第10話 パケットモンスター近代アンド未来~後編~
明子「どうもー、メタリックレイクです」
モモ「お気に入りのデートプランは墓参りです」
明子「法事か! どうしたんですか、いきなり」
モモ「大学生ともなると、いろんな女の子とデートするやん」
明子「いやそれは人それぞれだと思うけど」
モモ「いろんなとこで遊んだけど、結局墓参りが一番やなって」
明子「いや遊ぶ場所じゃないから、お墓。てかお墓でなにするんですか?」
モモ「まず、ローズの線香焚くやろ」
明子「ローズ?!」
モモ「ほんで酒飲みだったおっちゃんの気を使って、ハーブティとフルーツの盛り合わせを供えるんや」
明子「サロンか! 墓参りでお茶会すんな」
モモ「時々腹減ったら、隣の墓のショートケーキも頂けるしな」
明子「いやスイパラじゃないから。隣人のお供え物食べるとか、罰当たりすぎるでしょ。てか、ケーキ? お供え物にケーキなんてあったんですか?」
モモ「あったよ。マリーって英語で書いてあった」
明子「ああ、海外の方だったんですね。それじゃ分からなくもないか」
モモ「せやな。アントワネットも好物食べれてうれしいやろな」
明子「アントワネット?! え、日本にマリー・アントワネットの墓?」
モモ「そうだよ」
明子「だったら、ショートじゃなくて、ホールケーキにしとけよ」
モモ「食パンもあったんやけど、さすがに腐りかけのは食えへんかったな」
明子「うっわ、死んでも嫌な奴」
モモ「ところで、手を繋いだこともない明子はデートしたことなんてないやろ?」
明子「あるわ! 私もこう見えて華の女子高生ですから、デートは沢山行きましたよ」
モモ「ほほぅ。どんなとこに?」
明子「例えばショッピングモールに段ボール貰いに行ったりぃ、ガムテープとかマジック買いに行ったり、あ、後彼氏のためにお菓子も買いに行きましたよ~」
モモ「明子、それデートやない。文化祭の買い出しや」
明子「ちっ、バレたか……。そんなことより、私は合コンに憧れますね。お酒も飲めるし、年上の方とも出会えるし、一発玉の輿なんてのも乗ってみたいですね。モモさんは合コンとか経験あるんですか?」
モモ「あるよぉ。つい先週の日曜日の三日前の十三日の木曜日に行ったよ」
明子「ややこしい! この前の木曜日でいいじゃん。で、どんな感じだったの?」
モモ「西北沢にあるモロッコ料理のお店で」
明子「おお、雰囲気よさそう」
モモ「ガラス製の長テーブルに二十代くらいの女性が三人」
明子「めっちゃオシャレじゃないですか!」
モモ「と、俺一人」
明子「一人? え、一対三? 面接か何かかな?」
モモ「と、ゴリラが一頭」
明子「ゴリラァ?! え、合コンの席にゴリラ?」
モモ「そう、だから、1:1:3」
明子「めんつゆか! めんつゆの調合割合か! てかいろいろ情報が多すぎるんですけど、一つ一つ聞いていきますね。まず、なんでモモさん一人なんですか」
モモ「初めは友達三人呼んでたんやけどね、感染症でやられちゃって。一人で行くしかなくなったんや」
明子「中止にしろよ! 濃厚接触者じゃない。あんたも検査受けて自宅待機だよ」
モモ「で、女の子の方は三人はそろってたんやけど、一人が急遽仕事が入っちゃって、その埋め合わせでゴリラを連れてきたってわけ」
明子「埋め合わせでゴリラってどゆこと? あ、分かった。ゴリラみたいな女の子ってことですよね? モモさん、酷いよ。女の子をそんな言い方して、絶対モテませんよ」
モモ「いやそこのお店がサーカスもやってて、合コンの埋め合わせに動物を貸してくれるサービスがあったんよ」
明子「どんなサービスだよ」
モモ「草食系が好きな人は馬とか、肉食系が好きな人はヒョウとか選べるんよ。だから雑食系が好きな俺はゴリラを選んだわけ」
明子「雑食系ってなに?! 草食とか肉食は知ってるけど、雑食ってどゆこと?」
モモ「草食にも肉食にもなれる女性ってことやん」
明子「ジキルとハイドか! そんな女性がいたら絶対地雷だからすぐに逃げるべきですよ。それで、結局その合コンはやったんですか?」
モモ「やったよ。ゴリラはともかく、他の三人の女の子がもうかわいくてかわいくて」
明子「どんな方たちだったんですか?」
モモ「まず、左端にいた子が、医大生の大川加奈子ちゃん。ミスコンのグランプリも取ったベッピンさんや」
明子「それはすごい高嶺の花ですね」
モモ「でも可愛いだけじゃなくて、性格も良かったんや。虫も殺せなさそうな顔しとるのに、モデルの仕事ではコーディネーターやカメラマンに自分の意見を押し切ってでも通す強気な女の子やねん」
明子「なんというライオンハート。それはギャップ萌えですね」
モモ「ほんでその隣が、乃上京子ちゃん。ニックネームはゾウさん」
明子「ゾウさん? ゾウさんって動物の象?」
モモ「せやねん」
明子「そんなに鼻が長いんですか」
モモ「いや耳が大きいの」
明子「あ、そっち?!」
モモ「んで次が」
明子「ゾウさんそんだけ? もっと情報ないんですか」
モモ「あんまりないね。しいて言うならお金なくてジャガイモばっかり食べてるって」
明子「かわいそうなゾウさん……」
モモ「次が、ハーフで酒豪のサラビちゃん。合コンの時もビール五、六杯は頼んでたなぁ」
明子「あ、分かった。ゴリラとかゾウとか、最初の子もライオンハートとかなんか動物が多くないですか? どうせその子もキリンとか言うんでしょ」
モモ「いやスーパードライだったよ」
明子「そこはキリンにしろよ!」
モモ「まあ、あんまり空気読めない女の子やったからなあ。べろべろに酔って下ネタばかり言うし、もう雰囲気が氷結したてたわ」
明子「やかましいわ! ちなみにその女の子の本名はなんていうの?」
モモ「シシオウサラビ」
明子「シシオウ? え、シシオウって?」
モモ「ライオンの王って書いて獅子王」
明子「それライオンキング! 苗字がライオンキングで、名前がサラビ? まんまムファサの妻じゃん」
モモ「そうなんよ。俺も初めびっくりして、尻尾見せてくれませんか? って聞いちゃったのよ。なかったけど」
明子「あってたまるか! てか、なにその並びの合コン。アフリカ民族のお見合いじゃん。……ゴリラはいるし、かわいそうなゾウもいるし、最後は百獣の王の妻って…………、ミスコンの存在感! ライオンハートとか言ってたけど、本物のライオン出てきちゃってミスコンちゃん喰われちゃったじゃない! ってか結局その合コンで誰か持ち帰ったんですか?」
モモ「サラビちゃん」
明子「ぃや不倫すな! もういいよ」
明子・モモ「どうもありがとうございました!」
すぅーはぁーすぅーはぁーと私たちは息を荒げた。
額からは掻いたこともない汗がだらだらと頬を伝う。
モモさんのワイシャツの脇には、くっきりとまあるい汗ジミがついていた。
私たちはネタが終わると検査官の顔を凝視した。
漫才中はネタに集中するため……いや正直怖くて検査官を見れなかったが、出し切れるものは全部出し切ったと思う。
(これでだめだったら……)
と目をつむった瞬間――
「ぷっくくく……ははははははははははは! ひぃーひぃー! あ゛ーははははは!」
教会の鐘の音とともに、検査官の頭上に二人の天使が、『合格』の二文字を持って舞い降りてきた。
「合……格?」
「クリアしたんですか? 私たち」
「ええ、合格です。最終決戦はあなたたちの勝ちです!」
「……やったあああ!」
「やったな、明子ぉ!」
私たちは柄にもなくハイタッチとハグをしてお互いを称えあった。
「私ここまで諦めずやってきてよかったです!」
「俺もや、やっぱりあんたを相方にして良かった!」
「私もです!」
私たちはうれし涙を流しながらこの勝利を存分に味わった。
長く苦しい冒険から解放されたと思うと、押し殺していたものが一気に爆発した気分だった。
「本当におめでとうございます。明子さん、モモさん。これで今回のカイヂュウ駆除のお仕事は以上になります。倒したカイヂュウ三十体と最終決戦合格の報酬を合わせて一人当たり百三十万円の給与となります」
「ひゃひゃひゃ、ひゃくさんじゅうまん?! そんなにもらっていいんですか?」
「ええ、あなたたちはそれほど大きな仕事をしてくださいました。この報酬金でも足りないくらいです」
「そんな、足りないなんてことはありませんよ」
「明子の言うとおりや、こんな大金折版じゃなしに貰えるなんて……ほんまおおきに!」
「喜んでいただけてこちらとしてもうれしい限りです。ですがお二方、特に明子さん」
「はい?」
「あなたの仕事はまだ残されています」
「え、まだこの世界でお笑いをするんですか?」
「いえ、ここではなく、現実世界でのことです」
「現実世界?」
「はい。まあいずれ分かると思います。あなたのその笑いの力で、どうか皆を助けてあげてくださいね」
そう言うと検査官は霞のように消えて行ってしまった。
「ちょっと! まだお話の途中……」
「いったいどういうことなんやろな」
「ええ、さっぱり」
「まあ、ここで考えてもしゃーないし、戻ってから考えたらええやろ。ほらあそこに帰りの扉があんで」
「そうですね。帰ってから考えましょう。そうだ、そういえばまだ連絡先交換してませんでしたよね」
「あ、ほんまや」
私はモモさんのQRコードを読み取って友達登録をした。
「ふふ……。やっぱ獅子王っていう苗字、モモさんには不釣り合いですね」
「やかましいわ! でもまあ、名前を憶えてくれるってのは、芸人にとって得なんやで」
「そうですね。……あのよかったら」
「うん?」
私はまた違った汗を手でふき取りながら呟いた。
「またモモさんと漫才してもいいですか?」
モモさんも首筋の汗を拭きとりながら呟いた。
「うん、まあ……ええんとちゃう? なんかあの姉ちゃんにまたどえらい仕事押し付けられたもんな。なんかあったら連絡してや」
「はい!」
春の朝日に照らされたタンポポのように、心がぬくもりに満たされた気分だった。
そして私たちはBecause We Canが流れるあの舞台に向かうかのように、二人で現世への扉をくぐった。……
現実世界へ戻ると明子はコンビニの前で独りだった。
「モモさんは地元に帰ったのかな。…………ハックシュン! にしても肌寒いな」
明子は赤らんだ両手をポケットに突っ込んだ。
「あ、本当に百三十万ある。夢ではなかったのね。……ほなら早速エミのとこに行きまっか! あ、モモさんの移っちゃった」
十月の中旬。気温は十度を下回っていた。例年に比べればやや低い気温だった。
しかし、白い吐息を棚引かせ、病に伏せた友人のもとへ大金を持って走っていく少女の顔は、いつになく温かい笑顔だった。