第1話 ピンクの毛並みの裸馬(意味深)
「うおっ……なんだ、夢かぁ?」
今まで話していたはずの女神が突然消えてしまった事で、俺はさっきのあの空間は夢だったのかと逆に納得していた。
そりゃそうだ、天職だの異世界だのそんなものがあるわけ……。
そこまで考えた所で周りの状況に気付いた。
「って、ここはどこなんだ!?」
俺は辺りを見回すと、そう叫んだ。
確か目を覚ますまではタクシーに乗っていたはず。
それなのに、今いるのはどう見てもだだっ広い草原だ。
少し離れた場所では野生と思われる馬がのんびりと草を食んでいる。
牧歌的な雰囲気の——ザ・草原だった。
「やっぱりさっきのは夢じゃなかったのか? よく見たら俺の服装も変わってるし。俺はやっぱり死んで……ん?」
俺は着慣れない服をまさぐっていると、ポケットの中に何かが入っていることに気付いた。
そっと指先で摘んで引っ張り出して、手のひらに乗せる。
「小さな四角い……なんだこりゃ? ミニチュアの荷車か?」
指でつまみとると、車体の表裏をくまなくチェックする。
「駆動方式は牽引式でタイヤは……んん、小さくてよく見えないな」
詳しくどういう仕組みなのか確認しようとした俺は、つるりと指を滑らせてしまった。
「やばっ!」
周りは一面、膝近くまである背の高い草が生えている。
こんな中に小さな物を落としてしまえば見つけるのは難しいかもしれない。
しかし、その焦りは杞憂に終わった。
俺の指から落ちたミニチュアの荷車は、地面に落ちるとその大きさを変えた。
小さかった窓が、そして車輪が巨大になって、やがてそれは充分に人が乗れるだけの大きさを持った立派な馬車の車体へと変わった。
「うお、女神さんが特別製っていってたのはこういうことだったのか!?」
俺はさっき夢のような世界で出会った女神を半ば信じ始めていた。
だって、突然こんな見たこともない場所に自分がいるなんてそういう事だ、と納得するしかなかったから。
そして女神との会話が本当ならば、自分は異世界に転生してきた事になる。
自分の天職は御者という人を運ぶ職業で、この大きくなった車体を馬が引くのだろう。
「って事はこれからはこれが俺の愛車ってわけか……」
俺はそんな自分の愛車がどういうものなのか期待を膨らませ、早速中へ入ってみることにした。
「座席は十四席か……って十四席!? 外から見た感じだとそんなに乗れそうには思えなかったけどな。せいぜい二人、多くて四人乗りかと思ったが……」
これじゃあタクシーじゃなくてバスじゃないか、と俺は心の中で女神に突っ込んだ。
「まぁ一度に沢山運べるって思えば悪い話でもないし、これでいっか。車内よーし」
そう、俺のギアは切り替えが早いのだ。
車内のチェックを済ませてから外に出て、今度は車体の外側を確認する。
「ふむふむ……ああ、なるほどな。車軸はこうなっていて……お、サスペンションまであるじゃないか。これなら乗り心地も悪くないかもしれないな。乗り心地よーし」
業務でキチンと声出し確認をしていた癖がしっかりと出ていて、自分で自分を褒めたいところだ。
「……で、ここを馬に引っ張って貰うのか? このへんはよく分からない構造だな。まあいいや。そんでここが運転手の座る席だな?」
俺は自分が座ることになる御者席に上がってみる事にした。
手すりのような所を掴み、足を掛け、自分の体を引っ張りあげた。
運転するための御者席は案外高い位置にあるから、これなら先までよく見通せそうだな。
「おっと、これはなんだ?」
遠くまで広がる草原に見とれていた俺は座席に置いてある何かを踏んづけてしまった。
そこにあったのは女神から貰った鞭だった。
凶悪な魔物がいるからこれで戦えっていっていたような……俺は女神の説明を思い出そうとした。
けどいくら考えても思い出す事が出来なかったから諦めることにする。
「鞭の使い方は忘れちゃったけど……まぁいっか」
とりあえず魔物が出てきた時に鞭を振ってみよう、と楽天的に考えて鞭を腰に挟みこんだ。
「さて、次は肝心のエンジンだけど……なるほど、あそこで草を食べてる馬を使えってわけだな? でも野生の馬がいきなり馬車をひいてくれるもんかね……とりあえず行ってみるか」
俺は十頭ほどの馬たちが食事をしているところへ近づいていった。
馬たちは人が近寄ってきたことなどまるでお構いなしに草を食む食むし続けている。
「おーい、この中で馬車をひいてくれる馬はいませんかー?」
そう呼びかけてみるも、やはり食む食むし続けている。
「くそー、やっぱり無理か。異世界ならワンチャン言葉が通じる可能性もあるかと思ったが……おっ?」
呼びかけを無視して食む食むし続けている馬の中に、一頭だけピンク、いやピンクゴールドの毛並みを持つ馬を見つけた。
一度視界に入れるとその馬が気になって仕方がなくなったので、手で触れられるくらいの距離まで近づいてみることにする。
「おお、近くで見てみるとより美しいな。こんな馬に馬車をひいてもらえたら最高なんだけど……ちょっと失礼」
俺は紳士的に、一言断ってからその背をそっと撫でた。
一見硬そうにも見えた毛だったが、指を入れてみるとふわりとした質感に適度なぬくもりを持っていて、生命の温かみを感じる。
しかし、そんなピンクゴールドの馬におーいと呼びかけてもやはり見向きもしてくれなかった。
「なんだよ、どいつもこいつも」
草>カケルという図式はどうしても変わらず、会話どころか存在を認識してさえもらえない事に焦れた俺は、思わず何かにあたるように、その手に握っていた鞭でピンクゴールドの馬の尻をペチリと叩いた。
「きゃっ! 痛ーい」
その馬が嘶いたかと思うと、突然そんな叫び声が聞こえてきた。
「え、喋った!?」
「喋った!? じゃないわよ。いきなり乙女のお尻を叩くなんて何考えてるのよ」
「あれ? 俺おかしくなったのか?」
そう俺が目を擦りながら考えてしまったのも無理はないかもしれない。だって……
「大体私達が美味しい草を食べてるのに邪魔してくるんだからそんな人は無視されて当然じゃないの? それなのに話を聞かないからっていきなり叩くなんて信じられないわよ!」
そういってまくし立てたのはピンクゴールドの髪の毛を持った——裸の女の子だったんだから。
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