別れるなんて許さない
私は、泣かなかった。
その光景に呆れこそすれ、怒りも悲しみも浮かんでこなかったから。
「はぁ……」
呆れすぎて溜息が出てしまった。
それが聞こえた私を呆れさせている馬鹿1号は、得意満面に言い放った。
「今更後悔しても、もう遅い!」
踏ん反り返り、偉そうにしている馬鹿1号もとい私の許婚であった男。
何を勘違いしているのか『ふふんっ』と効果音がつきそうなくらい天狗になっている。
いえ、こんな馬鹿と同列に語るのは天狗がかわいそうか。
「ごめんなさい、クレア様。貴方の許婚と知っていたのに……」
馬鹿1号の隣に立っていた馬鹿2号がこれまた勘違いをして言葉を紡ぐ。
私に対する敬意があるんだか、ないんだか。
無いが正解かな?
それとも敬語を話せない言葉が不自由な人なのかしら?
涙ぐむような演技を馬鹿2号が見せると、馬鹿1号がこちらを睨む。
私を睨んでも……何も解決しませんよ??
――――――――――
つい今しがた、私は許婚という立場を否定された。
親同士が決めてすすめており、許婚であり婚約者というのが馬鹿1号と私の関係だった。
私の家は侯爵とはいえ、伯爵位に落ちそうな状態。その状態を打破したい。
馬鹿1号の家は伯爵位だが、さらなる地位のために侯爵位との繋がりがほしい。
両家の思惑はそういったところ。
私達が結婚することによって、win-winな関係になれるはずだった。
完璧なる政略結婚。
それを何を勘違いしたのか、馬鹿1号は、私が一方的に好意を寄せていると思っているらしい。
だから、婚約までさせられたと。
馬鹿2号は、それを鵜呑みにしているらしい。
馬鹿どもは悲劇のヒーロー・ヒロインかのように自分に酔っている。
アホかと馬鹿かと。
しかも、馬鹿1号が選んだ女は男爵家の娘。
家の事を何も知らない、考えていない馬鹿だと露見した。ので、丁重に婚約破棄を行なってさしあげた。
馬鹿どもは口先だけで何も手続きをしていなかった。
馬鹿が露見した時点で我が侯爵家は、百害あって一利なしと判断し、伯爵家ごと切った。
幸い私にはいい縁談があり、それを受けることができた。
新しい婚約者はとても良い人で、私は初めて恋という感情を知ることができた。
――――――――――
さて、馬鹿どもの顛末だが……
今も彼らは付き合っている。
馬鹿1号は、伯爵家から絶縁を言い渡された。
馬鹿2号は、男爵家での扱いは最低になっていた。
馬鹿2号の方は、伯爵家の息子を落とせたので幾分かマシな扱いだ。伯爵家への体裁のために、ある程度取り繕っている。
馬鹿2号は、伯爵家の者でない馬鹿1号と別れたいらしい。
馬鹿1号はそれに縋り付いているといったところだ。
馬鹿2号には感謝しているが、我が愛しい婚約者に馬鹿1号が付き纏わないとも限らない。
馬鹿は馬鹿同士、このまま別れずにいて貰わないと。
「別れるなんて許さない」
すべては愛しい婚約者――クレアの笑顔を守るために。
新しい婚約者も一癖ありそうな人物に。
侯爵令嬢とその新しい婚約者の名前だけ考えました。
新しい婚約者は、名前を出せませんでした。無念。
作中で散々馬鹿にしてしまっている方々の名前を決めるのは、憚られまして……結果、このような呼び方になりました。
誤字脱字を修正しました。2019年2月3日