真なる美 真実の愛
夢学無岳様の『しろうと絵師による 「なろう小説」挿絵 製作日記』の「美少女さしあげます♡」企画に便乗しました。
なんと二作目書いてしまいました。
だって、夢学様の絵が素敵過ぎるんだもの(⋈◍>◡<◍)。✧♡
一作目はホラー、今回はヒューマンドラマ。
趣きはだいぶ違いますが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです♪♪
あるところに、氷川神社という神社がありました。
それは、小さいながらも、地元では名の知れた神社でした。
神主のひとり娘の名を澪といいます。
白く滑らかな肌にほんのりと桃色に色づいた頬、そして涼し気な瞳。いまだ少女と呼べる年頃ではありましたが、白衣をまとったその姿には、誰もが神々しいものを感じずにはいられませんでした。
実際、澪をひと目見たいがために神社を訪れる者もいるぐらいです。
澪は、まさに氷川神社の看板巫女でありました。
ある日のことです。
ひとりの若い女性が氷川神社を訪れました。
鳥居をくぐり、境内をとぼとぼと歩いていく女性。
その女性を見るやいなや、周りの人々はぎょっとしたあと、そそくさと逃げるように離れていきます。
それも仕方のないことかもしれません。
なにせ、その女性はたいへんに醜かったからです。
女性の身の上は大層哀れなものでした。
彼女は、生まれながらにして、お世辞にも可愛いといえる風貌ではなかったのです。
それでも、五体満足に生まれ、大きな病気をすることもなくすくすくと育っていきました。
しかし、年を経るごとに、日に日に増して醜さも際立っていきました。
それは、風貌だけでなくその心にも及びました。
自己卑下、妬み、嫉み、人と関わることに極度に消極的な心……。
ただ、そうなったのはなにも彼女のせいばかりではありません。
彼女がそうなったのには、そうさせた人々がいるのです。
それは、彼女の両親、そして周りの人々でした。
彼女の両親は、彼女の醜さを嘆き続けました。
なぜ、自分たちの娘がこんなにも醜く生まれてきたのかと。
両親が醜さを嘆くたび、彼女は自分自身を責め続けました。
なぜ、こんなにも醜く生まれてしまったのかと。
周りの人々から心ない言葉を投げかけられても、彼女はひとつの反論もしませんでした。
両親からすらも疎まれる自分を好きになってくれる人などあろうはずもないし、すべては醜く生まれた自分のせいなのだと、そう思っていたからです。
彼女の不幸は、これだけにとどまりませんでした。
痘痕です。
最も多感な中学生の頃に、彼女は痘瘡にかかりました。
治ってからも、醜い顔に拍車をかけるように、ぶつぶつとした窪みが顔中に残りました。
そうして、彼女はより一層ひどいいじめを受けるようになったのです。
こうして、まるで底の見えない泥沼にはまったかのように、身も心もどんどん醜くなっていきました。
大学を卒業した彼女は、卒業式を終えたその足で氷川神社を訪れたのです。
卒業できたこと、あるいは就職が決まったことに対するお礼参りなどではありません。
その逆です。
彼女は、神の前で恨みつらみをぶつけるために鳥居をくぐったのでした。
彼女は、その醜い風貌と根暗な性格が災いして、どこにも就職先を見出すことができなかったのです。
怒りと憎しみの炎を静かに燃やしながら境内を歩いていると、千早をまとった少女を見かけました。
それは、氷川神社の看板巫女である澪です。
その美しい姿を前に、女性の怒りと憎しみは頂点に達しました。
そして、その矛先を、あろうことか澪に向けたのです。
女性は隠し持っていた果物ナイフを抜き取りました。
それは、氷川神社のご神体を切りつけたあとに、その場で自刃する目的で持参したものでした。
ずかずかと足早に澪のもとへと歩み寄ります。それを、澪の美しい顔へと向けました。
澪は女性に気づくと振り向きます。
目が合ったと、女性は感じました。しかし、女性が思うような反応は、澪からはなにひとつとして得られませんでした。
澪は、女性の醜い姿を目の当たりにしても、その表情をひとつとして変えません。
それには、女性の方こそ驚きました。
自分を見て、驚いたり、顔をしかめたりしないような人には会ったことがなかったからです。
とっさに果物ナイフを突きつけてしまった女性が少しばかり思案していると、澪がその形のよい唇を開きました。
「いらっしゃいませ。ご参拝ですか?」
その声音もまた、まるで春風が吹いたように耳に心地よいものでした。
「……違う」
そう答えた自分のだみ声との違いに、女性は堪えきれずに涙をこぼしました。
なにに対して泣いているのか、女性にもわかりません。ただ、悲しくて悔しくて、どうしようもなかったのです。
くぐもった声を上げながら肩を揺らす女性を前に、澪はそっと女性の頬に触れ、白魚のような指で涙をふきとってあげました。
女性は驚きに目を見開きます。
なぜなら、いまだかつて自分に触れようとするような人には会ったことがなかったからです。
懐かしい……いや、もしかしたら初めて感じるかもしれない人肌の温もりに、心に溜まった垢が洗い流されるかのような思いでした。
――温かい……――
じんと心が熱くなるのを感じて、女性は再び泣きました。
「なにを泣くことがあるのですか?」
尋ねられ、
「私は、醜いから……」
女性は泣きながら答えました。
「醜い……? どうして?」
「白々しい! あんただってそう思っているんでしょう」
「あなたは醜くなんかないと思うわ」
「見え透いた嘘を言わないでよ! 自分で一番よくわかっているんだから。親だって、私を見ようともしない。私の体に触れようともしない。全部……全部、私が醜いから!」
その時です。ふわりと、女性の体を柔らかく包むものがありました。
女性は目を見開きます。
澪です。
澪が、女性を優しく抱きしめていたのでした。
「あなたは、醜くなどないわ」
春風のような声が澪の唇からこぼれます。
「神主である父が言っていました。悲しみや苦しみを知る人は、人に限りなく優しくなれる素質を持っている人なのだと。そして、神様は優しい人を愛して下さいます」
「……愛して……?」
「はい。あなたは、神様から愛されていますよ」
女性はその場に崩れるように座り込むと、声を上げて泣き続けたのでした。
「私は、あなたが羨ましいわ」
ふと、澪がそんなことをつぶやきました。
けれども、泣き続けている女性の耳には届きません。澪はなおもつぶやきます。
「あなたには、姿かたちをとらえることのできる目があるのだもの」
そう言ったあとで、ふるふると首を横に振りました。
――いいえ。もしも姿が見えていたなら、この人の本当の美しさに気づくことはできなかったかもしれないわね――
そう思いながら澪は、泣き崩れる女性を優しく見つめ続けているのでした。
氷川神社には看板巫女がいます。名を澪といい、なんといってもその美しさが評判を呼んでいるのです。
白い肌にほんのりと桃色に色づいた頬。涼し気な瞳。黒くしなやかで健康的な長い髪。白魚のごとき細く長い指。物腰も柔らかく、愛らしい笑顔に見る者はみな癒されました。
しかし、澪にはなにも見えません。
生まれながらにして、視力を落としてきたらしいのです。
だからこそ、澪には見えるものもありました。
人の悲しみや苦しみを知り、その人の本質を見抜く目を生まれながらに持っていたのです。
澪は、泣き声がやんだのを見計らって女性に手を差し伸べました。
女性は、おずおずとそれをとります。
「苦しいことがあったら、またいつでも氷川神社に遊びにきてくださいね」
そう言って微笑むと、女性の目にはまたひと滴の涙が光りました。
この涙は、決して醜いものなどではありませんでした。
女性は、ほんの少しではありますが、心の美しさを取り戻したのです。
澪は、ただ美しく愛らしいという理由だけで人々から愛されているわけではありません。
澪がたくさんの人々を愛することができるからこそ、人々も澪を愛してやまないのです。
真の美とは、人を愛する時に生まれるものかもしれません。
どんなに見目麗しい人であったとしても、自分のことにかけた時間の多い人を、人ははたして真に愛してくれるでしょうか。
真に愛される人とは、人のために心砕き、自分のことよりも人のことを想う時間の多かった人ではないでしょうか。
澪には癒しの力がありました。
それは、人のことを思いやり、人のことをよりよくしてあげたいと思う力です。
その力ゆえに、まだ少女であるにも関わらず、澪はたくさんの人々から必要とされ、慕われ続けているのでした。
近頃は、束縛することをもって愛と勘違いしている人々がいます。しかし、本当の愛とは、押しつけなどではなく、春風のように爽やかな心持ちで人を思いやることであると思うのです。
澪のように、たくさんの人々を愛し、そして愛される人間になりたいものですね。