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第2話 敏感な裸馬

「ご、ごめんっ」


 俺はとりあえず謝る事にした。

 目の前の状況は信じられなかったけど、結果として初対面の女の子の尻を鞭で叩いてしまったわけだからやはりこれは謝るほかないだろう。


「ま、まぁ謝ってくれるならいいけど……次はもっと優しく……を込めて……」

「え、何?」

「次は愛を込めて叩きなさいって言ったのよっ!」


 俺の目の前で、女の子は顔を真っ赤にしながらそんな事をいってのけた。

 そんな女の子をしばらくだらしない顔で見ていた俺に理性と理解が追い付いてきた。


「っていうか、よく見たら……は、裸じゃん」

「当たり前でしょ、裸馬なんだから」

「裸馬ってそういう意味じゃないよな? あれ? もしかしてそういう意味だったっけ? うーん……」


 俺の脳は理解を超えた状況にエンストを起こしかけていた。


「そんなのどうでもいいわよ。それより私がひく馬車はどこ?」

「あ、あっちだけど……ひいへふへふほ?」

「ひいてくれるの?ってそりゃひくわよ。だって私は馬なんだから。え、もしかして私じゃ嫌なわけ?」


 裸の女の子は口調こそ強いが、声が少し震えているように感じた。

 そして、その顔には不安をありありと浮かべていた。


「ははは!」

「何笑っているのよ!」

「…………ひつれひ。ちょっと鼻血が出てしまって……」


 俺はポケットになぜか入っていたティッシュを鼻に詰め込んだ。

 ミニチュアの馬車と共にハンカチ、ティッシュを用意してくれているなんて幼稚園児のお支度か、と思わないでもないが女神さまさまだな。


「まさか、って言ったんだよ。君みたいな可愛い子がひいてくれるなんて夢のようだ……けどそんな小さい体でひけるの?」

「当たり前よ! こう見えても百万馬力なんだからっ!」


 馬が百万馬力、というともう何がなにやらわからなくなるような気もするけど、ややこしくなるので突っ込むのを控えた。


「じ、じゃあこっちについてきてくれる? あ、なるべく跳ねるように歩いてくれると嬉しいな。揺れるから」

「揺れるから? 馬車は揺れない方がいいじゃない」

「まあまあ、それはそれでね。……いや、まあまあどころか最高かよ」


 俺はあえてゆっくりと馬車まで戻る。

 平坦で何もない草原だが、見えない障害が多いので仕方がない。

 仕方がないのだ。


「そういえば名前はなんていうんだ?」

「ん、私達はスレイプニルとかって呼ばれてるけど?」

「いや、種族的なものじゃなくて個人識別的な意味の名前」

「みんなからは栗毛と漆黒から生まれた奇跡の桃とか呼ばれてるけど……」

「え、そんなの長くて呼べないよ」

「じゃ、あんた……じゃなくてご主人、さま……が決めなさいよ」


 俺の名前はカケルだ、と言おうか悩んだけど、ご主人さまというその背徳的な響きが脳を(とろ)かしたのでしばらくはその呼び方でいて貰おうと決めた。


「名前なぁ……うーん。桃だろ……ピーチ……じゃどこぞの姫になっちゃうしなぁ。ピーチといえば……あ、ピーチフィズ! フィズ……うん、悪くない。よし、じゃあ君はフィズでどうだ?」


 酒好きな俺の思考は結局酒の名前に行き着いてしまったが、しゅわしゅわ弾ける桃色のあのお酒は、目の前の少女にピッタリなように思えた。

 まぁピーチフィズのフィズの部分は桃色とは無関係なのだがそれはこの際おいておこう。


「ふぃず……が、私の名前?」

「き、気に入らなかったか!?」

「そんなわけ……ないじゃない。……りがと」

「ん?」

「可愛い名前をありがとっていったのっ!」


 俺はロリコンではない。

 ないが、目の前のおそらく十四、五……前の世界でいえば中学生くらいであろう見た目の少女がたまらなく愛おしかった。

 なのでロリコンという(そし)りを敢えて受けることに決めた。

 いや、それを誇ることに決めたのだ。


 言いつけ通り、少し跳ねながら俺の横を歩く女の子に命名をしながら歩いていると、俺たちは馬車へとたどり着いた。


「私がひく馬車はこれ!? うわぁ、かなり綺麗じゃない」

「うん、多分新品だろうからな。それにエンジンは最高級のが手に入ったし」

「へぇ、よく分からないけどそうなのね!」


 フィズは自分のことを言われているなどとは露ほども思ってないらしい。

 そんなことよりも早く馬車がひきたいとウズウズしているようだ。

 それじゃあひかせてあげる、と俺がいうとフィズはその体を馬へと変えた。


「え、その馬になるのって自由に出来るのか?」

「さっき突然できるようになったのよ。まあできるようになれば呼吸と一緒で当たり前にできるっていうか。これって人馬一体って事かしら」

「い、いや……それってそういう意味だったか? ま、まあいっか……」


 馬に姿を変えたフィズが馬車へと近づくと、馬車から光の線が伸びてフィズをガッチリとつかまえた。


「んっ、強引なんだから! 繋がる時はその……前もっていってよねっ!」


 フィズは俺が何かしたのかと勘違いしたらしい。

 まぁそこまで気にした様子もなく馬車をひく定位置につくと、ぷるんとしたお尻を向けてきた。


「は、早く叩きなさいよ! 御者のご主人さまが鞭で行き先を伝えてくれないとどうするのよ!」

「あ、ああそういうもんなのか。なにぶん初めてなもんで……」


 そういってから俺は御者席へ急いで乗り込んだ。

 地面からは少し高い位置にあるはずの御者席だったけど、座った俺の目の前にはフィズの堂々としたおしりがあった。

 人の状態であれば俺よりも頭一つ二つ小さい女の子だったフィズが、馬になると圧倒的に俺よりも大きかった。

 その質量はどこから来たのか考えようとしたけど、フィズがお尻をフリフリして待っていたのでそんなくだらないことはどうでもよくなった。


 俺はお尻を叩く前に、その可愛らしいお尻を(いやら)しく撫でた。

 フィズは一瞬ビクッとしたけど、やがてそれを受け入れてくれたようだった。

 圧倒的な従順感に心が満たされていくのを感じる。

 これは支配欲なんだろうか。


「それじゃいくぞ!」

「うん。きてっ」


 俺はフィズの返事を聞くとその桃尻を鞭で叩いた。

 とりあえず近くの人が住んでいる場所まで頼むと、心で願いながら。

 ちゃんと愛をその鞭にしっかりと込めて叩いたつもりだ。


「いやんっ」


 馬の鳴き声とは到底思えない熱のこもった()()()をあげてフィズは一歩目を踏み出した。

 鞭の叩き方に文句を言わないところをみると、愛はしっかり伝わったようだな。

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[良い点] いやんは草
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