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がめついパイロット

がめついパイロット 守護者の鎧

作者: 電子紙魚

 小柄だがたくましい少年が葡萄酒の入った樽を抱えて倉庫に持っていく。

 樽は少年の背丈ほどもあり、膨れている中央部は少年が2人入りそうだった。

 まるで空のように軽々と持っているが、ワインで満ちていた。

 樽の横には樽の半分ぐらいの大きさの壺があった。

 一所懸命に働く。商談をしていた主人のニキータが戻ってきた。

「アドリアン。お前は何を運んでいる?」

 ニキータの問いに、足を止めた。「お言いつけ通りに壺を運んでいます」

 ニキータが問うた。「それは壺か?」

 抱えている樽を眺めて、「樽だと思います」

 ニキータがあきれ顔になった。「俺は壺といったよな。どうして樽を抱えている?」

 やっと気づいたアドリアンが樽を下ろした。「旦那様申し訳ございません」

 謝る少年に、「運んだ樽をここに戻せ。改めて壺を倉庫に入れろ」

 大きなため息をついた。アドリアンが仕事を終わるまでその場で見張っていた。

 ニキータが1人でカウンターに座って飲んでいた。

 商人仲間のルスランが隣に腰かけた。

「浮かない顔してどうしたい?。へまでもして損をしたのか?」

 ルスランに顔を向けて、「ドジなんか踏むかよ。使っている奴隷のことでな」

「あの力持ちの坊主か。何かやらかしたか」

「麦の入った壺を倉庫に入れろと命じたんだが、なぜか途中からワインの入った樽になってやがった。

ずっと見張って間違えそうになったら指摘しないと駄目なんだ。仕事が全然はかどらない」

 ルスランがエールの入った陶器のコップを干した。

「それはご愁傷さまだな。だがあの坊主は力もあるし、陰ひなたなく働くし、いい奴隷だと自慢していなかったか?」

 アドリアンもエールを飲み干し、お代わりした。

「まぁそうなんだけどな。俺は1人で動くから命じたことをきっちりできるほうがいいな」

 ルスランの目が輝いた。「だったら俺んところのフョードルと交換というのはどうだ?」

 アドリアンが伸びかけた顎髭を撫でた。

「使ってみきゃ分からんこともあるから、このキャラバンが解散するまで仮契約にして、

お互いに納得したら本契約というのなら同意するぜ」

 立派な頬髯を撫でつけて、「よかろう。仮契約成立だな」

 翌日からアドリアンはルスランのところで働くようになった。

 ルスランには妻と2人の息子がいた。3人とも働いている。

 2人の息子はまだ自分で判断できない。ルスランか妻のタチヤーナの指示に従う。

 息子たちの監督で力仕事をするのが奴隷の役割だった。

 1人で2人分の力があるアドリアンは歓迎された。

 文句を1つもこぼすことなく黙々と重い荷物を運ぶ。

 前からいた奴隷は2人残っていたが面白くなかった。

 これまではフョードルがすぐに音を上げたので手を抜けた。

 逆になって追い立てられるようになった。

 2人の仕事量が減っているのだがそこまで気が回らない。

 休み時間にテントの陰にアドリアンを連れ込んだ。

 小さい方の奴隷が最初にアドリアンの腹を殴った。

 大きい方がつき飛ばした。尻もちをついたアドリアンを蹴ろうとした足が途中で止まった。

 手で足先を捕まえていた。後ろに回った小さい方が背中を蹴飛ばした。

 身体を丸めて後頭部と襟首を両手でかばった。

 アドリアンを2人の奴隷が背中や手を蹴飛ばした。

 苦悶を漏らすことなく耐え続ける。兄が見つけて暴行を止めた。

 ルスランは腕組みをして土の上に座らせた2人の奴隷を見下ろしていた。

 言い分は理不尽で怒鳴りつけたかったが、喉元で辛うじてとどめていた。

 罰することはできるが、重くても軽くても遺恨が残る。

 軽ければいじめは続く。重ければ2人は仕事をしなくなる。

 移動中でそんなことになれば仕事が滞る。刑罰が決められない。

 凸凹コンビはそれぞれ10回ずつ鞭うたれた。

 アドリアンには青あざと打撲傷だけで荷物運びができた。

 キャラバンからやや遅れてルスランたちは移動した。

 ジャンは軽く舌打ちした。仲介屋がまた殺された。

 仲介屋がいなくとも仕事は続けられるが、依頼人は激減する。

 受ける依頼は100の内1つ以下しかない。

 それだけ仕事がなくなる。集められる金貨が減る。

 金貨の回収のために案内人をしている。転職をすることになるかもしれない。

 案内人以上に金貨が集められる仕事に心当たりがない。

 かといって反撃も許されない。右の親指の爪を噛んでいらだちを紛らわせていた。

 歩き出した。地上ではなく空中を歩いている。

 ぶつぶつとつぶやきながら歩く。目は開いているが何も見ていない。

 自分の殻に閉じこもっているようだ。プロジェクトが失敗してもいいが、責任は回避する。

 契約の穴を探そうとしていた。パッと顔色が明るくなった。

 商売旅行が終わり、ルスランとフョードルは拠点となっている町に戻った。

 2人とも奴隷の交換を本契約とした。小さなトラブルはあったが期待通りの働きをしていた。

 ルスランは次男とアドリアンを連れて再びキャラバンの一員となった。

 前回に仕入れたものを別に町に売りに行く。

 次の町には魅力的な商品がない。売るだけになる。

 次回のために妻と長男には仕入れを任せた。

 商売は順調に終わった。買うものはなかったが、仲間の荷物の一部を請け負った。

 慣れない商品に手を出すよりも楽だし、あとを考えずにすむ。

 儲けた金で商品を仕入れさらに儲ける。店を大きくするのが商人の夢だ。

 翌日には町につく地点で野盗に襲われた。

 ルスランも次男も殺された。生き残ったのは荷車の横で小さく丸まっていたアドリアンだけだった。

 とぼとぼと歩いて町に戻った。ルスランの死亡を夫人に伝えなければならない。

 町は襲撃を受けてあちらこちらが壊されていた。

 ルスランの商店は焼け落ちていた。ルスランの店だけでなくほとんどの店が焼けていた。

 ルスランの妻と長男は店を守ろうとして殺されていた。

 2人のサポートのために残ったはずの凸凹コンビがいなくなっていた。

 奴隷は主人が死ぬと物と同じで相続される。

 ただし、奴隷が主人を殺した場合は理由の如何を問わず処刑される。

 正当防衛はない。そもそも奴隷に人格は認められない。

 人権はないが財産権はある。ためた小遣いは自分のものだ。

 基本的に奴隷は財産なので主人は大切にする。

 自分のものをどうするかは主人次第。役に立てば金ももらえる。

 その金で自分を買い戻せる。気に入られれば解放されることもある。

 相続者がいない場合、正規の手続きを経れば奴隷でなくなる。

 逃亡は処刑される。アドリアンは知り合いを探した。

 またまた町を離れていたニキータが見つかった。

 ルスランのことをたどたどしく説明した。

 家が貧乏で売られたぐらいなので、まったく教育を受けていない。

 さらに集中力がなく、関心事が別に移ると前のことを忘れてしまう。

 そのこともあって話があちらこちらに飛ぶ。ニキータも聞き取るのに苦労した。

 不明な点は幾度も質問し、ようやく理解してがくりと肩を落とした。

 ルスランには駆け出しのころに面倒を見てもらった。

 兄貴のような存在だった。美味しいご飯を食べさせてもらったこともあった。

 兄弟も懐いて遊んだりもした。彼らを殺し、町を壊した奴が許せない。

 ニキータはルスランの店を確かめた。金庫が破られ金がなくなっていた。

 正規の手続きでアドリアンを解放した。

 生まれていから1度も自分の意志で何かをしたことがなかった。

 両親に従っていたか、主人の命令で動いていた。

 自主的に動けないのでニキータに雇われた。

 雇われたといっても給金は雀の涙ほどだった。

 せいかつは奴隷の時と全くといっていいほど同じだった。

 フョードルはアドリアンの幸運を羨んだ。

 交換さえなければ自分が自由になれた。逆恨みからアドリアンをいじめた。

 アドリアンはこれまでと同様に抵抗しなかった。

 身体を丸めて嵐が去るのを待つ。ニキータも打つ手がなかった。

 人的物的両面ともに町の被害は大きかったが、ニキータが中心となって復興に力を入れた。

 アドリアンは力仕事で協力した。がれきの片づけから、資材の運搬。

 人間重機となっていた。どこでも重宝される。うれしくて一層張り切った。

 町の復興にめどが立つと、商売に重きを置いた。

 もともと交易で成り立っていた。ただ、町を襲った連中は交易していた町も破壊していた。

 それらはまだ立ち直っていなかった。だが生きるためには食料がいる。

 作物が作れないところは買うしかない。金も奪われていた。

 交易は昔のように物々交換から再開された。

 10年を経て町は以前よりも盛んになった。

 有力者になったニキータはしきりに野盗の情報を集めた。

 アドリアンに武術を習わせたこともあった。

 剣や槍が使えるようになっても相手を目の前にすると動けなくなる。

 魔物などの人でないのなら無類の強さを誇るが、人にはからっきしだった。

 人とは戦えないが、キャラバンの護衛には人気があった。

 遠くまで足を伸ばすと1番の脅威は魔物だった。

 野盗も厄介だが、魔物のほうが数十倍も危険だった。

 魔物でも最強といわれるドラゴンを殺せなくとも退けてしまう。

 そんな強さを放っておく商人などいない。

 常に引っ張りだこで、町にいることの方が珍しくなった。

 アドリアンをニキータが呼んだ。「なぁルスランたちの敵を討ちたいと思わないか?」

 きょとんとした。頭上にクエスチョンマークがいくつも飛んでいる。

 気を取り直して、「世界王と名乗っている奴のことを聞いたことはないか?」

 頷いて、「人を殺している悪い奴らしいね」

「ああ、奴は魔物も使役していらしい。それも自分で生み出した魔物だ」

 関心なさそうに、「へぇすごいね」

 いらっとしてアドリアンの襟をつかんだ。

「そいつはルスランたちを殺した野盗の親玉だ。殺したいとか思わないのか?」

「でも人でしょう? 人は殺せない」

 ニキータの腕から力が抜けた。「やっぱりお前じゃ無理か。奴がまたやってくる。みんな殺されるんだ」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

「殺されちゃうのダメ。僕が守る」

「でもお前は人と戦えないだろ」

 もう一息とはやる気持ちを抑えていた。

 アドリアンは迷っていた。争うのは嫌いだが、人が死ぬのはもっと嫌だ。

「やってみる」両方とも生かすことを決意していた。

 ジャンはアドリアンを一瞥し、顔には出さず感心していた。

「それではこの方を守護者の鎧までご案内すればよろしいのですね」

 ニキータは重々しく頷いた。近隣すべての町から集めた金貨を投じる賭けだ。

 成功すれば周辺は世界王軍に蹂躙されない。失敗すれば命がなくなる。

 命と金貨を秤にかければ命のほうが重い。ましてや自分だけではない。

「ではさっそく出かけましょう」言葉が終わらないうちにジャンとアドリアンが消えた。

 アドリアンがふらついていた。足元がふわふわしていて定まらない。

 不定形な何かがアドリアンに迫った。うずくまった。

 近くにジャンの姿はない。アドリアンだけだった。

 不定形が増えた。アドリアンを囲む。ただ縮こまっている。

 彼方から腕組みして様子見していたジャンが口をへの字に曲げた。

 このままでは守護者の鎧は現れない。その前にアドリアンの心が死ぬ。

 指を鳴らして隠し続けていたものを出現させた。

 それは弱弱しい小さな光だった。光に照らされ包囲していたものが遠ざかった。

 アドリアンが顔を上げた。光に手を伸ばした。光の中に少女がいた。

「クラーラ。ごめん。人を傷つけたりしない」

 トラウマのようだ。「あなたがいなければあたいは死んでいた」

「でも怪我をして歩けなくなった。もっと早くおらが飛び込んでいたら」すがるような目になっていた。

「でもあの男に飛びついてくれたから怪我で済んだのよ」

 アドリアンが身を挺したことで死をまぬかれたようだが、

勇気を振り絞るのに時間がかかったのだろう。

 少女が続けた。「今は力があるじゃない。勇気さえあれば何でもできるわ」

「クラーラの時と違って力はある。絶対に守って見せる」

 アドリアンの決意で光が鎧になった。

 彼は世界王の攻勢を防ぎ多くの命を救った。


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