お石様
「さ、さて……そろそろ君のお宅に案内して欲しいかな」
学者さんが先に立ち直って動きだす。
僕は学者さんに何事も無かったかのようにうなずいて見せた。
二人のなんとも恥ずかしい時間は静かに終わった。
"こちらです"
僕がすすいと先導する。
学者さんがするるとついてくる。
学者さんは横に並んできた。
距離が心なしか近い気がする。
さっきあれだけしゃべったからか、学者さんは無言だ。
心臓がないのにドキドキする気がするのは何故だろう?
学者さんに研究してもらおうか……?
そんなあれやこれやを考えながら二人とも無言で進んだ。
けして嫌な沈黙ではなく、とても浮わついた時間だった。
――ヒトダマだけに。
しばらくいくと『僕の家』に到着したようだ。
"――ここ……だと思います"
そして。
なんて素敵な石だ!
光り輝いていますよ奥さん!
見てください、このカーブ!
この窪みがまたいい味出してる!
褒め言葉が次々に湧いて出てくる。
なんて素晴らしい場所だろうか。
ここでご休憩決定です。
はっ。
学者さんをお招きしなくては。
気に入ってくれるかな、マイハウス。
いざ、カモナマイハウス!
"どうぞお座りください"
「どうもありがとう」
学者さんは遠慮した素振りなく、僕の石に座った。
「はうん」
学者さんから何か変な声がでた。
思わず笑いそうになった。
笑ってない。
笑ってないよ。
"ど、どうしました?"
「や、すみゃない。いや、済まない。なにか変な感触だったんだ」
かんだ。
おもくそ噛みましたよ、先生。
変な感触?
こんな素晴らしそうな石なのに?
ぜーったい、いい感触のはずなんだ。
いくら学者さんが学者さんでも許しませんよ?
"えーっと、そっちに少しだけ寄ってもらえますか?"
学者さんに向こうに寄ってもらって、座ってみる。
ほわわーっ、すごく良いじゃん。
全然固くないし、ふわっふわじゃん、座ってないけど。
浮いてるだけだけど。
ここでなら瞑想も捗りそう。
学者さんはなにが問題だったのだろう?
"僕は大丈夫なのですが、やっぱり他人の石は合わなかったですか?"
「い、いや。さっきのは勘違いだった。とても座り心地いい石だよ」
ん、そうですか?
それならいいですけど、無理はしないでくださいね。
あ、そうだ。
さっき学者さんから聞いた、アレのやり方を聞いてみようかな。
"学者さん、さっきの家とか、物質を念じてつくる方法を教えて欲しいんですが、教えて頂けますか?"
二人掛けのソファーが欲しいんす。
モジモジ。
「さっきお茶を飲めたときのように、自分の中から自分の欲しいソレを取り出すようなイメージを持ってみて」
気持ちのこもっていないテンションでのアドバイスキター。
学者さんはお尻の下のお石様に夢中なようだ。
しょうがない、やってみます。
やる時はやりますよ!
おらーー!
イメージ力!!
で、出た?! 出た!!
「わ、一発目から凄いの出たね。これ、ソファー?」
学者さん、セリフだけ聞いたら何となくいかがわしい響きですね。
僕がいきなり成功すると思ってなかったのか、かなり驚いている。
「もしかして、二人掛けのソファー……? ボクもいっしょに座ってもいいのかな?」
"もちろんっす。その為だけに造りました! ぜひお座りください"
学者さんとソファーに移動してみる。
お石様は学者さんの足置きとしてお使いください。
わ、このソファーもいい!
我ながらニ■リにも負けてない気がする。
……学者さんはどうですか?
――はっ!?
二人掛けだとこんなに距離近いの!?
ま、まずいですよ。
間違いが起こりかねない距離です。
大至急、三人掛けの大きさに作り替えましょう――。
ああ、この距離ですね。
近すぎず遠すぎずですね。
ああっ!?
学者さんがなんかこっちに寄せてきた!?
あ、0.5人分の距離感ですね。
それくらいの距離がいいんですね。
よかった。
三人掛けソファーにして……。
学者さんはいつの間にか裸足になって、お石様と戯れてらっしゃる。
体は完全にソファーに沈めるように深く預けていらっしゃる。
少しこちらがわに体の向きが傾いてるので、僕に少しは心を開いてくれてるのだと感じて、とても嬉しい。
かすかに微笑んでもいらっしゃるようだ。
何かにうっとりとしている……?
"なにも無いところですが、いかがでしょうか……?"
「! いや、このそ、ソファー、凄いよね。なんというか、沈み込み具合が人間を、いや魂を堕落させようとしてくるね。すごいよ。ここで家具屋を開いたらどうだい」
"や、あ、ありがとうございます。あ、あと、足下の石もその位置でよかったみたいですね。感触を楽しんでいるようで。気に入っていただけたでしょうか?"
「!! あ、この石、君の石だったね。済まない、一人占めしていたようだ。君に返えそうか?」
"い、いえ、僕は足がないので、ソファーだけで"
「そ、そうか。なんというか、足湯につかっているような、足裏マッサージをしてもらってるような、そんな気分なんだ。すごいよ。君の石は」
"よ、よかったです……"
それからしばらく、二人でソファーに腰かけるだけの、何もしない静かに座っているだけの時間をいっしょに過ごした。
「ここはいいところだ。ここなら自分の家と同じくらい――だよ……ボクもここが好きだなっ、と!」
学者さんは何かお褒めの言葉を口にしながら、不意に立ち上がった。
いつの間にか裸足だったのがくつをはいている。
「君には次に進む為の準備の時間、ひとりになる時間が必要だろう。名残惜しいけど、ボクは戻るよ」
隣にあった学者さんの体温、いや、魂温が失われていく。
「君が次に進む準備が出来たらボクにも声を掛けて欲しい。それくらいは親しくなれたと思うんだがどうだろう?」
も、もちろんっす。
次に進む前に、学者さんの家に挨拶に寄らせていただきますね。
「……その必要はなくなったみたいだよ。ほら、もう君とボクの間には繋がりの"縁"ができたみたいだ」
学者さんが右手で何かを掬うと、何かキラキラとした細い糸のような光が見えた。
「次への準備ができたら、この"縁"の糸でボクにメッセージを送って欲しい。冥界にいる間は何処からでも伝わるはずだ」
なに、それ凄いですね。
「ボクがこの"縁"が出来たのは君で二人目だよ。――とても嬉しいな。君は初めてかい? ――それは、光栄だ」
学者さんの二人目……嬉しさとジェラシーの感情が同時に湧き起こりそうになる。
二人目でジェラるのが童貞らしいといえばらしいですが。
「この糸に向かって、必ず出発の時は知らせて欲しい」
"分かりました。必ず"
そして、学者さんは一度も振り返らず帰っていった。
僕はソファーから降り、石の上に移動する。
それから、一人きりの時間となった。
◆ ◇ ◆
僕はどれくらいここにじっとしていたのだろう。
この冥界には日付の移り変わりもカレンダーも存在しないようだ。
ひたすら長い間、飽きもせずにただじっと瞑想をしていた。
でも、そろそろその時が訪れたようだ。
何もせずじっと瞑想していただけなのだが、色々と準備ができた気がする。
自分に起きたことを直感的に例えて表現するなら、蝶の蛹が体を作り替えてるのに似ている様な気がする。
これは学者さんにレポート提出しなくては。
そうだ。
学者さんにお知らせしなくては。
えー、えーっと、コール、コール。
あ、伝わった気がする。
すぐに来てくれるような返事が来た気がする。
しばらくそのまま待って。
……来た!
学者さんが来てくれたよー!
学者さんが大きく手を振りながら駆け寄ってきてくれる。
ああっ、生前も含めて、僕の事をこんなに気に掛けてくれる初めての存在ですよ学者さんは。
「忘れないで声かけてくれてありがとう、準備できたんだね」
はい。
「途中まで見送らせてくれ」
はい。
「方角は分かるかい?」
はい。こっちです。
しばし僕が先導するが、また学者さんは並んできた。
距離がまた縮まっている気がする。
「そういえば、次に進む階段は魂毎に現れるんだよ」
並んで歩く。
「戻りたくなったらもどってきてくれよ」
その時はよろしくお願いします。
上に上がる階段発見。
じゃあ、いきます。
「最後に君の声を聞かせてくれないか。縁の糸では聞いたけども。今日はまだ直接聞けてないから。これでしばらくはお別れだから最後に聞かせてくれると嬉しい。まあ、君はしゃべらなくっても何考えているか分かりやすい顔(もう無い)をしてるけどね」
あ、念じて伝えるの忘れていた。
というか、伝えれなかった。
伝えちゃったら、泣き声も伝わってしまいそうで。
学者さんの方に向きなおる。
うん、眩しいっす。
でも、しっかり見ちゃうっすよ、最後だから。
学者さんが愛おしい。
なんだろう、この気持ち?
生前を含めても初めての気持ち。
説明できない。
というかたまらなくなっている。
本当に変な話だけど、学者さんに襲いかかりたい。
メチャメチャにアレな事をしたい。
どうしよう、もう離れた方がよい?
「分かるよ、君の考えてること。そのままボクに襲いかかりたくてたまらないんだろう?」
はわわっ、見抜かれてる(汗)
どうもスミマセン……。
もう、きらわれちゃったかな。
でも、抑えきれなさそうなんです。
「ボクの研究結果だと魂の状態は理性というものはないんだ。本能だけの存在なんだよ」
そ、そうなんですか。
「この冥界では君のしたいようにしていいんだよ」
え?
「大体、この冥界で君の今の状態になるということは、ボクの方も同じように君を想っているということなのさ」
そ、そんな、学者さんも僕と同じ気持ちで同じ状態なんですか?
「ボクも同じ気持ちということさ」
「この世界ではウソはつけないからね」
え、こマ? ま、マジくそん……?
超、嬉しいんすけど!?
「ボクの研究結果によると、冥界でこの状態になるのは二人の気持ちが通じあったときだけらしい」
「だから襲ってきていいんだよ」
ズキューーン!
前世から築き上げた僕の童貞ハートがぶち抜かれた。
もう襲っちゃいます。
で、でもどうやって襲ったらいいのやら?
僕には体が無いし、アレもついていないんです。
"襲うってどうしたらよいんでしょうか"
「ふふっ、やっと君の声が聞けたよ」
学者さんは苦笑しながら優しく微笑んでくれた。
「ボクにだってわからないよ。ボクだって君と同じ――、経験なんて無いなんだ。本能に身を――、魂をまかせて君がしたいようにしてみてよ」
学者さんは青い瞳を潤ませながら両手を広げ、挑発するような表情で僕を誘っている。
僕はもう本能のままに、彼女に突進していった。




