第4話 仮想通貨で二億円溶かしちゃってさ
「二番卓さん、焼きそば三つ、イカ焼き二つ、焼きトウモロコシ二つ、生ビール五丁!」
「あいよ! 翠さん、から揚げあとどれくらいになりそう?」
「あと三十秒で百五十個揚がります」
「おっけ、助かる! 明子ちゃん!」
「はい!」
「からあげ揚がったら五番卓さんに持ってって!」
「かっしこまりましたぁ~!」
俺と、明子と翠は、お盆に酒や肴を乗せてひっきりなしに運んだり、料理を作ったりしていた。
薄い布地と肌の膨らみや凹みに伝う汗。
そして如何にもジャンキーな料理の数々。
俺らがどうしてこんな状況になったのか、その話を今から一週間前に戻って話そう――――。
梅雨も明け、アブラゼミの大合唱で起床する時期が訪れた。
夏は好きだ。
澄み切った青空に堆《うずたか》くそびえる入道雲。
いつか下着一枚で虫取りをしに行った日々が思い返され、非常にセンチメンタル・アンド・カタルシス・オブ・ノスタルジックな気分になる。
ようはなんか良いってことだ。
しかし、最近は逆地球温暖化、地球寒冷化というのか? そのせいか日に日に寒さを増している。
下着一枚で虫取りをしに行くには少し肌寒い。
だがまあ、セミの鳴き声を聞けば嫌でも暑く感じるものだ。
それともうひとつ。この時期になると全種類のセミが一斉に鳴くのよりも騒がしい輩が現れる。
この2つがなければ、俺の夏はビューティフルバケーションなんだが……。
「ねえねえ聞いてる? 聞いてる?」
「聞いてるよ」
「だからやばいんだって努! マジですごかったんだから! なんかピカピカドンッ! グニャーってなって、ずぞぞぞぞぞって音がしたと思ったら、チャーシュー麺の具材全部そのブラックホールに吸い込まれちゃったんだよ!」
「いや、なんの話だよ!」
「だからさっきから言ってるでしょ。どこでも海苔の話よ!」
「ここから聞いた人にはなんのことかさっぱりだわ!」
「ラーメンだけに?」
「……翠、煮卵用意しろ。こいつの食道全部埋めてやる」
「ごめんなさい、ダチョウの煮卵しか用意できなかったわ」
「大丈夫、こいつの親戚爬虫類だから」
「誰がアナコンダじゃい!」
昼休みになり俺と翠は席を突き合わせて弁当を食べていた。
そこにいきなり俺らのクラスにスライディング・インし、クラスの男子の席を奪い、話し始めた野蛮な奴が現れた。
それが、おなじみの熊沢明子だ。
明子はこの前吉野先生の研究室で「どこでもドア」、もとい「どこでも海苔」なるものの実験を見てきたらしい。
そのときのことをこいつは仰々しく話しているのだ。
というか最近ラーメンの話多くない?
詳しい話を俺から説明するのは億劫なので、ここから読んだ方にはぜひとも本作品の「第一話 どこでも海苔の完成ってことよ☆」を読んでからもう一度ここに来てほしい。
俺からの些細な心遣いだが、目印として栞を差し込んでおいておくよ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふがっ、ふがっ……」
「……よし、これで静かな昼休みを満喫できる。ところで翠、結局どこでも海苔はできたのか?」
「いえ、まだ完成には至らなかったわ。ただもう少しらしいの」
「そうなのか」
「ええ。でも明子も言ってたけど、小さなブラックホールはできたの。あとは回線とか、物質の組み合わせでどうにか時空間移動できるらしいの」
どうやらこいつらはたった三人で世界征服をしようとしているらしい。
ブラックホールなんて地球外での話であって持ち込んではダメだろ。
俺が総理大臣だったら、非黒穴三原則を草案するね。
「ポンッ! そうなのよ! あともう少しで夢のどこでも海苔が完成なのよ。そうしたらいろんなところに旅行できるじゃない! こんな素晴らしいことはないよ、努!」
「お前は黙ってろ!」
「ぶっ!」
俺は弁当に入っていた枝豆のさやを投げつけた。
一方で弁当を食べ終わった翠は画用紙と定規を取り出し設計図らしきものを書いている。
どうせまた怪しい研究か論文のための何かだろう。
俺はそっと翠を一瞥し、モ〇ゾーみたいになっている明子に話しかけた。
「まあもう夏休みになるからどこか遊びに行きたいとは思うけどなー」
「ぺっ! でしょでしょ? どこでも海苔があれば旅費いらずでペルーもインドネシアもクロアチアだって行けてしまうのよ! すごくない?」
「凄さを語るにはその三か国はあまりにも力不足だけどな。知名度低すぎるし、どうせ妥協したOLとかが行くとこだろ?」
「被扶養者がわがまま言えないよ……」
「そんなことないわ大平君。ペルーにはインカ帝国の大遺跡「マチュ・ピチュ」があるし、インドネシアには夏の定番のビーチリゾート、サーフィンのメッカとも呼ばれ南国気分を味わえる「クタ・ビーチ」がある。それにクロアチアは魔女が宅配するで超有名なアニメの舞台ともなった、アドリア海の宝石「ドブロヴニク」といった観光地があるのよ。侮れないわ」
「それは侮れない! この夏はその三か国で決まりだな!」
「いいや、多重人格か! 光速で手のひら返しされたわ」
「しかし、旅費が浮いたとしても観光費とか宿泊費はかかるだろ? バイトしなきゃだよなー」
「確かにね。なんかいいバイトないかなー」
明子と二人で深く悩みこんでいると、翠が珍しく粋のいい発声でつぶやいた。
「できたわ!」
「え、なにこれ?」
「これは、ダーツ?」
「そう。バイトダーツ」
二十等分した円にそれぞれ「カラオケ」だの「スーパー」だの様々な職場が書かれていた。
だが翠、確かに俺らは旅行に行きたいといった。できれば三か国行きたい。
だがな、「マグロの一本釣り」はないだろ。バイトというより、もう人生最後の本職だぞこれ。
死なせる気か。
俺が「マグロの一本釣り」に目を丸くしていたことに気づいたのか、翠は目を細め、冷ややかな笑みでこう言った。
「鉄骨渡りでもよかったのよ」
「悪趣味な奴め……!」
だが、案は悪くない。
優柔不断な俺と明子だ。運否天賦で決めなければ結局やらずじまいになってしまうからな。
ではさっそくやってい――――
「ささったよー!」
「って勝手に始めるなぁぁぁあああ!」
あのバカで間抜けでアホのトンチンカン三拍子がそろっている明子のことだ。
絶対にろくでもないところに刺さっているに決まっている。
俺は恐る恐る近づいて見に行った。
「…………いやぁ。案外明子がツイていることもあるもんだなぁ」
「でしょでしょ! 私、楽しいことにはとことん運がいいのよ!」
「それに夏にぴったりだし、働きながら遊べそうだもんなー」
「ええ、楽しそうね。私もリゾバイとやらを一度やってみたかったわ」
「翠が? 意外すぎるな」
「じゃあ、ここで決まりね!」
「おう、来週から行こうか……」
「「「海の家へ!」」」
電車で小一時間。
俺らは地元から近くの「浜波海水浴場」というところに来た。
沖にある「九尾島」が特徴的で、干潮時には砂浜と九尾島がつながる珍しい光景を見ることもあるそうだ。
しかし、この海は海水浴場にしてはプラスチックゴミが浮いていたり、時々異臭がしたりと不安な要素が多かった。
真夏の暑い日で着替えを持っていたとしても、ここで泳ごうとは思わない。
そんなところに海の家があると思うだろうか。普通はない。普通ならば。
「一週間泊まれて、三食飯付きというから来たが……本当にここにどでかい海の家があるのか?」
「一通り端まで歩いたけど、あったのはサーフボードの店か沖縄料理のお店しかなかったねー」
「……もしかしたらだけど」
「どうした翠? 怪訝そうな顔して」
「あそこにあったりしないかしら?」
翠が指さした方向には無人島のように森が生い茂った孤島があった。
「あれは、九尾島だっけ? まさか、潮が引いた時にしか行けないような遠い場所にあるわけ――」
「あったぁー……!」
干潮の時間まで待ち砂浜を渡ってみると、真っすぐ道なりの方向に「海の家 小春日和」という看板が掛けられたお店があった。
木製で壁がなく、台風が来たら屋根もろとも飛んでいきそうな如何にも海の家らしい海の家があった。
料理は豊富らしくざっと数えても200品目はありそうだった。しかしそのメニュー表は潮風にやられたのかびりびりに引き裂かれ、家の柱も数本折れたりひびが入っていたりしていた。
俺らはお化け屋敷に入るような気分で店内を覗いた。
「すみませーん。だれかいませんか?」
ガタガタッ、ガシャーン!
「ひえ!」
奥の台所から木か何かが倒れたりグラスの割れる音がした。
だが、そこから出てきた人物は途轍もなく陽気な茶髪のお兄さんだった。
「いらっしゃーい! お客さんなんて三年ぶりだよ! くつろいでって!」
「……二人ともちょっと集合」
「うん」
「ええ」
売上とは縁遠い店から出てきたお兄さんに懸念を抱き、俺らは三人でコソコソと会議を始めた。
「物凄い陽気ね」
「そうだな。特にサングラスとあのドレッドヘアーが陽気さを八割増ししてる気がするぜ」
「それにあの青色のアロハシャツも相まっているわね」
「ねえ努。本当にここであってる? なんか三食食べるどころか、この人が食べられてないように思えるんだけど」
「明子の言うとおりね。こんな場所で生活費を儲けようと思うなら、動物たちが経済を回す世の中にでもならない限り無理ね」
「あのー……君たち、ちょっと酷くない?」
どうやら俺らの会議はドレッドヘアーのお兄さんに聞こえてしまっていたらしい。
俺らはこの海の家の店主、春日友一さんに謝罪をした。
「いいよ、いいよ。儲かってないのは事実だし。せっかくのお客さんに疑われるのも無理ないよ」
「そのことなんですが、俺らバイトの申し込みでここに来たんです」
「ああ! 電話の! そっかぁ、お客さんじゃないのかぁ……」
あからさまに落ち込む春日さんを見て少し申し訳ない気持ちになった。
「で、でもこんな自然一杯の場所になんでお客さん来ないんでしょうね! 本当に不思議です!」
「ほんとそうだよね! みんなもっと癒されに来ればいいのに!」
(よかった。気持ちが少し晴れてくれた)
「でもなんでここにお店を開いたんですか? 満潮だとたどり着けないと思うんですけど」
「ああ、それがねぇ。知らなかったの」
「は……?」
一瞬時間が止まった気がした。
トンビの鳴き声って本当に「ピーヒョロロロ」ってするんだなぁって勉強になった時間だった。
「僕がここに来たときやここに海の家を建てるときは運よくずっと干潮だったの。だからまさか満潮で向こうまでの道が閉ざされるとは思わなかったよねー。あっはっはっはっは!」
「いや、あっはっはじゃないですよ。その時点で計画破綻してるじゃないですか。あとこの海の家の床、なんか湿ってて白っぽく腐っているのなんでですか?」
「これはね、海水が流れ込んだ後!」
「流れ込んだ後! じゃないですよ。自信満々に言わないでください」
「いやはや、面目ない。満潮の時、海水が流れてくる範囲内にちょうど家を建てていたとは思わなかったから」
「満潮を知らなかったらそうなりますよねー……」
「あのーちょっといいですか?」
「なんだい?」
明子が俺の背後から小さく手を挙げた。
「あの大量のメニュー分の食材とかどうするんですか? 量もそうですけど、時間によって届かなかったりするじゃないですか」
「そうだね。だから調味料以外、基本的に狩猟だよ。山でイノシシ狩ったり、海に潜ってタコとか魚を銛で獲ってくるんだ。最近は異臭のせいか全然獲れないんだけどね」
「えぇ……」
ドン引きし、再び俺の後ろに隠れる明子。
「この人……普通じゃない」
同じく額に縦の青筋が入るくらい引きつった顔をしている俺。
「イカしているわね」
そんな俺らとは一線を画して、翠は目を輝かせ小さく鼻息を荒立てていた。
「……俺、本当に翠が宇宙人にしか思えない時がある」
「いえ、私は生粋の人間だわ。それに案外ここに観光客がこないのはこの人のせいっていうわけじゃないのよ」
「え、そうなの?」
「ええ! そうなのぉ!!」
「なんで春日さんのほうが驚いているんですか?!」
春日さんは、目と口をムンクの叫びのように見開いて驚いた。
「いや全部自分のうっかりだと思ってて……」
「ええ、ひどいうっかり者だわ。でもあなたがすべて悪いわけじゃない。まずこの海の環境」
「海の環境?」
「そう。プラゴミや魚の死骸が所々浮いていたり、プランクトンが多すぎて濁りきったりして海水が途轍もなく汚れているの」
「確かに。ここに来る途中なんか変な匂いがしてたわ」
「この島の周辺は特に汚れ果てているわ。鳥も餌を取りに来ないようなそんなところに、観光客が来るかしら?」
「それは……」
「来ないです……」
「そうね。でもこの悪環境になったのも三年位前からなの」
「三年前っていうと」
「僕のお店にお客さんが来なくなった時だ!」
「その通り。実は三年前、浜波海水浴場にはいくつもの海の家が建てられたの。そこで出た生ゴミとかストローとかのゴミが海に捨てられどんどん汚染されていったってわけ」
「そうか!どおりで魚たちが獲れなくなったわけだ」
「いや、そこじゃなくて!」
「え?」
「ゴミが増え汚染された海には人が来なくなり、海の家も潰れていったってわけでしょ?」
「その通りよ努」
翠は「イカしてるわね」と言わんばかりのドヤ顔を見せてきた。
「でもだったら私たちここでバイトしても……」
明子が言いよどみながら俺の方を見てきた。
俺も春日さんの前ではっきりと断るのが怖く、少し唇をかみしめた。
しかし、翠は左の口角を上げたドヤ顔から、左右の口角を上げたドヤ顔に変貌した。それはやはり悪だくみをしているときのペ〇ーワイズのような表情だった。
「大丈夫よ。任せなさい」
そういうと翠はスマホを取り出し電話をかけた。
「もしもし。翠です。至急、『シービン』と『簡易型フォールディングブリッジ』を送ってください。住所は――」
翠が通話を終えた五分後。
「ニュミーン」という聞いたこともない音とともに、白い渦巻きが何もない空間に現れた。
「やあ、翠ちゃん」
「吉野先生?!」
その白い渦巻きから現れたのは、以前明子が作ったとんでも料理から空間移動してきた、ノーベル化学賞受賞者の吉野教授だった。
「あ! 吉野のおじいちゃん!」
「がふぁ!」
明子が驚いた反動で俺は突き飛ばされ、砂浜に顔を埋められた。
「吉野教授、この度は時空間転移装置『ホワイトホール』の完成おめでとうございます」
「いやいや、これも全てそこにいる明子殿のおかげだよ。本当にありがとう」
「いえいえ、私は別に……。でも本当に完成しちゃったんですね、すごいです! どうやって作ったんですか?」
「なあに、簡単だよ。ブラックホールの逆にすればよかったのさ」
「ブラックホールの逆?」
「そう。まず私は海苔の黒さに時空間転移の秘密があると踏んだ。そこで、より黒さを増すために、いろんな具材や調味料を試した。そして一番黒い油に出会った。それは何だと思う?」
「黒馬油……?」
「その通り! 流石は明子殿。私は黒馬油で実験を行った。しかしそこで出来たものはブラックホールだった」
「ブラックホールはすべての物質だけでなく光までも吸収してしまう。吸収の反対は放出。だから――」
「そう! だから私はスープを《《白》》豚骨に変えてみたのだ!」
「いんや、またラァアメンの話かぁぁあああい!!!」
バッサァッと砂を巻き上げて顔を現した。
「すごいよ、吉野のおじいちゃん! これでどこにでも旅行に行けるね!」
「流石です。吉野教授。これからは弊社の景山グループ総出でSPをつけ御身をお守りいたします」
「はっはっは! そこまでせんでもいいよ。私の身体は私が守る。核戦争が起きても四次元に逃げれば大丈夫じゃからな」
「恐れ入りました、吉野教授」
なんか今さらっと核戦争以上のパワーワードが出た気が……。
「はっはっは。あそうだ。忘れるところだった。これが『シービン』でこれが『簡易型フォールディングブリッジ』ね。それじゃまたね、翠ちゃん、明子殿!」
「さようなら~、また来てね!」
「またよろしくお願いします」
吉野先生は満面の笑顔で手を振りながら渦巻きに戻っていった。
結局、俺、名前覚えられてなかったな……。
虚空を見つめ黄昏ていると、誰かが俺の肩を優しくたたいてくれた。
「ねえ、努くん? あれはいったい誰だったの?」
「かすがさぁん……!」
「ええ、なんで泣いてるの?」
「いいえ。……二つの意味でなんでもないです!」
「あ、そう。しかし、翠さんが持っているあれはなんだろう?」
「僕にもわかりません。おーい翠、その機械が何なのか説明してくれ!」
「もちろんいいわよ」
翠はトロフィーを掲げるがごとく、まずシービンとやらを持った右手を突き上げた。
「これは海洋プラスチックゴミ回収装置、通称『seabin《シービン》』よ」
「海洋プラスチックゴミ回収装置?」
「そう、この装置は水面に浮遊しているゴミや油だけを回収してくれる装置。そこにアップグレードを加えて、海中のゴミまでも回収できるように巨大化させたの」
「え、でもほぼ手のひらサイズじゃん」
「まあ、見てなさい」
そういうと翠はシービンを海に放り投げた。
シービンが着水したのと同時に、大型客船プラチナ・プリンス号ほどの大きさの穴が出現し、次々と海水やゴミを飲み込んでいった。
「うわぁ……! これはすごいですね翠さん。三年分のゴミが一網打尽だ」
「形状記憶が施されているから縮小拡大が可能になって、大規模の掃除ができるのよ」
「あのー……私置いてけぼりなんですけど」
「同じく俺も」
「今度は今回の目玉商品、『簡易型フォールディングブリッジ』よ」
「あ、翠がノリノリだ……」
「ビジネスモードになったら、もう俺たちの手に負えないんだよなぁ、翠は」
「春日さん、あなたは干潮の時しか向こうの本土に行けなかったわよね。それに船も来なかった」
「そうです。とても面倒くさかったです。満潮の時はずっと体育座りで潮が引くまで潮騒のメモリー歌って待ってましたもん」
「そんなあなたに是非一度使ってほしい! ワンタッチ操作で簡易的な橋が作れてしまう! それがこの簡易型フォールディングブリッジ、通称『折り畳み橋』よ!」
「な、なんだそれええええ!」
いいや、テレフォンショッピングのノリぃ!
「これは、百二十三桁の暗証番号を入力すればワンタッチで橋を造ることができる機械なの」
ワンタッチじゃねえ!
「そしてその橋の距離は百メートルから一キロメートルまで指定して作ることができるの! これでもう船移動の生活とはおさらば!」
「すばらしいです翠さん! これでお客さんが増えます!」
「凄いのはこれだけじゃ、あーりません! なんとこれ、追加アップロードを課金することで、高さ三メートルの歩道橋にもなり、安全のための柵も付属としてついてくるんです!」
課金とか言うな!
「そして今回は、フォールディングブリッジを2セットとシービンをつけて、なんと破格の二千五百万円、たったの二千五百万円! いかがですか、春日さん!」
「買ったぁぁぁああああ!」
こうして、春日さんは翠のビジネストークにまんまとはまり、なけなしのお金を全て二つの機械に払ってしまった。
だが、翠にぼったぐりされたこの機会たちが、功を奏したようで……。
――――――――。
「二番卓さん、焼きそば三つ、イカ焼き二つ、焼きトウモロコシ二つ、生ビール五丁!」
「あいよ! 翠さん、から揚げあとどれくらいになりそう?」
「あと三十秒で百五十個揚がります」
「おっけ、助かる! 明子ちゃん!」
「はい!」
「からあげ揚がったら五番卓さんに持ってって!」
「かっしこまりましたぁ~! あ、十三番卓さんハイボールメガジョッキチャレンジです!」
「了解! 全バディ、スタンダップ! 十三番卓さんメガチャレ挑戦です! サイコロ三つゾロ目が出たら、お値段そのままで中ジョッキがメガジョッキに出来ます! それでは~」
「「「「チンチロスタートー!」」」」
――――。
「いやぁ本当に一週間お疲れ様。みんながいなかったら本当にダメだったよ。これは今回のお礼ね、少ないけど勘弁してね!」
「いえいえ、春日さんの熱量があったからこんなにお客さんが来てくれたんですよ。こちらこそ、こんなに頂いてしまって。ありがとうございます」
「そんなことないよ。本当にありがとうね、努くん、翠さん、明子ちゃん」
俺たちは少し照れ臭くなり、お互いに目を合わせてクスッと笑いあった。
春日さんはよっぽど嬉しかったのか、天を仰いで深呼吸していた。
「あー、これでやっと二億の借金が返せるよー」
「……ん?」
「え、今。春日さんなんて言いました?」
明子は震わせた手を突き出し唇を青くさせた。
「いやあ、もともとね仮想通貨で二億円溶かしちゃってさ。どうにか返さないと、と思って、そこで近くにあったこの海水浴場でぶらぶらしてたときに思いついたの。海の家で一発逆転だって!」
やっぱり普通じゃなかったぁぁーーー!
「娘と妻に顔向けできなくなって、家を飛び出しちゃったんだけど、責任取って命がけの仕事しようとマグロの一本釣りにも挑戦したんだ」
「人生最後の本職しようとしてる人いたーー……!」
「でももう大丈夫だよ。シービンとフォールディングブリッジがあれば、この2億もすぐ返せるって確信に変わったから!」
「「みぃどぉりぃぃぃ!!」」
「と、投資は、長期的な、しゅ……収益にとってとっても大切なー……ものよ」
「同じ轍を踏ませてどうするっ!」
「あと、出来ればなんだけど」
「ど、どうしたんですか春日さん?」
「あと一週間ここで働いてくんない?」
「「「すみません。お断りさせていただきます!」」」
――――こうして俺らの夏休み一週目が怒涛の勢いで終わった。
そして二週目。
待ちに待った海外旅行当日。
俺らはホワイトホールを使わせていただくため、吉野先生の研究所へ訪れた。
だが、吉野先生の研究所に着いて、忘れていたあることをこの時はっきりと思い出した。
「えーマジで?! 本当に行けないの? うそでしょー!」
「これって、あれだよな」
「ええ、そうねあれだったわね」
吉野先生の研究所には小さな張り紙がされており、そこには――
『新型ウイルスのため当分の間研究所は閉鎖いたします』
「なんでいっつもこうなるのよ、ソーシャルディスタンスのバカぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
―おまけ―
「ねえ、翠って色々大きいと思うんだけど、スリーサイズ教えてくれない?」
「いいわよ。上から、ピロピロピロピロピロピロピロピロ、よ」
「えぇー! すっごい! もうグラビア女優の域じゃんそれ!」
この世界では女がスリーサイズを言うとき、男にはピロピロという効果音に変換されるらしい。