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STORY:001 Cross the fate[side L]

 時間というものは、誰にでも等しく流れる。老人であろうと、赤ん坊であろうと、男であろうと、女であろうと、人類であろうと、昆虫であろうと……この世界において、時間の流れは平等である。その平等な時間の流れの中で、どう生きていくのかは各々に委ねられるものである。自らの夢を叶え、人生に華を咲かせる者も居れば、一方で夢破れ、平坦な人生を過ごす者も居る。中には、夢も希望も持たず、ただ流れる時間に身を任せて生きる者も居る。少年は、そんな人生を過ごしていた。


 少年――白銀雷斗(しろがねらいと)は、自らの人生に夢も希望を持っていなかった。いや、持てなかったとも言うべきか。

 彼は元々四人家族だった。父・由人(よしと)、母・美由紀(みゆき)、そして一個下妹の光莉(ひかり)に囲まれ、平凡ではあるが幸せな生活を過ごしていた。しかし、ある時を境にそんな日常は破壊される。十年前、雷斗が丁度小学一年生の時両親は交通事故で死亡した。あれだけ自分達に愛情を注いでくれた両親は呆気なく死んだ。その事実は彼らの心に深いトラウマを作ったのだった。

 それ以来、雷斗達は祖母の家に引き取られる。しかし、偶然かそれとも『運命』と呼ぶべきなのか――三年前、妹の光莉が行方不明になった。忽然と、両親からの誕生日プレゼントであったお気に入りのスニーカーを残して。

 当初は警察により大々的に捜査が行われ、テレビやネットといったメディアで情報収集が行われたが、何一つとして有力な情報は集まらなかった。その後、ショックからか――祖母は病死し、齢十四にして彼・白銀雷斗は天涯孤独の身となったのだ。

 雷斗はそれ以降、何の夢も希望も持たずに生きてきた。どうせ持ったところで、両親や妹みたいに一瞬にして世界から存在が消されてしまうならば、意味が無いじゃないか。それが彼の心情だった。

 

 そして現在、白銀雷斗は十六歳にまで成長した。高校も、両親と祖母の遺産でなんとか通える事になり、普通の思春期の男子としては普通の生活が送れそうであった。友人も多く、恋人も出来――無かった。彼の心のトラウマはそう簡単には拭えなかった。

 彼自身が、友人等を作ることを拒んだのだ。もし、とても仲良くなったとして――再びそんな人を失ったらどうする? 何時、誰が一瞬にして消えるかなんて、誰にも分らない。だから、極力人と関わらずに生きていこう――そう、決めたのであった。

 故に、私立轟哭(しりつごうこく)高校一年四組において、彼は一人であった。三十名程のクラスメイトに囲われながら、友人と言える人物は誰一人として居なかった。しかし、それで良い。もう、傷付かなくて済む……彼は心から安堵していた。


 白色の校舎に、鐘の音が鳴り響く。そのチャイムは、今日の全ての授業が終わった事を示した。半数の生徒はそのまま部活へ向かい、残りの半分は家路を急いだり、塾へ向かったり、友人達と遊びに向かったりと様々であった。

 その中の一人――雷斗は机の中と上にある教材や筆箱をカバンに適当に入れると、椅子から立ち上がり、教室を出る。彼の耳の中で、周りのクラスメイト達の喋り声を何度も何度も煩く響く。「うるせえな」と心の中で思いながら、彼はさっさと急いで階段を駆け下りる。一階の廊下に辿りつくと、そこは比較的静かだったのでゆっくり歩き出した。


「うわッ⁉」


 ふとポケットから取り出したスマホを見た瞬間、誰かと思いっきり正面からぶつかった。雷斗は体格からか、転げる事は無くふらついただけだが、相手の方は思いっきり廊下に転げていた。


「お、おい、ぶつかって悪かったな、大丈夫か……?」


 雷斗がぶつかった相手に目をやる。倒れていたのはクラスメイトの百鬼哀南(なきりあいな)だった。雷斗はクラスメイトの殆どの顔と名前が一致しないが、彼女だけはやたら記憶に残っていた。まずは容姿だ。灰色の髪の毛に、まるで外国人の様な……というか殆ど外国人にしか見えない顔、蒼い瞳。それだけでもクラスメイトの中ではかなり目立っていた。

 そしてもう一つ、彼が彼女を覚えている理由がある。それは、やたら授業から抜け出すからだ。事あるごとに様々な言い訳で授業を抜け、忘れた頃に帰ってくるという、謎の行動をしていた。そういえば、今日も四時限目の授業の時に抜け出したのを思い出していた。一体こいつはいつも抜け出して何をやっているんだろうか? と、疑問だった。


「……こちらこそ。それじゃあ」


 哀南は小さく呟きすっと素早く立ち上がると、制服のスカートのお尻の部分をパッパと手で払い、そのまま雷斗の横を通って行った。その時、彼女の髪から香る甘い匂いが雷斗の鼻を擽った。


「……俺以上に不愛想だな、あいつ……」


 階段を駆け上がっていく哀南を見て、ボソッと雷斗は呟くと校門へ向けて足を進めた。


 十数分後――彼は高校の敷地から出ると、家に帰るために近くの商店街を抜けていく。此処、南城(なんじょう)町は東京の各区の中でもあまり発展していない地であり、それ故に昔ながらの店舗が多く過ごしていた。近くに大きなショッピングモールすらないので、南城町に住む多くの主婦や学校帰りの生徒はよくこの商店街を利用していた。

 エプロンを付けたままの主婦、ランドセルを背負った子供、そして見慣れない黒いジャケットを着た男女……様々な人が視界に映る。

 雷斗は財布を取り出し、中にお金があるのを確認すると古めかしい肉屋の店先で売っているコロッケを一つ買う。アツアツホクホクのコロッケを頬張りつつ、商店街を抜けようとする。その時、目の前に一匹の黒猫がちょこんと座っているのに気付く。

 その黒猫は――じっと雷斗の持つコロッケを見つめる。


「……やらねえぞ?」と、黒猫の視線に気付いた雷斗は少し後退した。すると、黒猫が雷斗に向かって突然飛び掛かる。思わず仰け反った彼は、拍子に持っていたコロッケを落としてしまった。シュタッと黒猫は地面に着くと、直ぐにそのコロッケを加えて狭い路地を走り去っていく。


「ふざけん……おい、待て!」


 黒猫の後を追って雷斗もまたその路地裏に向かって走って行く。

 荒々しく舗装されたアスファルトの上にゴミが散らばり、ひび割れた隙間から雑草が伸び放題になっている。そんな道を黒猫と雷斗は走り抜けて行く。

 はじめのうちは黒猫の速度に追いついていた雷斗だったが、相手は獣。人間である雷斗にはとても敵う訳が無く、距離を段々離されていく。そして、数分もしない内に彼の視界から消え去ってしまった。


「く、クソッ……」


 はあはあと激しく息をしながら彼は見知らぬ路地裏の一角で足を止めた。冬だというのに走り続けたせいか少し汗ばんでいる。


「……てか、此処何処だよ……」


 漸く息を整えて、彼は自分の周りを見る。古い、とても人が住んでるとは思えない木造住宅が経て並ぶ隙間にある、かろうじて存在する道の上に彼は立っていた。黒猫を追いかけていたせいで、知らず知らずの内に変に奥まで入り込んでしまったのだろうと彼は思った。

 たかがコロッケ一つだけに、何を必死になっていたんだ……と、心の中で反省しつつ、とりあえず彼は取りあえず来た道を戻る。しかし、来た道を覚えていたのは最初だけで、直ぐに彼はどの道を来たのか分からなくなっていた。右から来たのか左から来たのか……必死になっていた為それすら分からなかった。

 適当に右や左に曲がったり突き進んでから十分後、突然彼の視界が広がった。


「何だ此処……? 建物の、跡地か?」


 そこは、部屋毎に区切りしているであろうコンクリートの基礎と、腐って黒ずんでいる木片やゴミが散乱している住居跡だった。あまりにも古くなったから、それとも別の理由で取り壊されたのか……理由はどうであれ、取り壊されたのは明白であった。ふと、雷斗が視界に何か異変がある事に気付く。


「何だあれ?」


 それは、真黒に染まる謎の『穴』だった。それも、その穴があるのは地面や家の壁ではない。宙に、行ってしまえば『空間』に、ぽっかりと穴が開いているのだ。

 摩訶不思議な現象に、雷斗は恐怖しつつも好奇心に身を任せ、ゆっくりとその穴に向かって歩いて行く。するとどうだろうか、最初はバスケットボール程の大きさだった穴が徐々に広がってフラフープ程の大きさにまでになった。同時に、雷斗の身体にも異変が起きる。身体の奥底から手の先や足の先まで暖かくなる様な感覚がしたのだ。

 気が付けば彼は手を伸ばせば触れる事が出来る所にまで近付いていた。穴はフラフープ程の大きさから更に広がったりまた縮んだりと不安定になっていた。しかし、その穴の向こうを見る事は出来ず、漆黒が永遠に続いている様にも思えた。


「……俺の頭がおかしくなってんのか?」


 その穴を見つめつつ、彼は呟いた。確かに、目の前には穴が存在している。それも、宙に。漆黒の穴が。普通で考えれば空間に穴があるなんていう事は有り得ない。そうだ、きっとこれは何かの見間違えなんだ、目を閉じてもう一度開けば無くなっているかも知れない――そう思い、彼は瞼を閉じて、ゆっくりと開く。


「あるなあ……見間違えじゃないのか……」


 あった。

 彼の前の穴は、確かにそこに存在していた。夢や幻覚じゃないのなら、今自分の目の前にあるこの穴は何なんだ? と、彼は思いつつ一度穴から離れてみる。すると、不安定になっていた大きさが一定の大きさを保つ。もう一度近付いたらどうなるのだろうか? そう思って彼が穴に再び近付こうとしたその時、突如少女の声が響く。


「そこのあなた! 早くそれから離れなさい!」

「⁉」

 

 突然の声に驚き、彼は振り返る。すると、そこには同じ学校の制服を着て、スマホを片手に立つ少女の姿があった。


「驚かせるなよ、いきなり……」


 同じ高校の少女である事を確認すると、彼は大きく溜め息を吐いた。


「君は……白銀雷斗……⁉」

「……⁉ なんでお前、俺の名前を――」


 少女が自分の名前を口にし、雷斗は驚く。そして、彼はよくその少女を見る。すると、ある事に気付く。灰色のロングヘアに、ぴょこんと伸びるアホ毛、そして外国人にしか見えない顔に蒼の瞳、彼女の名は――。


「お前は、確か百鬼哀南(なきりあいな)……」





 天魔戦争

 白銀の狼と灰かぶりの戦姫


 STORY:000 Cross the fate[side L]

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