第55話 マー君
ニエの村を出た俺たちは——空を飛んでいた。
空を飛んでいる馬車の中で、膨れている子が一人。
「つまんない、つまんなーい」
「フィズ、あんまりわがままいうなよ。ほら、お茶でも飲んでおけよ」
自分がひくはずの馬車をミコトが運んでいるのがあんまり面白くないらしい。
俺からすればこれからもたくさんひいてもらう予定だから、休める時には休んでいて欲しいんだけどな。
「だってフィズの天職を覚えてるかしら?」
「ええっと……」
ロッカの街で天職を調べてもらった時、フィズのも聞いたんだったよな。
あれはなんだったか……クーリアが淹れてくれたいい香りのお茶を一口飲むと頭が冴えてようやく思い出すことができた。
「確か……<馬車馬>だったか?」
「そうよ! きっとフィズは馬車をひくために産まれ——たの。なのにここのところ馬車に乗ってばっかり!」
「すまんすまん、でも馬車をひきながら山を登ったり下りたりできないだろ? いくらフィズの天職が<馬車馬>だからってそんな働かせたく——ん?」
フィズをなだめていると、なにかに違和感を覚えた。
これは一体なんだろうか。
「うーん……」
その違和感の正体を探っていると、部屋に控えめなノックが響く。
「カケルさん、もう着くみたいですよ」
扉から顔をピョコっと出したのは、セフィーだった。
前までだったら、こういう時はリリアが呼びにきてくれていたんだよな。
でもリリアはこの馬車を降りてしまったことで、それはセフィーの役になったらしい。
やっぱり見知った顔がいなくなるのは少し寂しいけど、乗客をおろすのは当たり前だよな。
そう気持ちを切り替えて、椅子から立ち上がる。
それから呼びに来てくれたセフィーの頭を一つなで、明るく声をかける。
「行こう、フィズ」
こうして俺は、僅かな違和感をとりあえず腹にしまっておくことにした。
客車に入ると、ルシアンが窓にへばりついていた。
しまい忘れた尻尾が引きちぎれんばかりに振られている。
フィズの角と一緒で、しまうことも出来るらしいが興奮したりするとついつい出てきてしまうんだとか。
「お、カケル! すっごいよ!」
そう声をかけてきたルシアンの視線の先には魔王城があった。
この世界に来てから最初に来た場所だったからかなんだか少し懐かしさをおぼえた。
それにしても確かに凄い大きくて荘厳な建物だな。
「ルシアンは魔王城を見たことなかったのか?」
「遠まきに見たことはもちろんあるさ。でも母様から近づくなっていわれていたから、こんなに近くまで来たのははじめてなんだ!」
「でも中にはおっかない魔王がいるかもしれないぞ?」
「ええっ!?」
冗談でそういうと、ルシアンは尻尾を丸め、股の間に挟みこんでしまった。
まぁミコトがいうには<魔王>のマー君も俺と同じ転生者らしいし、どんなにおっかなくても話は通じる……といいな。
「なんとも懐かしいものです」
馬車から降りると、空を飛んで先行していたジャックとローズのガーゴイル組は既に到着していた。
二人は目を細めて城を見上げている。
「懐かしい、か……別に戻ってもいいんだぞ?」
「まさかっ! マスターはまた私を雨樋にしたいのですかっ!?」
「い……いや、聞いてみただけだって」
顔を近づけて唾を飛ばさんばかりに猛抗議してくるジャック。
そんなに嫌ならもういわないことにしよう。
「そういえばミコト」
「なんじゃ?」
「急に押し掛けちまったけど、大丈夫なのか? 敵と勘違いしていきなり攻撃されたりするんじゃ……?」
「ん? いやマー君は好戦的ではないからそんなことはしないのじゃ。それに今日来ることは既に伝えておる」
「伝えて……? それはどうやって?」
「ええっとそれはな——おっと、話をしてたらなんとやらじゃ」
話を途中で切り上げたミコトの視線に釣られるようにして魔王城に目をうつすと……。
ガシャァァァァン。
そんな激しい音を立てて城の窓ガラスが吹き飛び、それと同時に黒い何かが外に飛び出してきた。
「あれは……人? えっ!?」
城の窓から勢いよく飛び出した人であろう何かは、そのまま真っ逆さまに地面と衝突し、大きな音をたてた。
「おい、今の人だよな? もろに頭からイッてたように見えたが……だ、大丈夫だよな!?」
「ふむ、あれはマー君じゃろうな。モロに頭からイッておったからどうかのう?」
そんなことをいうミコトの顔からは、心配だとか、不安だとかいう感情は読み取れない。
魔王っていうだけあって頑丈なのか?
「それにしてもなんで魔王が窓から飛び出してくるんだよ……」
まさか誰かと戦っている、とかなのか?
だとしたらとんでもないタイミングだな……なんて考えていたのに。
次にミコトが魔王にかけた言葉で、その考えがまるで的外れだったと分かった。
「おーいマー君、今度は死ねたのか?」
「え、ミコト……何をいって……」
死ねたのか、そんな不穏な問いかけに地面に横たわる黒いモノが弱々しく応える。
「ダメ……だった」
どうやら魔王は生きていたようだ。
落下した場所に近づいていくと、そこは大きく窪んでおり落下の衝撃の凄まじさがわかる。
「あ、この人たちがミコがいってたお客さん? 僕の家にようこそ」
「何も妾が会いに来る日に死のうとせんでもよいじゃろ」
「ごめん、でもあんまりチャンスがないから……」
そういった魔王の目は……死んでいた。
達観しているというか諦めているというか。
それよりも目を引いたのは、魔王のその服装だった。
真っ黒で様々な金属を装飾されていて。
でも機能性に大きな問題があった。
そりゃそうだ。
だってそれは——拘束衣だったんだから。
色々あって更新が遅くなりました。すみません。
※家族が減りました!(死別とかではないです)
その間に新作も書いてるのでそちらもよければお願いします。
下にリンクを貼っておきます!




