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第3話 ちょっと魔王城まで

 俺はフィズがひく馬車に揺られてのんびりと街道を進んでいた。

 人が住んでる場所に向かっているはずなのに少しずつ街道が荒れていくことに少々不安を覚えたが、それより気になることがあった。


「本当にみんなに挨拶していかなくてよかったのか?」

「いいのよ、あれは友達じゃなくて仲間なんだから」


 仲間だったら余程挨拶をしていった方がいいような気がしたけど、本人がいいというのだからいいのだろうと自分を納得させた。

 考えてみれば自分も挨拶をせずに居なくなってしまったわけだしな。


「……少しくらい距離が離れてても心は繋がってるもんなのよ」


 少しくらい……か。

 ここの世界が前の世界とどれくらい離れているかは分からないけど前の職場のみんなは俺の事を覚えていてくれるだろうか?

 仕事中に事故って死んだ奴って名詞で俺の事を語ってくれているだろうか?

 ちょっとしんみりした気分を変える為に、俺は御者席の前に身を乗り出した。

 何をするため?って、お尻を触るために決まっている。


 俺はフィズが数十歩歩く度にこうしてお尻を触っているんだからな。

 特に深い意味はないが、自然と手が伸びてしまうのだから仕方がない。


「……あのさ、ご主人さま……じゃなくてカケル」

「いや、待って。俺はご主人さまと呼ばれたいんだけど」

「じゃあ……ご主人さま、どうしてお尻ばっかり触るのよ?」

「それを聞くならなんで目の前で可愛いお尻をフリフリしているのか?って話になってくるけど」

「こっちは歩いてるんだから仕方ないじゃない! もう、本当にエ……ッチなんだから」

「え、なになに?」

「もう……ばかっ」


 聞こえたけど聞こえないフリをしてフィズの口からもう一度言わせよう作戦は失敗に終わった。

 けどちょっとした満足感があるから問題はない。


「そういえば馬になっていても言葉が喋れるんだね」

「そうみたいね。でも周りから聞いたらたぶん嘶いてるようにしか聞こえないんじゃないかな」

「じゃあ俺は特別なの?」

「えっ……?」

「他の人には聞こえないのに俺には聞こえるんだろ? 特別……なのかな?」

「もうっ! そ、そうよっ! カケ……ご主人さまはフィズにとって特別なのっ! それでいいっ!?」

「むふふ、特別かぁ……」

「恥ずかしいからもう言わなせないでよねっ!」


 フィズは首だけ動かしてチラリとこちらを見ると、すぐ前に向き直った。


 俺は前世から女の子というものに縁がなかった。

 だからもちろんこれまで誰かと”特別な関係”になったことなんてない。

 むしろタクシー運転手時代の俺は女のお客さんが乗る度にドキドキしていたほどだ。

 なのにフィズとはなぜだか気軽に話せるのが不思議だった。


 「この鞭のお陰なのか……」


 そう思った俺は、とりあえず女神が居そうな空に向かって多少おざなりに、だが拝んでおいた。

 信仰していた宗教もなかったから祈り方なんて知らないしな。


「ねぇご主人さま?」

「はいはいなんでしょうフィズちゃん」

「とりあえず人の住んでるところまでって指示だったわよね?」

「うん、その予定だけど」

「そういわれから一番近くで人が住んでいる場所に向かってるんだけど……」


 フィズが何か言いづらそうに口ごもる。


「もう少し二人きりの時間を過ごしたいって事だったらそれもやぶさかではないぞ」

「いや、そうじゃなくて……」


 そうじゃないんだ……と落ち込みかけたが、一応その続きも聞いてみるか。


「この先に住んでいるのは”魔族”っていう種族の人なのよね」

「その”魔族”っていうのは何?」

「魔族を知らないの? 人族より身体能力が高くていつもヒトと争ってばかりいるあれよ」

「あ、あーあれねー。うーん、知ってる知ってるー」

「それ絶対知らないって時の反応よね?」

「な……こんな短時間でもう俺の細かい癖まで把握されているなんてっ!」

「…………ふう。で、向かっていいのよね?」


 フィズは深刻そうな顔でそう尋ねてきた。

 俺は無視されたことにショックを受けていたが、この際それは忘れよう。

 その方が精神衛生上正しいはずだ。


「フィズとしてはどう思う?」

「ここまで指示通り歩いてきちゃって今更だけど、フィズとしてはやめた方がいいかなって思うの」

「そうなんだ。フィズがそういうなら……。じゃあ今から人、じゃなくて人族がいる村には向かえる?」

「うん。ちょっと遠いけどそれでよければ。…………あれっ? ご主人さまっ!」

「どうしたんだい、フィズ」


 慌てた声を出すフィズの様子に何か問題でも起きたかと内心ドキリとした俺だったけど、そんな情けない姿を見せないように、とあえて落ち着いた声を出した。


「あそこ……人がいる……」

「どれどれ?」


 フィズが鼻先で示した方向を見ると——確かに人がいた。

 こっちに来てから馬しか見ていなかったからちょっと心配だったんだよな。

 ああ、フィズは人馬一体なんだっけ?まあそれはいいか。


「あれ、なんか俺たちが進んでたのと同じ方向に向かっているけど……」

「この道をもう少し進むと魔族の領域——魔界に入るわね」

「もしかして知らないのかな? 声を掛けてみよう」


 そういうとフィズがスピードを上げて二人組に近づいてくれたので、俺は男女二人組の後ろから声をかけた。


「そこのお二人さん、お熱いですね。デートですか?」

「っ! そろそろ魔界だから敵が来るかもしれないっていうから気を引き締めてたらほんとに来やがった!」

「でしょっ!?」


 そういって二人は呼吸を合わせるかのように振り返って、同時に武器を構えてきた。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺は普通の御者ですよ」

「うーん、普通の? おい、こんなとこまで来る馬車があったか?」

「いや、出る前に調べた時にはなかったわ。つまりこの馬車は……闇営業かも……」

「闇営業の野良馬車か……さすがにそこまでは調べてなかったな」


 二人は俺を置き去りにしてどんどんと話を進めている。

 闇営業というのはいわゆる無許可のタクシー、白タクみたいなものだろうか。

 しばらく二人でヒソヒソ話していたけど、その結果が出たのか、男の方が武器を下ろして俺に話しかけてきた。


「おーい御者さん、ものは相談なんだが……俺たちを乗せてくれないか?」

「え? もちろんいいですよ。はい、二名様ご乗車でーす」


 こうして俺はこの世界で初めての客を乗せた。

 一旦馬車を止めてから客車に乗せると、二人は中の広さに驚いていた。

 俺だって最初みた時は驚いたしな。


 そういえば行き先を聞いていなかったので、御者席から客席へと繋がっている小窓を開けて声をかける。


「お客さん、どちらまでいかれます?」

「ああ、…………ちょっと魔王城まで頼む」

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