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第20話 元近衛は山を越える

 俺は柔らかさを体全体に感じながら目を覚ました。

 それはベッドのふかふかと、隣で眠っていたフィズの柔らかさだった。


「うーん……ご主人さまぁ」

「おはようフィズ」


 そういってフィズの頭をひとつ撫でる。


「くぅーん」


 ちょっと寝ぼけながら甘えた声を出し、ぐりぐり頭を擦り付けてくる様はまるで犬のようだ。

 まぁ……馬なんだけどな。


 寝ぼけたフィズを起こし、簡単な朝食を摂ったらすぐに今日も馬車は走り出す。

 この調子で行けば今日中に小さな村に着く予定だ。

 ロッカを出発してから四日、魔獣の襲撃はほとんどないといっていい。

 一度だけフラっとデスラビットという魔獣が襲ってきたが、偶然近くにいたとかそんな感じだろう。

 ちなみに凶悪な顔をした|デスラビット(兎)はもちろんその日の夕食になった。


 やはり前にフィズが言っていたように、蹄の音を恐れて近づけないのだろうか。


 「いや、それともこれのお陰なのかな……」


 俺はそんな事をひとりごちて馬車に括り付けられたフェンリルの尻尾を横目で眺めた。

 こいつが作られたきっかけは歓迎会での事だった。

 お互いの自己紹介をしつつ、ゴンザさんに俺の天職や、リリアの天職の事を伝えた。

 リリアの天職を聞いた時は「うーむ」と腕を組んで唸り、それきり口を閉ざしてしまった。


 酒がいい感じに入っていた俺は、そんなゴンザさんを放ったままフェンリルの尻尾でフィズをこちょこちょして遊んでいた。

 するとゴンザさんが「これだ!」と叫んで馬車から紐を持ってくると、俺の手からフェンリルの尻尾を掴みとってちょちょいと作ってくれたのだ。


「ほら、ラビットフットっていや幸運のシンボルだからな」


 なんて言っていたけど、これはフェンリルだし、尻尾だし、全然意味が分からなかった。

 多分ゴンザさんも酔っ払ってたんだろうな。

 それでもリリアの事を心配してのことだろうから、この尻尾はそのまま馬車に飾ることにした。

 もしかしたら本当にこれが俺たちを守ってくれているのかもしれないしな。



「ご主人さまぁ、なんか人が倒れてるんだけど……」

「ん? あ、本当だ。じゃあ止まって確認してみようか」


 ゆっくりと馬車を停めると御者台から降りて、道端に倒れている人に近づいた。

 近づいてみると、どうやら息はしているようだと分かった。

 物語の中の騎士のような格好をしているけど、やけに綺麗な顔立ちをしている。

 というかこれは……女性の騎士か。


「おーい、大丈夫ですか?」

「……うう……腹が……」

「フィズ、どうやら腹が痛いようだ。見てやってくれるか?」

「うん、分かった! …………うーん、ケガはしていないみたいだけど」

「……減った……」

「え……?」


 俺たちが女騎士とそんなやり取りをしていると、ゴンザさんとリリアも何事かといった感じで馬車から降りてきた。

 リリアは馬車を降りるやいなや、その女騎士を見て叫び声をあげながら駆け寄った。


「ミルカッ!」

「……リリア様の声が聞こえる……私はもうダメなのだろうか?」

「ミルカ、こんなところでどうしたのですか?」

「ああ、お姿まで……神は最後にこんな幸せな幻を……」

「しっかりなさい、ミルカ! 私は本物ですっ!」

「リリア、どうやらこの人はお腹が減って倒れていたらしいんだ」


 そう現状を説明したところで、フィズが馬車からパンとチーズを持ってきてくれた。


「はい、どうぞ」


 差し出された食料を見ると、虚ろだった女騎士の目がカッと開かれた。

 ガバっと起き上がり、フィズから食料を奪い取るとガツガツと食事を始める。

 一瞬で食べ終わると、多少は満足したのか「ふぅ」と息を吐いた。


「どこのどなたか存じませんが、行き倒れの私にお恵みを頂き……リ、リリア様ッ!? と、すると先程のは幻ではなかった……?」

「…………ええ、ずっと目の前であなたの食事風景を見ておりましたが……」

「そ、それは失礼を致しましたっ!!」

「……それはいいのですけれど、なぜあなたがこんな所に?」


 リリアがそう尋ねると、ミルカという女騎士は居住まいを正しながら答えた。


「リリア様がドラゴンに連れ去られどこかへ消えたという情報を聞きまして……目撃情報を集めたところこちらの方角ではないかという事で単騎、山越えをしてやってまいりましたッ!」

「山越えって……もしかして()()山を越えて?」


 見るからに険しい山を指して俺がそう聞くと、ミルカは誇らしげな顔で「ええ、もちろん!」と答えた。

 あの山を単騎で、か……余程リリアのことが心配で、無茶をしたんだろうな。


「それよりリリア様はなぜここに!? こいつらは……一体何者なのですかっ!?」

「ミルカ、口を慎みなさい。この方々は森に落ちてキングボアに襲われていた私を助けて下さったのですよ? それに今はこうして国まで送って貰っているところです」

「キ、キングボアに襲われた!?」


 ミルカの顔は一瞬にして血の気を失い、卒倒しそうになっている。

 頭を振ってなんとか持ち直したらしいミルカは、俺へ向かい深々と頭を下げた。


「そんな凶悪な魔獣から助けてもらい、さらに国へ送って下さっているなどとは知らず、申し訳ありませんでした! 私はミルカ=フラッセン、リリア様の近衛を務めておりま……した」

「ああ、俺はカケルだ。務めていた、というのは? 今は違うのか?」

「いえっ! 心は常に姫様の側にっ!」


 そういうとミルカは、ガシャリという鎧の音を立てながら胸に手を当てた。


「ミルカは私が生贄になるのを良しとせず、元老院と対立をし続けたせいで解任されてしまったのです。私の力が及ばず……あなたには辛い思いをさせましたね」

「勿体なきお言葉です! 私は姫様がドラゴンに連れて行かれたという話を聞き、すぐに騎士を辞し後を追わせていただきましたので……今は騎士ですらありませんっ!」

「あ、あなたなんて事を……。国へ帰ったら私が口添えをしますのであなたは騎士に戻りなさい」

「嫌ですっ! せっかく生きているのです。国の生贄になるためだけにあの国へ戻るのは……やめませんか?」

「あなた……何を言っているか分かっているの? これまで生贄になった人達の犠牲を、意思を……無駄にするというのですか?」

「そうではありません!そうではないのですが……うぅ、なぜ姫様が生贄にならねばならないのですか……? せめて私であれば……」


 リリアはそんなミルカを抱きしめながら頭を撫でている。

 うん、いつまでも見ていたくなるような美しい光景だ。



「マスター、襲撃です」


 俺の横にジャックが降り立ち、短く報告をしてくる。


「ほう、久々だな……どれくらいの規模だ?」

「二十数体といった所でしょうか」

「分かった。どっちから来る?」

「あちらの山の方からです」

「そうか。それじゃゴンザさんとリリア、あとそこの騎士——ミルカは馬車に入ってくれ。これから魔獣が来るらしい。俺たちはここで迎撃する」


 そんな俺の言葉に、ミルカは顔を強張らせ、声を上げた。


「わ、私も一緒に姫様を守る……守らせてくれ!」

「……いいだろう。けど足手まといになりそうなら放っておくからな」

「こ、これでも元近衛だぞ! 馬車の御者に戦闘力で負けるものかっ!」

「そうか。それじゃあその力、見せてみろ。——来るぞッ!」


 魔獣たちは広範囲からバラバラと現れたので、この前のような戦法は使えない。

 結果として、それぞれが各個撃破を強いられるような乱戦となった。


 敵はゴリラのようなヤツや、熊のようなヤツなど大きめの体をした魔獣が多いように見える。

 その体格差からか、ミルカは度々苦戦して押されている場面が目立ちだした。

 その都度、俺が手助けと称してワンパンで倒すと驚いたような顔をしていたな。


「終わったか?」


 そう聞くと、ジャックとローズが空を飛んで周囲の確認をしてくれた。


「大丈夫そうです。素材になりそうなものは私とローズで回収しておきます」

「ああ、頼んだ。先に村へ向かっても大丈夫か?」

「ええ、ワタクシとジャックは後ほど空から向かいますので」

「そうか、じゃあ村に入る時は見つからないように気を付けろよ」


 二人にそう伝えると俺たちは馬車に戻った。


「おい! じゃなくて……あの……さっきは助かった」

「ああ。ミルカもさすが近衛という戦いぶりだったよ」

「どこがだッ! 御者でしかない君にかなり助けられてしまったからな……これでは騎士としての問目が立たない」


 ミルカは段々と声を小さくさせながら、申し訳なさそうにそういった。


「まぁ俺はただの御者じゃないからな」

「え、それはどういう……?」

「まぁ詳しい話は村についてからだ。水浴びもしたいし夕暮れも近いから早く向かいたい」

「あ、ああ。私も……乗っていいのだろうか?」

「姫様の近衛だろ? 役目を果たせ」


 恩に着るっ!そんな暑苦しい言葉と共に、一人増えた馬車は村へと向けて走り出した。

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