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第4話 魔王城の歓迎

 客席へと続く小窓を閉めると、こちらを振り返って待ってくれているフィズへ向き直る。


「なに、ご主人さま。行き先が決まったならお尻を、その……叩きなさいよっ!」

「あ、うん。行き先は聞いたんだけどさ……どうなのかなって」

「どうってなにがよ」

「じゃあとりあえず叩いてみるよ」


 俺は出発した時のように、愛をいっぱい込めてフィズのお尻を叩いた。


「いひんっ! って……魔王城っ!?」

「う、うん。遠いかな?」

「ここからならそう遠くないけど……でもさっきの二人は人間よね?」

「多分そうだと思うけど……」

「なら危険よ。何しにいくのかしら?」


 確かに何をしにいくんだろう。

 そんな疑問を俺は直接二人に聞いてみる事にした。


「あのー、目的って何になりますかね?……ああ、はい。…………はぁ、なるほど」


 会話が終わると、小窓を閉めてフィズに二人の目的を伝える。


「あのね……魔王討伐だって」



 * * * * * *



 馬車は道なき道を進んでいく。

 先程までとは違い、魔王を倒さんとする二人の冒険者を乗せて。

 カラカラというタイヤの音は規則正しく音を鳴らし続けている。

 時折、道の小石に乗り上げても気の利くサスペンションがそれを柔らかに受け止めてくれていた。

 つまり行程は順調だったということだ。


「今日はここらへんで一泊しましょ」


 フィズがそういったので俺は慌てて辺りを見回してみる。

 確かに意識してみるとかなり暗くなってきているように思えた。

 新しく転生した体はかなり目がよく、相当遠くまで見えるし、夜目も利くようで、いわれてみないと暗くなったことに気付かなったほどだった。


「じゃあそうするか」


 近くに川が流れている場所があるようだったので、その近くで馬車を停車させた。

 客席へと続く小窓を開けて、乗客の二人に今日の運行はここまでだ、と伝えると二人は了解を返してくれて一旦馬車を降りる事にしたようだ。


「いやぁ、窓から外を見ているとかなり暗くなってきたのにそれでも走り続けるからちょっと心配になっていたところだったよ」

「ええ、本当ね。暗くなってくると魔物に襲われる確率もあがるし」

「まあいつでも飛び出せる準備はしていたけどね」


 そういって男の冒険者は腰に()いた剣を軽く握って微笑んだ。


「警戒してくれていたんですね、ありがとうございます」


 俺はそういいつつも、危ない気配が微塵もないのんびりとしたここまでの道のりを頭に浮かべた。


「ああ、それはね……」


 するとそんな疑問を持っている俺に気付いたフィズが教えてくれた。


「わた……フィズの蹄の音を聞くと他の魔物が怖がって寄ってこないのよ。そんな乱暴じゃないのに酷いわよねっ!」

「ああ、そうだったのか。どおりで」


 そうやってフィズといつものように話していると男の冒険者が不意に近づいてきた。


「そういえば馬車が走っている間、そうやって馬と意思疎通をはかっていたように感じたんだが、もしかして君は馬の言葉が分かるのかい!?」


 そういえば馬状態のフィズの声は他の人に聞こえないんだっけ、と今更思い出した。

 別に分かるといっても問題はない気もしたけどなんとなく濁しておくことにした。


「ええっと……まぁなんとなく、ですかね。あはは」


 そう誤魔化すと、馬に水を飲ませてきますといってフィズを連れて川へ向かった。



「なぁ、馬状態の時はなるべく話さないほうがいいんじゃないかな?」

「人の前だと確かにその方がいいかもしれないわね。あ、それじゃフィズの体に触ってみて?」


 俺は言われた通りにフィズの体に触れてみた。

 部位はもちろんぷりっとしたお尻だ。


『聞こえる?』

「わっ、なんだ!?」

『フィズに触れてる間はこうやって心で会話する事が出来るけどこれならどうかしら?』

『こ、こうかな? お、これはなかなか——やっぱりフィズの尻は気持ちいいなぁ』

「ひ、人が対策を真面目に考えてる時に、ご主人さまってば、な……何て事を考えてるのよっ!」

「しー、ほらフィズ。声が出ちゃっているよ」

「ご主人さまが出させたんでしょっ!」


 俺とフィズがそんなやりとりをしていると馬車の方から声がかかった。


「おーい、軽く飯を作ったんだけど御者さんも食べるかい?」


 そういえばこっちの世界に来てから何も口にしていなかったな。

 そう思ったら急に腹の虫がその存在を声高に叫びはじめた。


「はーい、いただきまーす!」


 そう返事をすると、フィズを連れて馬車まで戻ることにする。

 その途中でフィズはご飯どうする?と聞くと、近くに好物の草があるからそれを食べるわよ、と言われたので俺は一人で相伴にあずかることにした。

 フィズはなかなかコスパのいいエンジンだな。


 この世界きてはじめての晩飯は、硬いパンと火であぶった干し肉という質素なものだった。

 けど腹が減っていたせいか、それとも物珍しかったせいか案外美味しく食べられた。

 両方がともになかなかの硬さだったからちょっと顎が疲れたけどな。

 そんな質素な夕餉が終わると、冒険者の二人は自分達の荷物から毛布を取り出して包まった。


「夜の間の見張りはこっちでしておくから御者さんは寝ていて大丈夫だよ」

「ええ、私達はずっとこうやって旅をしているから慣れているしね」


 二人の冒険者がそういってくれたので、お言葉に甘えて俺は馬車の客席で横になった。

 隣には……人間の姿に変わったフィズがいた。

 服なんて上等なものは持ち合わせていないのでもちろん裸だ。

 あんまりじっくり見ているのも悪いなと思い、馬車の中に何か使えるものがないかと探した。

 するとロープや布切れなどが用意されているのを見つけたので、あの女神様に礼をいって使わせてもらうことにした。


 まず、布切れの真ん中に穴を開けてフィズの頭を通す。

 それから腰辺りをロープで縛れば簡易的なワンピース——いや、貫頭衣もどきの完成だ。

 あ、布の横から胸の膨らみがちらちらと見えているから裸エプロンの方が近いかもしれないな。


 裸よりもある意味では扇情的になってしまったから、なるべくフィズを見ないようにして目を閉じた。

 そうしないとまた鼻血が出てしまうからな。

 ちなみに、先に眠ったフィズが「ご主人さま……むにゃむにゃ」なんて寝言をいうもんだから、俺の夢にもフィズが出てきてしまった。

 けど、恥ずかしいからそれは秘密にしておこう。



 翌朝早くに野営地を出発すると、昼を少し過ぎた頃には魔王城が見えてきた。

 これくらいの距離だったなら、無理すれば昨日のうちに到着出来ていたかもしれない。

 まぁ乗客の二人も焦ってはいなさそうだったし、安全を考えればこれで良かったか。


 ただ城に近づいていくほど空は暗くなってきていて、俺はどことなく不穏な空気を感じていた。


「よし、遂に到着したな」

「ええ……私達の()()()を魔王に見せつけてやりましょう!」

「御者さんのお陰で体力を温存したままここまでこれた。礼をいう。支払いはこれくらいでいいかい?」


 そういうと男の冒険者は俺の手に金貨を五枚握らせてくれた。

 この世界の物価はまだまったく分からないけど、前世の金の価値を考えてしまうとやけに多い気がした。


「こんなに貰っていいんですか?」

「ああ、これが終われば俺たちは英雄だからな」

「御者さんも英雄を魔王城まで運んだって宣伝してもいいのよー」

「で、でも二人だけで大丈夫ですか?」


 もし魔族——人型のものは魔人ともいうらしい——が人間と争っていたとして、その王、つまり魔王を倒したいのならば国をあげて大量の人員を送った方がいいんじゃないかと思ったのだ。

 そんな俺の不安を吹き飛ばすように男は笑った。


「はは、実は……俺と彼女の天職は【勇者】なんだ」


 勇者という響きに目を丸くした俺に、女の冒険者が「この世界に二人しかいないのよ?」と補足してくれた。


「そう。そして【勇者】は生まれながらにして魔王を倒すという使命をもっているんだ。その為に色々な能力が高いんだ。だから心配しなくても大丈夫だよ」

「そういうこと。それじゃあ行ってくるわね」


 去り際に「危ないから御者さんは早めに離れてね」と言い残して、二人は魔王城の門へ向かっていった。

 本当に大丈夫だろうか、そう思いながらも言われた通りに馬車を反転させると、早くも戦闘が始まったような音が聞こえてくる。

 頑張ってくれよ……と小さく呟いてフィズの可愛いお尻を叩こうとしたその時、悲鳴が響いた。

 いくらなんでもやられてしまうには早すぎる気がしたけど、さっきの女冒険者の声に間違いない。 


 自分は御者だ。

 だから乗客を降ろした後のことまで責任は持てない。

 それは当然だ。


「ああ、フィズ……そういえば、あの二人って()()も乗るんだったよな?」


 ただ、降りたはずの乗客がまだ乗客であったなら——。

 乗客の安全は乗務員である自分が守らなければならない。


「……ちょっと行ってくる」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!!」


 そんなフィズの声を背中に聞きながら俺は走った。


 門を潜るとそこは、花が咲き乱れる庭園のようになっていた。

 その中心辺りに女の冒険者が倒れている。

 男の冒険者はそんな女を守るかのように傷つき、膝を地面につきながらもなんとか耐えていた。

 しかしそんな守りは時間の問題だろう。


 だから俺はそんな冒険者と敵の間へ割って入った。


「俺の乗客を……傷つけるなあぁぁっ!」

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