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第44話 ちょっと幸せな気持ち

 美味しい料理を食べて、気持ちのいい風呂に入って。

 そして柔らかいベッドで、フィズの温もりを感じながら眠った。

 それでもなんだか気分が晴れなくて、だから起きてからしばらくベッドで寝転がっていた。


「……あ、そういえばあのヘッドドレス返すの忘れたな」


 俺はふとそんなことを思い出して、のっそりとベッドから抜け出した。

 フィズはまだむにゃむにゃ言いながら夢の中だ。

 俺は気持ちのよさそうなお馬さんを起こさないように、カーテンを薄く開ける。

 陽の光からして六時から七時くらいだろうか。


「おや……?」


 カーテンの隙間から外を見ると、昨日の猫耳メイドさんが見えた。

 私服であろうツギハギのある服を着て屋敷に向かって来ている。これから出勤だろうか。

 ちょうどいいので昨日の落とし物(ヘッドドレス)を返してやろう。

 そう思った俺は、外套を羽織って屋敷の玄関先へと向かった。



「おはよう」


 屋敷へ入ってきた猫耳メイドさんに声をかけると、どこか驚いたような顔をする。

 客が玄関先のホールで自分を待つように立っていたらビックリするのも仕方がないかもしれない。

 もちろん驚かせようと思ったわけじゃなかったんだけどな。


「あ、おはよう……ございます」

「これから仕事かい?」

「いえ……今日は違うんです」


 そう応えるメイドさんは、どこか浮かない顔をしているように見えた。


「違ったのか。あ、そういえば……これ」


 俺は馬車からヘッドドレスを取り寄せると、目の前のメイドさんに差し出した。


「え、どこから取り出したんですか?」

「ああ、えっと……馬車からかな?」

「? そう、ですか」


 納得したようなしていないような顔をしたメイドさんだったが、その手はヘッドドレスを受け取ろうとしてくれなかった。


「どうしたんだ? 変なことには使っていないが……」


 知らない男がくんかくんかしたものに触りたくない!なんて思ったかもしれないから念の為、そうお伝えしておいた。

 否定するほど怪しく思えるかもしれないけど本当に使っていないんだからな!


「それ……もう要らないんです……」

「ん? それってどういう?」


 やっぱり御者菌がうつるとかそういうアレなのかもしれない。

 もしそうだったとしたらちょっと悲しい。


「私、クビになっちゃったので……。今日は私物を取りに来たんです」

「クビに!? もしかしてそれって俺のせいか?」

「えっと……違い、ます。きっと私が獣人だからいけないんです」

「……」


 この世界の差別は激しい。


 特に亜人とも呼ばれる獣人への風当たりは冷たいらしい。

 獣人の中には奴隷に身をやつすものもかなりいるようで、生まれが獣人だったというだけでその境遇に置かれることもあるようだ。


 この世界は前の世界ほど——優しくない。


 そんな環境がおかしいなんて声を上げる人がいないどころか、本人でさえ当たり前のことと受け入れている節すらある。

 前の世界でこんなことがあったらすぐポリコレ案件になってたけどな。

 この目の前の猫耳さんの眼に諦めを感じるのはきっと気のせいじゃないないだろう。


「それではそういうことですので……」


 猫耳メイドさんはそれだけいうと私物を取りに行くのだろう、俺の横を通りすぎようとした。


「っ!?」


 だから俺は思わずその腕を掴んでしまった。

 何か考えがあったわけじゃない。

 だけど、咄嗟に手が出てしまったのだ。


「えっと……なにか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

「では離してもらえますか? 獣人に触ったら汚いですよ」

「そんなことはない!」


 自分で思っていたより大きな声が出てしまい、猫耳メイドさんがビクっとしたのが分かった。


「ご、ごめん。あのさ……俺に出来ることはないか? 多分、俺が余計な事をしちゃったからこうなったんだろ?」

「……ありません」

「そんなこと言わずに何か言ってみてくれ。もし君さえよければここの責任者にかけあって——」

「大丈夫ですっ! どこに行っても結局同じなんです。獣人だからっていうだけで疎まれて、蔑まれて。だから……だからもう諦めました」


 猫耳メイドさんはそういうと俺の腕に手を添えてそっと離した。


「あら、あなたまだいたの? 朝早く来てすぐに帰りなさいと伝えたはずですが?」


 そういいながらホールに現れたのはピシッとメイド服を着こなした年かさのいったメイドさんだった。


「ご、ごめんなさいごめんなさい。すぐに消えますので……」

「待ってくれっ!」

「さ、さっきから何ですか!?」


 振り返った猫耳メイドさんの目には涙が溜まっていた。

 そんなのを見てしまったら……こういうしかないじゃないか。


「あのさ、ウチで働かないか?」

「えっ?」

「ちょうどメイドさんが欲しかったんだけど……嫌かな?」

「でも……私は獣人ですよ?」

「だからなんだ? 俺は……俺たちはそんなの(・・・・)全く気にしないぞ」


 それを聞いた猫耳メイドさんは崩れ落ちるように膝をついて嗚咽を上げる。

 我慢していた堤防が決壊したようだな。


「ただ……旅が多くなるからこの街にいたいなら仕方がないけど」

「いえ……どっちにしてもこの街は出ようと思っていたので……」

「そうだったのか。じゃあ給金はここと同じだけ出すけどどうだろうか?」

「…………お願いします。私を……私を雇ってくださいっ!」


 膝をついて上目遣いで足元に縋り付いてくる猫耳メイドさん。

 その涙をそっと拭ってやりながら、安心させるようにしっかりと頷いてやる。


「……と、いうことでこれからはこの子を客として正当に扱って貰ってもいいですかね?」


 呆気にとられたような顔をしているメイドさんにそう告げると、先輩だったであろうメイドさんは悔しそうな顔をしながら「か、かしこまりました」と了解してくれた。


「よし、それじゃこれからよろしくな」


 俺は足元でうずくまっている猫耳メイドさんの頭をぽんぽんと撫でてやった。

 そしたら猫耳をふわっと指先に感じたから。


 だからかな?俺はちょっと幸せな気持ちになった。

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