第12話 採取と配達はきな臭い?
ゴンザさんに家具の製作をお願いした翌朝、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。
ちなみに昨日も馬車の中で寝たから少し体が痛い気がする。
ベッドが欲しいといっていた俺に、ジャックあたりは宿をとった方が、と言っていたけどそんな無駄な出費はしていられないからな。
昨日の昼過ぎに来た時は閑散としていたものだが、今日は結構な人が依頼掲示板の前に屯していた。
どうやら朝に新しい依頼が貼り出される事が多いようで、みんな割のいい仕事にありつこうと朝からおいしい依頼の争奪戦になる事もあるらしい。
そんな人の波を、併設された酒場で朝食を摂りつつ眺めていると、少しずつ波が去ってきた。
そろそろ俺たちも依頼を確認しに行こう、みんなにそう声をかけて掲示板の前に向かおうとする。
そんな俺たちに気付いた一部の冒険者からは「おい、変態だぞ」という声がちらっと聞こえてきたが気にしないでおく。
だって俺はもう変態じゃないんだからな。
さて、依頼掲示板を見てみよう。
割がいい仕事はさっきの人の波にさらわれてしまっただろうが……何かいい依頼は残っているだろうか。
「ご主人さま、これなんてどうかしら?」
「お、配達の依頼だな。確かに馬車がある俺たち向きではあるけど、このエイクスという村はここから近いのか?」
「ええっと、馬車をひきながら休みなく移動すれば夕方には。森を通れば早いかもしれないけど馬車があると難しいわね」
「なるほどな。そうなるとそっちで泊まるとして、帰ってくるのは明日の夕方か……それで報酬が銀貨五枚だとちょっと割がよくない気もするな」
この街にいつまで滞在するかは分からないけど、そんなに長居するつもりもないから短い時間で一気に稼いでおきたい。
「マスター、それではこちらはどうでしょうか?」
ジャックが一枚の依頼を指差した。
「なになに……キングボアの討伐?」
「ええ、キングボア程度なら我々にかかればさしたる危険はないでしょう」
「お、報酬は金貨十枚だと!? あ……でもこれダメだ」
そんな俺の言葉にジャックは落ち込んだ顔をした。
「ほら、条件が二つ星複数パーティ、もしくは三ツ星以上ってなってるぞ」
「なるほど。我々は星無しだからダメというわけですか。キングボアなどすぐに縊り殺してやれるものを……」
また物騒な単語を呟いているジャックは放って掲示板へ視線を戻す。
「マスター、こちらは如何ですか?」
ローズが選んだのは、常時依頼があるという採取の依頼だった。
「ロックスの森でマグウィードの採取か。これってどんなものなんだ?」
「ええ、確か薬草の一種でポーションという傷薬を作る元となる草です」
「でも十束で銅貨五枚じゃなあ……」
きっとこれは初心者の冒険者が小遣いを稼ぐためのような依頼なのだろう、と俺は思った。
「しかしこれには上限が書いておりません。ですのでワタクシとジャックの魔法で一気に刈り取って、馬車に積み込めばかなり量が運べるのではないかと考えたのですが……」
「ほう、それはいいかもしれないな。フィズ、ロックスの森まではどのくらいだ?」
「ロックスの森はこの街を出て少し行ったところよ。この街はその森を拓いて作られた街だもの。その森を抜けたあたりにさっきのエイクスがあるの」
なるほど、だからロッカ、ロックス、エイクスとなんとなく関連がありそうな名前なのかな。
「よし、じゃあその案でいこう。ついでにフィズの選んだ依頼も請ければ一石二鳥だしな」
「え、フィズの選んだやつ? いいの?」
「ああ。今日はロッカスの森で薬草を採取しつつ、エイクス村へ配達するって感じでいこう」
俺はそういうとその二枚の依頼書を掲示板から剥がして手にとった。
ふと見るとジャックが自分の選んだ依頼だけ採用されなかった悲しみに打ちひしがれていたけど、そっとしておこう。
まぁもしいつか三ツ星になれた暁にはキングボアを倒しに行ってやろう、そう思った。
「この依頼を請けたいのですが……」
ギルドのカウンターへ依頼書を持って行くと、昨日と同じ受付嬢さんがいた。
顔をひきつらせて、俺の持ってきた依頼書を受け取ると意外そうな顔をした。
「こちらでよろしいのですか?」
「え、どういう意味ですか?」
「みなさんとんでもない実力を隠されているようですのでてっきりドラゴンでも退治しに行くものかと……」
「いや、そんな依頼なかったですから。それにキングボアでさえランクの条件で請けられなかったのにドラゴンなんてもっと無理でしょう?」
「確かにそうでした。……まあ素材の買取はいつでもやっておりますので、ドラゴンを討伐した際には、その爪や牙などを是非当ギルドへお持ち下さい」
受付嬢さんは冗談なのか本気なのかよく分からないことを言いながら、俺たちの依頼を受理してくれた。
まぁ厳密にはマグウィードの件は、「持ってきてくれればその値段で素材として買い取るよ」という事だったらしく、依頼としては配達の依頼一つを受けた形になった。
冒険者ギルドを出て、配達依頼に必要な品を受け取るために街を歩いている時、ドラゴンについて尋ねてみた。
「空を飛んでるところを見たことあるけど、とんでもなく大きかったわよ!」
とはフィズの談。
「ワタクシたち魔族と竜族は共に憎しみあっている関係で反りがあいませんね」
とはローズの談。
「いつか必ずやマスターのためにその首級をあげて見せますッ!」
….これはもちろんジャックだ。
いちいち考える事が武闘派だな。
穏やかそうな執事然とした見た目からは想像ができないよ。
「すみませーん、冒険者ギルドからきましたー」
配達する品を受け取りに来たのは、街の中心から少し外れたところにある民家だった。
ややあって、家の中から声がすると扉が開いた。
招かれて中に入ると、お茶を一杯飲みながら依頼の詳細を聞いた。
年老いた自分の母がエイクスにいるそうで、その人に手紙と滋養の薬を届けて欲しいとのことだった。
品々を受け取ると、早速エイクスに向かうことにする。
依頼者の家を出るとジャックとローズの様子がおかしかった。
というか震えていた。
「マスター……味が、味が……分かったのです」
「ワタクシも……初めて味を、感じました」
そうか、二人とも感動に震えていたのか。
出されたお茶を無理矢理飲んでいたように見えたけど、あれで味を知ったと。
つまり石の体から人間の体になって、はじめて味を知る事ができたということか。
「これで、これでマスターに料理という物を作って差し上げられるッ!」
「ワタクシも共にお勉強いたしますっ!!」
フィズは元々食べられないこともないらしいからこれでみんな揃って食事ができるし、大変喜ばしいことだな。
そんなことがあったので、街を出る前にサンドウィッチ的なものを買った。
後で昼時にでもみんなで食べよう。
目的の森へは、昼過ぎあたりに着いた。
ささっと馬車を小さくすると、みんなを連れて森に入ることにする。
目的のマグウィードは森の浅い場所にも点在していたけれどより効率よく回収するため、マグウィードが群生しやすいという森の奥へと進んでいた。
そんな俺たちの耳に、危機を知らせるような悲鳴が届く。
「キャーッ!! 助けてぇぇッ!!」
おいおい、採取と配達依頼のはずだったのにいきなりきな臭くなって来たぞ!?
そんなことを思いながら俺は走り出した。




