第14話 少女がもつオリジナルワン
おはようございます
「ドラゴンに食べてもらう、ため? 一体なんでそんな事を?」
俺のそんな質問に目の前の女の子はしばらく俯いて、やがてゆっくりと口を開いた。
「我が国ドライエント王国は……ドラゴンの国と呼ばれています」
「ドラゴンの国?」
「ええ。強国に囲まれた、小さな国土しか持たない我が国が存在していられるのは、ドラゴンがいてこそですので」
地理は全くわからないけど、小さな国が大きな国からの侵略を受けずにいられるのはドラゴンの庇護下にあるから、と受け取っておけばいいのか?
つまり侵略への抑止力としてドラゴンの威光を借りている、と。
俺がその言葉を咀嚼していると、女の子はさらに続ける。
「そして我が国では他の国にはない天職……オリジナルワンを発現する者が現れます」
「オリジナルワンっていうと、世界で一人しかもっていない天職、だったよな?」
俺は自分の天職を思い出しながらそう聞いた。
「はい、そうですね。実は……今は、私がその天職を持っているのです」
女の子は口でこそ誇らしげにそういってはいるが、なぜだろう?その表情には悲しみが見え隠れしている。
「そのオリジナルワンの天職というのは何なんだ? ドラゴンの話とどう繋がるんだ?」
そんな俺の疑問に女の子は少しの間、考えて、そして一つ大きく息を吐いた。
「……ふう。恩人に隠し事をしても仕方がありませんね。それに、もし私を送ってくださるのであればいずれ分かってしまう事ですし……。私の天職、オリジナルワンは——」
——生贄。
しっかりとした口調で確かにそういった。
「い、生贄!?」
「ええ。祝福でもあり、呪いでもあるその天職は我が国の女子にのみ発現します。そしてその天職が発現した者はドラゴンへの貢物とされる、というのがドラゴンと結ばれた古の盟約なのです」
「……つまり生贄を差し出してもらう代わりに、ドラゴンは国を守るということか?」
「そう捉えてもらって構いません。そして生贄が捧げられてしばらくすると、新たな子に【生贄】の天職が後天的に発現するのです」
俺はそれを聞いて黙ることしか出来なくなった。
確かに女の子がいっていた呪い、という言葉がしっくりくる。
目の前にいる可愛らしい少女はおそらくまだ十八やそこらだろう。
そんな子の命が、国を存続させるために絞りとられるなんて……。
「逃げるわけには……いかないのか?」
「いきません。それではいままで生贄になってきた者たちに申し訳が立ちませんから」
それに……と女の子は薄く笑って続ける。
「この天職をもつ者は、生きること自体が難しいのです」
「生きること自体が? それはどういう……」
「【生贄】の天職はドラゴンに限らず、魔獣種すべてを引き寄せてしまうのです」
「ああ、それでさっきキングボアに襲われていたのか?」
「ええ、きっと私の天職につられてどこからかやってきたのでしょう」
つまり生贄としてドラゴンに捧げられて、ドラゴンから落ちて、キングボアに襲われた、という流れか。
「だとすると、なぜドラゴンの手にいたんだ? ドラゴンは生贄として捧げられた君を食べるのではないのか?」
「それが分からないのです。どこかで食べるつもりだったのかもしれませんが……。なにしろ目覚めた時には既に空にいましたので……」
「目覚めたら、というと?」
俺がそう聞くと、女の子は順を追って話してくれた。
生贄を捧げるのは二年に一度で、昨日がその日だったこと。
睡眠薬を飲んでからドラゴンの待つ山へ運ばれたこと。
山頂に着く頃にはすでに寝入っていて、目覚めた時にはドラゴンの手にいたこと。
二度と目覚めない覚悟でいたはずなのに目が覚めた。
かと思えば空を飛んでいた、なんて……さぞパニックになっただろうな。
「で、驚いた拍子に空から落ちたってことか。森の木がクッションになって助かったのかもしれないな」
「きっとそうなのでしょうね。でも皆様が助けてくれなければ、今頃はあの猪のお腹の中にいたはずですから……改めてお礼を申し上げます。事情は分かっていただけたでしょうか?」
「ああ、おおよそは分かった」
「私はすぐにでも国へ戻り、もう一度【生贄】としての役割を果たしたく思っております。既にお察しかもしれませんが、私はドライエント王国の第四王女です。なのでお礼は十分にお渡しできますので、どうか私を国へ送り届けてもらえませんでしょうか?」
女の子は自分の素性をあっさり明かし、俺へとお願いしてくる。
もし俺が悪人で攫われて身代金を要求されたら、とか考えないのだろうか?
その豊満なバストを独り占めしようとする、とか考えないのだろうか?
まぁ……自分を助けてくれた俺たちを信用しているのかもしれないが。
信用……か。
それには応えてやりたい。
が、応えて国へ送ると彼女は生贄としてその生命を散らしてしまう……。
いや、何を考えているんだ俺は。
彼女が降りたあとの責任までなんで俺が負わないといけないんだ?
俺は御者として人を目的地へ運ぶまでが仕事だ。
なら断っちゃいけないじゃないか。
この世界にはそんな法がないかも知れないが、乗車拒否は俺の中の法で禁じられている。
なら……決まりだ。
彼女のことは彼女自身が決めるだろうし、そうあるべきだから。
「……よし、わかった」
「そ、それではっ!?」
女の子は顔を輝かせて俺の目をじっと見つめてきた。
だから俺もしっかりと目を合わせて、そして約束をする。
「ああ、君を国まで送り届けると約束しよう。ただ、今は依頼を受けている最中だから出発は少し待って貰うことになるが……」
「か、構いませんっ! ですが先程もいった通り、私は【生贄】ですので皆様に御迷惑をおかけしてしまうかもしれません……」
「おい、あそこで倒れているキングボアが見えないか? 俺たちはちょっとやそっとの魔獣にはやられたりしない。それに俺は、乗客の安全は必ず守る。それが御者としての義務だからな」
「……っ! あ、ありがとう、ございますっ……」
そういって女の子は大粒の涙を流した。
ドラゴンに空から落とされ、森の中でキングボアに襲われ、天職のせいで一人帰ることもできない。
さぞ不安だっただろうな。
「ただ、一つだけお願いがある」
俺がそういうと女の子はハッとして緊張の面持ちで顔をあげた。
「名前、教えてくれないか?」
そんな俺のお願いを聞いた少女は呆気にとられたような顔をして……。
「リリア=ラ=ドライエントです、リリアとお呼び下さい」
そう名乗り、そして笑った。