を見て眉をひそめる。

「キリヤさーん、ぜーったい悪いこと考えているでしょう?」

 上は瑠璃色で下は濃紺、腕章には零の文字とそれに寄り添うカササギの番いがあしらわれている。

 帝国魔術部の制服を着た少女は、先ほどから上官に向かって反抗的な態度を取っていた。

 それを見てハラハラしているカスミは、喧嘩を止めるべきか本気で悩んでいる。

 もっともキリヤは不機嫌なネネに対して慣れた対応をとる。要するに、適当にあしらうわけだ。

「悪いことは考えてねぇ、カスミが無事保護されて晴礼宮サマは大喜びだ。何が悪いんだ」

「わたし、あの人苦手なんですよぉ。この間もお食事の誘いを断るの大変だったんですしー」

 ネネはハァー、と大袈裟にため息をついてみせる。が、キリヤはそれをガン無視である。

「晴礼宮サマは皇位継承第二位のお方だ、有り難いことだとは思わないのか?」

「だったらどうしてキリヤさんは棒読みなんですかー?」

 それから二人そろってため息をつく。キリヤもネネも、できればあのお方に頼りたくはないのだ。

「あの、晴礼宮様ってあの……?」

 それまで蚊帳の外に置かれていたカスミが、キリヤにおずおずと尋ねた。

 本来なら尋ねるというより命令するのほうが正しい身分差なのだが、この少女は先ほどから萎縮しっぱなしだ。

 キリヤはキリヤで、寝不足と気の進まない謁見が重なりそんなことにいちいちかまっていられない。

「あのっていうか、晴礼宮時守ユキタダ殿下のことだな」

 あくびまじりに皇族の名を出すキリヤに、宮内府の役人は当然いい顔をしていない。

 更には汚れたコートを纏った見ず知らずの少女を連れてである、中には明らかな敵意を向けるものもいる。

 しかしキリヤとネネはそんな視線を平然と無視する。舐められたら仕事がやりにくくなるだけである。

 とはいっても限度と言うか、礼儀をまったく感じさせないキリヤはさすがにやり過ぎの感がする。

「あー、でもあの馬鹿皇太子は起きてるのか?」

「そーですよ! まだ朝の8時ですよ、ユキタダ様だってまだ寝ていますよ、だから帰りましょう!」

「そんなことは無い! ネネ殿が来ていると聞いてつい今しがた身なりを整えたところだ!」

 そう言って侍従を置き去りにしたまま宮内府の廊下を走るのは、この国の皇族様である。

 あまりに急な謁見に、辺りの役人は衛兵を除いて皆慌てて平伏する。

 さすがのキリヤとネネも頭を下げ、取り残されたカスミはキリヤに引っ張られて廊下に突っ伏した。

 皇族の前にこうべを上げる事なかれ。洟垂れ小僧でも知っていることである。

「よい、ネネ殿にキリヤ殿。私が許す故頭を上げなされ!」

「畏れ多くももったいなきお言葉、我らそのようなことを望みませぬ、どうかこのままに」

「私が良いと言っておろうが、さっさとネネ殿のお顔を見せてくれ!」

 キリヤはお決まり文句に辟易しながら顔を上げ、ネネもそれに倣った。カスミだけは平伏したままである。

 豪奢な絹に黒貂の毛皮、靴は異国の鰐と呼ばれる生き物の鞣し革、頭に頂くのは珊瑚の冠。

 帝国の第二王子・晴礼宮時守ユキタダは、その名に違わず威風堂々とした姿である。

「ユキタダ様はかように早き時間にお目覚めの上、このような場所に御労足いただきましては……」

「ええい、普通に話しなされキリヤ殿! 様もいらぬか、それとネネ殿もじゃ!」

 決定的な身分の差は簡単な挨拶も許さないが、当人達はそれをおざなりにする術を心得ていた。

 それを言わせたキリヤは、ようやく諸官の前で皇太子にタメ口を聞ける。

 いくら皇族相手でも、年下に敬語は使いたくないキリヤであった。

「馬鹿に早ぇじゃねえか、ユキタダ。いつもあと2時間は寝てんじゃねぇのか?」

「ふん、ネネ殿が私に会いにきたのじゃ、これがどうしておちおち寝ておられるか!?」

「わたしは別にユキタダ様に会いにきたわけじゃありません!」

 いつもの癖で敬語が飛んでいってしまったネネ。この皇太子相手ではそれも仕方のないことだが。

 つい強く否定してしまったネネに、大袈裟に驚いてみせるユキタダ。いちいちリアクションが大きいのだ。

「な、なんと……! それではネネ殿はなぜ斯様な場所にいらしたのだ?」

「うっ、そ、それは……」

 思わずキリヤの方を見遣り、それからその側のカスミに気づく。

「そうです!」

「そうか、やはり私の妃になりたいと!」

「違います、話は最後まで聞いてください!」

 違い、の時点で卒倒しかけた皇太子を、侍従達は慌てて支える。まあ、賑やかな皇太子ではある。

「零番隊だって暇じゃないんだ、空気読めよユキタダ」

「そうですよ、今日はこちらの時任カスミちゃんを保護していただくてお願いにきたんです!」

 その場にいた者達は皆、時任の名にピクリと反応した。ネネとキリヤはようやく本題に入ったかと思った。

 そして、ユキタダ皇太子の表情が一瞬で引き締まる。

 それは、国政の一翼を担う皇族の顔であった。

「ネネ殿、キリヤ殿、詳しくお話しくだされ」

 それからキリヤは昨晩のことをかいつまんで話した。

 カスミが何者かに拉致されていたこと、その相手も不明なこと、不自然な点の多かった指令書のこと。

 ただし、軍部の思惑についてのキナ臭い憶測は伏せておいた。あまりに周囲の人が多すぎるからだ。

 黙って聞いていたユキタダは、しばらく黙考してから口を開いた。

「カスミ殿とやら、どうかお顔を上げなされ。曾爺を同じくするは従兄弟も同然、何故かしこまる」

 おずおずと顔を上げるカスミに目の高さを合わせ、ユキタダは膝をついた。

 普通ならあり得ないその光景に、カスミはただただ驚くばかりだ。

 侍従や宮内官が色めき立つが、キリヤが目で制すると皆、すごすごと引き下がる。

 畏れ多さに震えの止まらないカスミを優しく抱きしめる皇太子の姿は、妹をあやす兄のようでもあった。

「カスミ殿、難儀であった。其方の安寧はこの私が命に代えて守ってみせよう」

 その言葉の力強さは、一国の支配者の血を引くにふさわしい堂々たるものだった。

 それからユキタダはキリヤの方を見て、厳かに命じる。

「キリヤ殿、カスミ殿に狼藉働きし不埒者を必ずや捕らえてくだされ」

 ユキタダの胸で涙を流す少女を見て、キリヤは静かに頷いた。


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