第35話 さよならヨトゥン
「……こいつはゴーレムってやつだな」
俺が鉄巨人を倒したとみたのか、ゴンザさんが近くにきてそういった。
そしてしゃがみこんで興味深そうに巨人の鎧を観察している。
「ガガガ、ギギ……ゴ、ゴゴゴォォォッッ!!」
「うおっ!!」
鎧が突如叫び声をあげ、鎧に触れていたゴンザさんが飛び上がった。
「こいつ、体が半分になってもまだ動けるのか!」
「マスター! こちらでは足が動いています!!」
ジャックが叫んだほうを見れば、下半身がズルズルと地面を這うようにして胴体へ近づいてきていた。
どう考えてもこれは合体して復活するだろ……こいつまさか不死身か?
「いや、ゴーレムなら制作者が刻んだ印を削れば動きが止まるはずだ!」
「そうなんですか!?」
「ああ、ドワーフはこういうのも得意だったからな」
そういえばゴンザさんはドワーフの血を引いているとかいっていたっけか。
「その印というのはどこにあるんでしょう?」
「まぁおそらくは……一番安全な鎧の中に彫ってあるだろうな」
あのがらんどうの鎧の中……か。
ちょっと中に入るのは嫌だけど削りに行くしかないか。
「よし、それじゃ——」
「俺が削ってきてやる」
ゴンザさんが俺の言葉へかぶせるようにそういった。
「いや……でも……」
「大丈夫だよ、俺はお前さんより小せえから入りやすいしな……それに削りかたも知らねえだろ?」
「まぁそれは……そうですが」
「じゃあ決まりだ。馬車からノミを出してくれ」
「……わかりました」
俺は言われた通りに馬車からノミを取り出し、ゴンザさんに渡した。
「そんじゃ行ってくる」
ゴンザさんは手をあげながらそういうと、なんの躊躇いもなく鎧の中に入っていく。
「大丈夫だろうか……」
鎧の中でゴソゴソという音がしているのは、おそらく印とやらを探しているのだろう。
しかし、その間にも下半身はどんどん胴体へ近づいている。
「おい、ジャック! 引っ張るぞ!」
「は、はいマスター!」
俺はジャックに声をかけると、鉄巨人の下半身を片足ずつ持って引っ張る。
が、俺たちはずるずると引きずられていってしまう。
魔法的な力が働いているのか、どれだけ力を入れてもその動きを止める事ができないのだ。
「ゴンザさん! まだ、ですかっ!?」
「おう、今見つけたから削るぞ!」
「急いで下さいっ!」
鎧の中からはガリガリという音が断続的に響いている。
下半身と胴体との距離はあと二メートルといったところだ。
「間に合うか……?」
そう呟いた俺の目の前で突如下半身がスピードをあげる。
あっ!と思った時にはもう遅く、足と胴体はゴンザさんを閉じ込めたまま、くっついてしまった。
「ゴ、ゴンザさんッ!」
「グオォォォォォォォッ!」
そんな俺の叫び声は鉄巨人の咆哮で掻き消された。
最悪だ……鉄巨人が復活してしまった。
しかも中にゴンザさんがいるから馬車メテオも使えない……打つ手なしだ。
鉄巨人はその体をゆっくりと持ち上げるようにして立ち上がる。
そして一歩を踏み出すと——バラバラに崩れ落ちた。
「ふぅ、手間どっちまったがなんとか削れたぜ」
地面に散乱した鎧の欠片の中から、ゴンザさんが汗だくで出てきた。
「大丈夫でしたか?」
「ああ。問題なかった……が、この鎧の欠片ぁ貰ってもいいか?」
「え? ええ、それは構いませんが。どうしてです?」
「はは、つまらん理由だ。どうやらこれを作ったのは親父らしくてな」
「そう、だったんですか。……わかりました」
どうして作ったのが親父さんだと分かったのかは知らないけど、印とかいうので分かるのかね。
俺たちと激しい戦いを繰り広げた鎧を収納すると、後に残ったのは激しい戦闘の跡だけだった。
「そういえばセフィーはっ!?」
辺りを見回すと、街道から少し外れた草むらの中にその姿を見つけた。
「大丈夫か!?」
そういいながら駆けつけると、そこにはフィズの膝の上でスースーと寝息を立てるセフィーがいた。
毒を受けていたはずの腕からは、その毒々しい紫色が消えていた。
「うん、もう大丈夫だと思うわ。フィズ、頑張ったのよ?」
フィズはそういって胸を張った。
俺はそんなフィズの頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
「よく頑張ったな、ありがとう」
「んもう、リボンが取れちゃったじゃない……」
フィズは嬉しそうにそんなことをいっている。
うん、いつもの光景が戻ってきたな。
それにしても今回はかなり危なかった。
俺は無自覚系じゃないから、自分の身体能力はかなり高いと見積もっている。
だけど、ああいった硬い敵はちょっと苦手かもしれないな。
本当は魔法でもバーンと使えたらいいんだけど魔力はほとんどないらしい。
ならばやっぱりこの鞭を上手く使えたら良かっただろうか。
どちらにしても今すぐにどうなるもんでもないし、今回は勝てただけで良しとするか。
「よし、それじゃあの優男が戻ってくる前に出発しよう」
俺はそういうと街道に戻って馬車を出現させた。
後ろからはフィズがセフィーを抱いて着いてきてくれている。
「セフィーは中に寝かせておいてくれ。ローズはセフィーを見ていてくれるか?」
「了解しました、マスター」
「ジャックは上空からいつものように警戒を頼む。相手は隠蔽魔術を使っているかもしれないから細心の注意を」
「ええ。次は……絶対に見逃さないようにいたします!」
ジャックの決意に頷きを返すと、俺は御者台に上がった。
フィズもそれを見てユニコーンへと変化した。
「それじゃフィズ、頼むよ」
「任せなさいっ!」
つるりとしたお尻をぺろんと叩くと馬車が進み始める。
とりあえず目指すのはリリアの国、ドライエントだ。
なるべく早いところこの国を出ないといつまた襲撃があるか分からない。
この国を出るまであと四日ほどらしいから気を引き締めよう。
なにしろ今回はセフィーを死なせかけてしまった。
この調子じゃいつ乗客に怪我をさせるか分からない。
みんなを守れるように、俺はもっともっと強くなろう。
ゆっくり進む馬車の上で、俺は決意を新たにした。
* * * * * *
豪奢な城の執務室で軽薄そうな顔をした男は、優雅に紅茶を啜る。
「僕のお土産は気に入ってくれたかなぁ? カルヴァン」
「ゼルディアよ、あれはあんな者の相手に使うような代物ではなかったんじゃないか?」
熊のような体躯をした重装の男が呆れたように応えた。
「そんな事はないさ、あの御者はなかなかやるはずだからね」
「ならいっそ俺が砕いてやれば良かっただろう」
「それじゃ一瞬で終わっちゃうから全く面白くないじゃないか。僕は絶望を感じてほしかったのさ」
「そりゃいい趣味だな」
そんなカルヴァンの皮肉に、ゼルディアは「だろう」と笑った。
それから紅茶のカップをソーサーにカチャリと置く。
「少ししたらあの鎧クンを回収してきてくれるかい? 周りに被害が出る前にね」
「はぁ……分かったよ。壊しちまっていいのか?」
「ああ。あれは一回きりしか使えないから壊していいよ」
「それなら簡単だな」
カルヴァンは自信を漲らせながらそういった。
「あ、もしその時にあの珍しい馬が生きていたら捕獲も頼みたい」
「ああ、ありゃ多分ユニコーンだな。どこで手懐けたか知らんが珍しいものを見た」
「ユニコーン? 幻獣種か……勿体ない事をしたな。生きていればいいけれど」
「十中八九ダメだろな。ま、ここにもう一体幻獣種がいるんだからそれで我慢しちゃ貰えねえか?」
「はは、妬かないでくれよ」
「別に妬いちゃいねえよ。奴らの死体はどうする?」
「セフィラスだけは確認の為に持ってきて欲しい。他のは埋めてくれて構わない」
「了解。じゃ二、三人兵士を連れて行くからな」
そういうとカルヴァンは部屋を出ていった。
一人部屋に残ったゼルディアは薄く笑う。
「さて、もうすぐ……だな」




