第0話 御者(ぎょしゃ)という天職
工藤 駆はタクシードライバーだ。
いや……だった。
ペーぺーではあったが、将来は個人タクシーの資格を得て独り立ちするんだ、などという夢を持っていた。
社内でも運転が上手くて、サービスも上々だという評判の若手だったが、その日はちょっと様子が違った。
まず朝起きたら頭がクラクラ、目は何度こすっても霞んで見える。
昨日の深酒のせいか?などと思ったが、出勤の際に義務付けられているアルコール検査に問題はなかった。
そのうち治るだろうなどとたかを括って公道に出ると、その日は軽く流すだけでもすぐに客が捕まる入れ食いデーだった。
雨だったのもその一因だろうか。
目的地に着いて客を下ろして金を貰う。
それを何度か繰り返して数人目を降ろした直後だった。
やっぱりどうしても目が霞む、と目を擦ったカケルの目の前にガードレールが迫っていた。
慌ててハンドルを切るも間に合わず——。
* * * * * *
ここはどこだ?
カケルは自分の置かれている状況に戸惑っていた。
どうにもフワフワとした浮遊感があって、自分という存在を保つのが難しい。
自分が何者だったのか、どうしてここにいるのかもおぼろげだった。
もしかしたら俺は——死んじゃったのか?
カケルが心の中でそう問いかけると不意に声が響いた。
『ええ、そうです』
「うわ。びっくりした」
『女神です』
「あ、それはどうも。話が早くて助かります」
『驚かないのですね』
「まぁいろんな人がいましたからね。して、お客さん、行き先は?」
『強いていうならあの世、でしょうか?』
「かしこまりました! って……あの世はどっちでしたっけ?」
『……どうやら貴方はかなり前世に引きずられているようですね。そんな貴方にやり直しのチャンスをあげましょう』
「やり直し!? まさかやり直して今度こそ個タクに……?」
『個タクというのが何かは分かりませんが、貴方が望めば何にでもなれるでしょう。そう、勇者にでも』
「あ、そういうのは大丈夫なんで。やり直しかぁ……うーん、でもやり直せるならやっぱりまた人を運びたいな」
『人を運ぶ、ということならばやはり御者でしょうか』
「じゃあそれで! 俺は勇者なんかじゃなくてその御者っていうのになりたいです」
『そうですか……わかりました。それではあなたの【天職】は御者にしましょう』
「ありがたきしあわせ」
『ですが、これから貴方を送る世界は、前世の安全な世界とは違い、人を襲う魔物が跋扈するような世界です』
「ええっ!? 乗客の安全を確保できないのは困ります!」
『ですので、御者であっても多少の戦う力は必要かもしれません』
「お客様の安全を守るためなら、俺だって戦いますよ!」
『わかりました。では戦える力を授けましょう』
「ありがたきしあわせ」
『あとはこの鞭を差し上げましょう。使い方は————』
『——それから馬車も特別製の物を用意しましょう』
「え、馬車ですか!? そんなの乗った事ないですけど大丈夫ですかね?」
『あなたの天職はなんですか?』
「御者です」
『ならば大丈夫でしょう』
「そんなもんですか」
『そんなもんです。それではいってらっしゃい、そしていつか私を——』
こうして工藤駆というタクシードライバーは御者となって異世界に降り立ったのだった。
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