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第15話 事件が起こるのはやっぱり夜だろう

「よし、それじゃリリア、これからよろしくな」

「こちらこそよろしくお願い致します」


 リリアはそういって頭を下げてきた。

 いや、待てよ……確かリリアは王女様だっていっていたな。


「ああ、すまない。じゃなくて……申し訳ありません、王女殿下とお呼びしたほうがいいでしょうか?」

「やめてください……私はそんな敬われるような人間じゃありません。ただリリア、と。そしてその敬語もやめていただけませんか?」

「……わかった。よかったよ、肩肘張ったような喋り方をするのは苦手でね」


 そういって俺が肩をすくめると、ジャックから声が掛かった。


「マスター、マグウィードの採取が終わりました」

「おお、ありがとう」


 俺はリリアと話している間、三人にマグウィードを採取してきてもらっていたのだ。

 ちょうどすぐそこに群生地があったのはラッキーだったな。


「さて、どのくらいあったのかな」


 俺は呟きながら、手帳のような形の台帳を取り出した。


「おお、五百を越えているじゃないか。十束で銅貨五枚だから……金貨二枚にはなるな。でかしたっ!」

「はは、ありがたきお言葉」


 * * * * * *


「……と、いうわけでお客さんとしてリリアが乗ることになった」


 俺はリリアに確認を取ってから、みんなにザッと経緯を話した。


「マスターが決めたことですから異論はありません」

「ワタクシもです」

「【生贄】か……確かに言われてみればいい匂いがする気もするわね」


 なんだかフィズが物騒なことをいっているけど、大丈夫だよな?

 まぁ馬は草食のはずだし……いや魔物にそんなことは関係ないか。

 っていうかフィズは魔物なのか?ただの馬に見えるが……まぁいいか。


 こうしてお互いの紹介をしたけど、それよりも先に説明しておかなきゃいけないことがあったのを忘れていた。

 やっぱり乗るのをやめという事になるかもしれないしな。



「まぁ。カケルさんもオリジナルワンをお持ちだったのですね」

「ああ。【御者】ってやつなんだが……魔物を人の姿に変えることができるんだ。ここにいる三人も元々は違う姿でな。フィズは馬になって馬車を引いてもらうから見る機会も多いと思うし、先に伝えておいた。それでも俺たちに運んでもらいたいか?」


 そんな俺の話を驚いた顔で聞いていたリリアだったが、最後の質問でムッとした顔をした。


「もちろんですっ! そんなことで嫌になるはずがありません! それに……それに私にはカケルさんたちしか……頼れる人が、いないのですから」


 そして、最後には悲しそうな顔をさせてしまった。


「わ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだけど……」

「もちろんそれは分かっているのですが…………あっ!」


 そんな話をしている時に、リリアのお腹がくぅと鳴った。

 恥ずかしそうに顔を赤らめるリリアだったけど、生贄になるためにご飯を抜いていたらしいし仕方がないよな。


「よし、飯にする!」


 俺はそう宣言すると昼飯に買ったサンドイッチ風のパンを馬車の中から取り寄せた。


「ッ!? い、今のはなんですか?」

「ああ。これも【御者】の力みたいでな。馬車に置いてあるものならなんでもこうやって取り出す事ができるんだ」

「そ、そんなの聞いたことがないですけど……」

「オリジナルワン、だからな」


 俺はそういってウインクをするとサンドイッチをみんなに配った。

 今のウインクは我ながら決まっていたと思う。


「じゃあこれがリリアの分だ」

「えっ、皆さんの分は大丈夫ですか?」

「ほら、みんなにちゃんと行き渡ってるから大丈夫だよ」


 はじめて味を知れて感動していた二人の為、ちょっと多めに買っておいたのは正解だった。

 フィズはサンドイッチにちょっと不満そうな顔をしているけど、好物の草がこの森にないらしく、しぶしぶ食べることにしたらしい。


「お、これはなかなか美味いな!」

「ええ、とっても美味しいです。これはラビの肉でしょうか?」

「あー確かそんな事が書いてあったような……」

「マスターッ!!!」


 突然の叫び声に敵か!?と警戒したけれど、どうもそういう雰囲気じゃなさそうだった。


「こ、これは……この味は……罪ではないですかッ!? 私を誑かすサンドイッチめ! こうしてやるッ!」


 ジャックは地面にでも叩きつけそうな勢いでそう叫ぶと、サンドイッチを一気に頬張った。

 相当に美味かったらしいな。


「ご主人さま……これ、おいしい……のよ」

「お、フィズもか?」

「この姿になってからは初めて草以外を食べたけど、こんなにおいしく感じるなんて……。これからは一緒に食べても、いい……? これを一度味わったら草は苦く感じそうなのよ……」

「もちろんだ。これからはみんなで一緒に食べような」


 そういって頭を撫でてやると猫のようにぐりぐりと頭を擦り付けてきた。

 まぁ猫じゃなくて馬なんだけど。

 ローズは一人、無言で涙を流しながらサンドイッチを頬張っていた。

 あえて感動しているところに声をかけない方がいいだろうな。


 みんな喜んでくれたみたいで良かった。


「さて、腹も満たされたし残った依頼を片付けるとしよう」


 俺はそういうと、立ち上がった。


「フィズ、エイクスはどっちだ?」

「んーっと……あっち」

「そうか、リリアは歩けるか?」

「ええ、ローズさんに治してもらったので大丈夫ですよ」

「すまないが少し付き合ってもらうぞ」


 * * * * * *


「よし、やっと森を抜けられたな。ここからは馬車で移動しよう。リリアは大丈夫だったか?」


 俺が聞くと少し息を弾ませたリリアがこくりと頷いた。

 そして俺が馬車をポケットから出して大きくすると、はっと息を飲んだ。


「話で聞くよりも実際に見ると驚くものですね」

「よし、じゃあリリアは乗ってくれ。お前たちはどうする?」


 そう聞くと、ジャックとローズはいつものように空から警戒するということだったので、頼むことにした。


 森を出てから村まではそう遠くなかったようで、少し走るとすぐに村の外縁部が見えてくる。

 村の入り口で「冒険者の依頼で来た」と告げると、目的の家を教えてくれたので、その場所まで馬車で移動した。

 豪奢な馬車が珍しいのか、村人の耳目が集まっているのを感じるな。


「すみませーん」


 戸口の前で扉をノックをしながら声をかけると、ゆっくりとした動きで高齢の女性が顔を出した。


「こちら、ロッカからお届け物です」


 そういって依頼品の手紙と薬を渡すと、女性は手紙に差出人の名前を見つけて目を細めた。


「中を確認するから待ってもらってもいいかい?」


 そういうや否や、女性は手紙の封を切って中身を確認する。

 そして、何か思いを馳せるような顔をすると手紙を閉じた。


「……あの馬車はあんたのかい?」

「ええ、そうですが」

「ならあたしを乗せちゃもらえないかね?」


 手紙に何が書いてあったかは知らないけど、突然そんなことを言い出した。


「えっと、どちらまで行かれますか?」

「もちろんロッカさね」

「それならちょうど帰るところなので大丈夫……っと、同乗者がいるので一応確認をとっていいですか?」


 馬車の中にいたリリアに聞くと「もちろん構いませんよ」といってくれたので、女性に大丈夫だと伝えた。

 出発は明日になると告げると「それなら今日は泊まっていきな」と俺たちを迎え入れてくれた。


 ジャックとローズはそのまま外で警戒するというので、俺とフィズ、リリアが泊めてもらう事にした。

 夕食にあたり、家にある食材を全部使い切っていいと言われるとリリアが袖をまくりあげた。

 どうやら国ではほとんど城を出ずに過ごしていたらしく、あまりに暇なので料理を作っていたんだそうだ。


「お待たせしました」


 ちょっと手狭なテーブルには、シチューにバゲット、チキンをハーブで焼いたようなものが並んだ。

 ちなみに肉はジャックが獲ってきたもので、シチューにもゴロゴロ入っている。

 あとで外にいる二人にも持っていってやろう。


 こうして美味しい料理を共にして、夕餉は和やかに進んだ。

 そして事件が起こるのは……やっぱり決まって夜、だった。

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