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第41話 水の都に流れる雫

 ドライエント側の山で一泊した後、ルシアンの先導にしたがって山を降りていく。

 そして麓までくると、山から流れ出た水が川になっている場所があった。

 この川沿いに進めばドライエント王国、ライエット城に着くらしい。

 すぐに向かいたいところだったけど、せっかく水場があったので、そこで水浴びをすることにする。


「よし、ルシアン。一緒に水浴びをしよう」


 俺はそういうと嫌がるルシアンを引きずるようにして水へと入った。

 ちなみに山から流れる冷たい水だったから、入るのに若干の覚悟は必要だった。

 石鹸を濡らしてルシアンの毛に直接擦り付けると、野生的な汚れをこそぎ落としていく。

 こっちの世界の石鹸は棒状になっているので擦るのはとても楽だ。

 あまり泡立たないし、前の世界のようないい匂いはしない。

 それでもハーブの微かな香りはあるし、なにより使わないよりは使った方が精神的にいい。


 一通り洗い終わって水から上がると、ルシアンはブルブルっと体を振る。

 その仕草がやっぱり実家の犬のようで愛らしいと思ってしまった。

 毛が乾くと、ルシアンの毛皮はふわっふわだ。

 それを見てたら我慢が出来なくなったので、存分にモフらせせてもらった。



 モフリングを楽しんでから川沿いをしばらく進むと、遠くに街の外壁が見えてきた。

 どうやらこの川は街の中まで流れ込んでいるらしい。

 というか実際は、街が川の側に作られて発展していった感じなんだろうけどな。


 壁に近づくと、客車からミルカが声を掛けてきた。


「私が先に行って話をつけるので、向こうにある貴族専用の門へ向かってくれ」


 俺はそんなミルカに分かった、と返すと馬車をミルカが指さした方へ進めていく。

 しばらく門の前で待っていると、その門は重そうな音をたてながらゆっくりと開いた。


「遅くなった。ドラゴンに連れ去られたリリア様が戻ってきた、といってもなかなか信じて貰えなくてな」

「ああ、まぁそりゃそうだろうな」

「でももう大丈夫だ。街へ入ってくれ」

「わかった」



 ——その街は美しかった。


 水の都といえばいいだろうか?

 山から流れてくる川が幾重に別れ、水路となって街中を流れている。

 水路はそれなりに広く、船のようなものも往来しているように見える。

 道幅よりも川幅の方が広いような街の造りだったので、馬車を降りて歩くことにする。

 それくらい水が生活に寄り添っているということだろうな。


「これは……すごいな」


 息を飲む、というのはこういう事をいうのかもしれない。


「ふふ、この街の景観は国の自慢でもあるからな。遠くの国から物見に来る人もいるくらいだ」


 ミルカは誇らしげに胸を張った。

 まぁこの景色を見ていると、その気持ちも分かる気がする。


「本当はゆっくり街を案内したいところだが、まずはリリア様を城に連れて行ってもいいだろうか?」

「ああ。その方がいいだろう」

「すまない。それじゃついてきてくれ」

「ルシアンは馬車にいてもらったほうがいいか?」

「…………ま、大丈夫だろう。ただ犬という事にしてほしい」

「聞こえたか? お前はこの街では犬、という事にするから人前で喋らないようにな」

「わかった……ワン」


 本当にわかってくれたのか心配になったけど……まぁ平気だろう。

 いや、平気だと信じよう。


 城へ向かって歩いていると、街は活気で溢れていることに気がついた。

 ドライエントは小さい国だという話だったけれど、この街の規模はアイオリアにも負けていないように思えた。

 そのアイオリアは不穏な空気が漂っていたからか、街が暗い雰囲気だった。

 それと比べると街で暮らす人々の顔が明るいのが印象的だ。


 こんな美しくて明るい国で、血なまぐさい【生贄】という天職が産まれるというのがどうも腑に落ちない。


「この豊かさはすべて竜神様から(もたら)されているんだ」


 ミルカは不思議そうな顔をしている俺にそう教えてくれた。

 だけど本当にそうだろうか?

 国をその威力でもって守っているのはそうだろうけど、ここまで国を作り上げたのは人間だろうに。

 そんな人間を自分の【生贄】に差し出させるというのは……うーん。

 双方が納得しているなら外部も外部、この世界の人間ですらない俺が口を挟むことではないのだろうが……やっぱり納得がいかないのも事実だった。


「【生贄】という天職は基本的に王族やそれに連なるものに発現するからな。まるでそれが王族の義務、とでもいうようにな。それもあって国で暮らす庶民にはあまり影響がないっていうのもある」

「そうなのか……」

「だから王家に対する国民感情はすこぶるいいんだ。人は税を払って、王家は犠牲を払っているという図式だな」


 そして次の犠牲に選ばれたのがリリア……か。

 結局、俺の胸にあるこのもやもやは結局そこに帰結するんだろう。

 その犠牲がもし、名も知らない『誰か』であれば「そういうものか」で終わらせられていただろうから。

 俺はリリアが【生贄】になることを「そういうものか」で終わらせていいのだろうか。

 答えは——出ない。



 王城はなんと水の上に建っていた。

 城の周りを水が囲んでいる、と表現したらいいだろうか。

 とにかく、広い湖のようになっているその中心にその城はあった。


「これってどうやって城に入るんだ?」

「水上車を使うんだ。街の水路で見かけたろ? あれは庶民の足にもなっているんだ。もちろん城へ行けるのは特別な水上車だけなんだがな」

「なるほどな。それにみんなで乗っていくのか……」

「いや、ここまででいい。ここからは私と姫様だけで大丈夫だ」

「そう……か」


 ここまで来たなら城まで送りたかったが、お客さんであるミルカがそういうならここで終わりだ。

 俺たちとミルカ、そしてリリアの旅はここで終わりだ。


「世話になった。本当に心から感謝している」


 ミルカはビシっと騎士然とした敬礼をして俺を真っ直ぐに見つめている。

 だから俺もちゃんと答えよう。


「ああ、【御者】として当然の事をしたまでだ」

「謝礼に関しては追って連絡をするので、こちらが用意する宿に宿泊していてくれるか?」

「わかった、そうしよう」


 ミルカにその宿への行き方を聞いて、そして遂に……リリアを馬車から降ろした。


「カケルさん、ここまでありがとうございます」

「ああ、なんだかんだ色々あったけど無事に連れて来られてホッとしているよ」

「これで私は私の役割を果たすことができます」


 リリアが明るく話したその言葉に、フィズが、ローズが、ジャックまでもが悲しそうな顔をした。


「皆さん、そんな顔をしないで下さい」

「リリア……」

「笑ってお別れ出来なくなっちゃう、から」

「やっぱり【生贄】なんて——」

「ダメです。その先は言わないでいいんです。気持ちは伝わりましたから。それに、ここまでの旅は私にとって宝物なんです。そんな宝物を最後に見つけられて私……幸せ者です!」


 リリアはそういって……笑った。

 その笑顔が痛くて、俺はこんな時だっていうのに上手く笑顔を返してやれない。


「それじゃ、私はここでお別れです。あ、そうそうローズさんには出来る限り料理を教えておきました。センスがいいのですぐに私より上手になっちゃいますよ!」

「そんな、ワタクシなんてまだまだです……」

「でも次の料理担当大臣はきっとローズさんです、頑張って下さいね!」


 ああ、そういえば旅をはじめた頃にそんな事を言ったっけ。

 姫様を大臣に任命するなんて俺もなかなか怖いもの知らずだな。


「それじゃ皆さん、長くも短い旅の間……大変お世話になりました!」


 リリアはそういって深く頭を下げると、顔を見せないようにすぐ振り返って湖の畔にある建物へと入っていった。

 きっとあそこから水上車というものに乗るのだろう。


 自慢じゃないけど俺の目はいいんだ。


 少し滲んでしまっている視界だったけど、確かに見えた。

 リリアの頬を濡らす涙が……見えたんだ。

リアルで流血事件があって遅くなりました……。

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