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STORY:003 The destiny of beginning

「早く離れて!」


 広がり出す『穴』を見て哀南(あいな)は叫んだ。雷斗(らいと)もまた、『穴』の広がりに驚き、言われた通りにその『穴』から離れ、哀南の横にまで移動する。


百鬼(なきり)、お前……あれの事について、何か知ってるのか?」


 鬼気迫る表情をする彼女に雷斗は尋ねる。


「君こそ、あの『穴』について何か知ってるの……って聞きたい所だけど、無暗にあの『穴』に近付いてるところを見るに、何も知らない様ね」

「そりゃあ勿論。生まれて初めて見たよ、あんなの」


 そう言って彼は広がりを続ける『穴』を指指した。


「ええと……百鬼、だっけ? お前、何か知ってるのかよ?」

「……知ってる事は知ってるわ。けれど、それは全部じゃない。私だって、あれについては知らない事が沢山ある。ただ知ってるは、あの『穴』から人を襲う『バケモノ』が現れる――それだけよ」

「……なんの冗談だ?」


 『穴』の向こうから『バケモノ』が現れて人を襲う? 何を言ってるんだ? と、雷斗は思った。


「まさか、『穴』を見ていて信じないとは言わせないわよ? 現に、今私達の目の前には『穴』がある。あれは夢でも幻覚でも無いわ。そして、あの『穴』から出てくる『バケモノ』も、何回も私は見てきたんだから」

「はあ」

「兎に角、君は早く此処から逃げて。巻き込まれたくなければ……というか、戦いの邪魔よ」

「……分かったよ、行きゃ良いんだろ行きゃ」


 ぶっきらぼうに告げる哀南から離れて、彼はその廃墟跡から出ようとする。その時、『穴』が一軒家はありそうな大きさにまで広がる。そして、周りにある木材やゴミが『穴』の中に吸い込まれていく。


「⁉ な、なにが起きてんだ⁉」

「わ、分からない……こんなの、初めてよ……!」


 哀南の灰色の髪も、『穴』に吸い込まれていく風に揺らぐ。『穴』は周りの物を吸い込んでいくと同時に、小さくなり始めていた。その反面、吸い込む力は次第に強力になっていく。

 

「ッ……! 君だけでも、早く逃げ――」


 哀南が雷斗に向かってそう告げようとしたその瞬間、ふわりと彼女の身体が浮かび、一瞬にしてその『穴』の中に吸い込まれていってしまった。


「な、百鬼……!」


 何とかその場で耐えていた雷斗も、吸い込まれる力には耐え切れず、ふわりと宙に浮けば、早いスピードで『穴』の中に吸い込まれていく。


「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 彼の叫び声は、響くことも無く『穴』の中に吸い込まれていく。遠ざかる日常の光景。彼はそれに手を伸ばすも、掴める訳がなく、無力に遠く離され、暗闇に飲み込まれていった。気が付けば、視界に映るのは果てしない暗闇、ただそれだけだった――。



 白銀の狼と灰かぶりの戦姫


 STORY:001 The destiny of beginning


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「――――――い……」


「―――――おい……」


「――――おい!」

「はいッ!」


 耳元で響く大きな声で、雷斗は直ぐに目を覚ました。驚きのあまり、彼は大きく跳ねて体を起こす。


「人に何回叫ばせたら気が済むの? 君は」

「わ、悪かった――って、この声……百鬼?」


 ふと横を向けば、そこには『穴』に吸い込まれていった百鬼の顔が目の前にあった。


「お前、『穴』に吸い込まれて――」

「近い」


 喋っている途中で、彼女は雷斗の顔を掌でグイッと押して離した。「痛い、痛いから」と雷斗は言いつつ、立ち上がって彼女から距離を取る。


「『穴』に吸い込まれた時はどうなるかと思ったけど、なんともなさそうだな、お互い」

「ねえ、そのセリフ……自分の周りの風景を見てから言える?」

「……? どういうこと――」


 雷斗は彼女にそう言われると、辺り一面を見回す。すると、その光景に彼の身動きは完全にフリーズしてしまった。

 彼らの居る場所――それは、現代日本のありふれた光景とは全く異なる別物の世界であった。そこは、赤い屋根に煉瓦で組み立てられた建物が立ち並ぶ、まるで異国の様な風景。地面もまた、白い煉瓦で舗装されており、踏み心地はアスファルトの大地とは全く異なる物であった。そしてもっと異様なのは、その建物が崩れていたり壊れていたりはたまた……燃えていたりと、何か大きな災いがあった後の様にも見えた。


「な……なんだよ、此処……」

「『穴』の向こう側の世界……の様だけど、どうもあの『バケモノ』共が住む世界にしては似合わない……わね」


 戸惑う雷斗に対して哀南は冷静だった。彼女は以前から、『穴』の向こう側……すなわち『バケモノ』の住む世界は、よくファンタジー小説や映画で描写される様な薄暗い荒廃した世界だと思っていた。が、しかし、今回『穴』に吸い込まれて来たこの世界は、想像とは全く違っていた。破壊されているものの、人が住んで居る様なこの風景や建物がある。恐らくこの世界は『バケモノ』の住処では無さそうだった。


「もしくは、この世界もまた『バケモノ』に襲われている世界なのかも……?」

「なんでお前はそんなに冷静でいれるんだよ……」


 ブツブツと呟く哀南に、雷斗は冷たい視線を向ける。

 どうやれば向こう側……元居た世界に戻れるのか……? 『穴』をもう一度抜ければ帰れるのだろうか? そもそも、この世界は一体何処なのだろうか……? 様々な疑問が雷斗の頭の中を駆け巡る。

 その時だった。ズン……ズン……と、巨大な何かがこちらに向かって歩いてくるような足音が二人の耳に入った。


「……な、何だこの音……何かがこっちに……」

「近づいて来てる……?」


 白い煉瓦の埋め込まれた道の遥か先、そこに足音の正体が見えた。それは、大型トラック程の大きさがありそうな巨体。それは徐々にこちらに近付いている。同時に、その巨体の詳しい容姿が目に入る。獅子の頭と腕、鷲の脚、背中からは鳥の翼にサソリの尾を生やした、正に『バケモノ』……例えるならば、アッカドに伝わる熱風の悪霊であるパズズの姿とそっくりであった。


「おい、百鬼……あれがお前の言ってた『バケモノ』か?」


 ツンツンと哀南の肩を指で突き、彼は尋ねる。ふるふると哀南は首を振って、ゆっくりと雷斗の方へ振り返った。


「……私は確かに沢山の『バケモノ』と戦った。――けれど」

「けれど?」

「あそこまでデカいのを見るのは初めてよ」

「……マジかよ」


 その時、パズズは歩みを止め、しっかりと二人の姿をその眼に収める。そして、大きく息を吸い込み始めた。


「なあ、何かやばくないか……?」

「ええ、言われなくても見れば分かるわ。ええと、白銀君。私の後ろに下がって」

「あ、ああ……」


 言われるがままに彼は哀南の背後に移動する。


「おい、何かその……策があるんだろうな?」

「馬鹿にしないでくれるかしら? これでも私は――魔法使いよ」

「……へ?」


 哀南から放たれた言葉に間抜けな声を出す雷斗。そんな彼の目の前で、哀南はスマートフォンを取り出し、キーボードに文字を打ち込んでいく。


「電印:『守』プラス『硬』プラス『広』」


 彼女の持つスマートフォンから三つの円が浮かび上がると、その円の中に彼女の打ち込んだ文字が表示される。刹那、パズズの口に炎が宿れば、それを一気に吐き出した。吐き出された炎が轟音を立てつつ周りの建物を燃やしながらうねって二人に向かって突き進む。


「火ぃ⁉」

「うるさい、黙ってて」


 三つの円が重なれば、それは大きな光のバリアとなり二人を囲む。二人目掛けて放たれた炎は、そのバリアによって防がれ、彼女たちを燃やさずに周りの建物を燃やして消え去った。


「百鬼、これはどういう……」

「見たら分かるでしょう? 魔法よ、魔法。このスマートフォンに打ち込んだ文字の現象を具現化するのが、私の魔法の力。さっきのは、『守』っていう守護魔法にエフェクトとして『硬』……つまり硬度の強化と『広』、二人守れるようにその効果を広げたのよ」


 そう言って彼女はスマートフォンをふりふりと振って雷斗に見せる。


「本当に、そんな事が……」

「さて、詳しい話は後よ。まずはあのデカブツを……」


 彼女は再び視界にパズズの姿を捉えようとする。しかし、彼女の視線の先には既にその『バケモノ』の姿が無かった。


「……あいつ、一体何処に……」と、戸惑いを隠せない哀南。一瞬でも奴から視線を離した自分を恨んだ。

 その時、偶然雷斗の耳に、バサッと翼が羽ばたく音が聞こえる。それに気付いた雷斗は恐る恐る上を見上げる。


「――――‼」


 そこには、翼を羽ばたかせ宙に浮かぶパズズの姿があった。そしてパズズは鋭い爪の生えた獅子の腕を振りかぶる。


「百鬼、上だ‼」

「‼」


 雷斗が叫ぶと同時に、パズズは二人に向かって滑空した。雷斗は哀南の背中を突き飛ばし、パズズのパンチを避けさせる。パズズの獅子の腕によるパンチは雷斗に当たらなかったものの、地面に当たった時の衝撃波で吹き飛ばされ、地面に転がる。


「グオオオオオオオオオオ‼」


 大きな牙の生えた口を広げて、パズズは鳴き声を上げる。耳障りな鳴き声を鬱陶しく思いながらよろめきつつ雷斗は立ち上がる。


「白銀君避けて!」


 突如、哀南の大きな声が聴こえる。「え?」と、その声に気付いた時には既に時は遅し。パズズの裏拳が腕に彼の真横にまで迫っていた。勿論、真横にまで来ていたその裏拳は避ける事が出来なかった。その拳は彼の脇腹に直撃し、一瞬にして内臓を破裂させた。口から大量の血が溢れると同時に、彼は吹き飛ばされてそのまま崩れかけの建物に突っ込んでいった。それは時間にして約一秒の出来事であったが、雷斗からしてみれば、とてもゆっくりと時間が流れた様な気がした。

 同時に、脳内にはこれまでの記憶が流れる。両親と妹に囲まれ過ごした日々や、両親を失ってから過ごした日々、そして妹すら失ってからの日々……これが走馬灯というのか、と雷斗は薄れゆく意識の中で思った。


「し、白銀君……そんな……」


 パズズの裏拳によって吹き飛ばされた雷斗は、崩れかけの建物に突っ込んだ跡、瓦礫の上でぐったりと倒れていた。口から血が溢れ、眼も虚ろになっていた。恐らく、このまま放置すれば死ぬかもしれないだろう。


「ッ……! 電印:『刀』プラス『大』プラス『突』!」


 彼女がそう言ってキーボードに文字を打ち込み、スマートフォンから円を浮かび上がらると、文字が表示されその三つの円は重なり、巨大な刀が現れる。そしてそれはパズズ向かって突っ込んでいく。が、パズズはいとも簡単にその刀を受け止めると、バキッと折って地面に放り投げた。


「嘘……でしょ……」


 彼女の使った組み合わせは、今まで多くの『バケモノ』を蹴散らしてきた、切り札と言って良い程の魔法である。しかし、それはパズズには傷一つすら付けられなかった。


「で、電印:『氷』プラス『槍』プラス『突』‼」


 次に彼女は氷で作られた槍を作り出すとパズズの顔面目掛けて飛ばす。が、それもまたパズズの放つ炎によって一瞬にして溶かされてしまう。そしてパズズは彼女目掛けてサソリの尾を突き刺す。それをかろうじて避けると、新たな文字を打ち込み、発現させる。現れたのは矢先に炎を宿した矢。それをパズズ目掛けて放つも、効果は無い。次に彼女は『水』と『槍』を組み合わせた魔法を発現させる。しかし、それすらパズズは口から放つ炎によって数秒で蒸発させてしまった。


 ――無力。

 

 彼女の脳内に、その二言が浮かび上がる。何度も何度もパズズに向かって渾身の魔法を打ち込むも、それは傷一つ付けることなくパズズによって受け止められてしまう。それから何分が経っただろうか。何度も何度も魔法を打ち込むも、それは結局意味を為さない。すべて、あの『バケモノ』には届かない。

 このままでは雷斗も助ける事は出来ないまま、この『バケモノ』すら倒せないまま終わるのだろう。彼女はふとそう思った。


 諦め。


 一瞬の気の緩みが、彼女の身体の動きを絡めとった。右足で地面に転がる石を踏みつけ、彼女は派手に転がる。辺りに散らばる瓦礫や破片が身体を痛ませた。漸く転がるのを止め、彼女は上半身を起こしてパズズを見る。パズズはゆっくりとその巨体を動かして、此方に向かっていた。哀南は立ち上がり、再び戦おうとする。が、鋭い痛みが彼女の右足の足首に走る。


「痛ッ……!」


 彼女はその痛みに思わず、声を上げてしまう。恐らくさっき石を踏みつけた時、捻ってしまったのだろう。彼女はスマートフォンを握りしめる。打ち込んだ文字を具現化する魔法を使う彼女だが、治療や回復といった治癒魔法は彼女は一切使えなかった。故に、彼女は自分の右足の怪我を直す事が出来ない。しかし、刻一刻とパズズはこちらに向かっている。

 その時、ホロリと彼女の目から涙が溢れる。

 それは、後悔か、悔しさか、哀しみか、それとも死への恐怖からか……。ボロボロと、大粒の涙が溢れ出していた。

 嗚呼、私は結局誰一人助ける事も出来ずに、見知らぬ世界で死ぬのか――と、思わず口から声が漏れる。そして、パズズは彼女の目の前で立ち止まる。そして、大きく息を吸い込み始めた。


「――嫌だ……死にたくない、私は……まだ――」


 パズズの口に炎が宿ると、彼女は小さく呟いた。まだやり残した事があるのだ。だから、死にたくない。死ぬ訳にはいかない……。しかし、運命というものは非常で、魔力も疲弊した彼女が助かる術はもう無かった。

 ……『奇跡にも近いただ一つの可能性』を除けば。


「待てよ」


 口に炎を宿すパズズはそんな誰かの声を聴いた。刹那、天空から紫色の神々しい雷がパズズ目掛けて落ちた――。


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