異世界で孤児院になった俺だが、誰一人旅立たせない件
俺は異世界で孤児院になった。
院長になったとかではない、本当に孤児院そのものになったのだ。
今、俺は耳の長い種族とか喋る人狼みたいなのがいる、どこかの国のボロっちい建物として存在している。
ここは今は廃棄された孤児院らしいのだが、どうも転生して建物になった際に色々な能力が付与されたらしく、今、俺は誰もいない孤児院の内装をせっせと自力で直している。
「この孤児院、誰もいないみたいだな」
俺が内部メンテナンスをしていると、入口に警告アラートが鳴った。
建物そのものである俺は、敷地内ならどこで何が起こっているか一瞬で分かるのだ。
そして、入口には小汚い男の子が、俺の体内に侵入しようとしていた。
恐らく浮浪児だろう。孤児院のドアは普段は開けっぱなしになっているから、雨風くらいなら凌げると思い、たまに侵入者がやってくる。
俺は速攻でドアを閉じ、鍵を掛けた。
いきなり目の前でドアが閉じたのを驚いたのか、男の子はドアノブをひねる。
無論、俺は絶対に開けたりはせず、男の子はしばらくすると不思議そうな表情で去っていった。
『悪いなのび太。この孤児院、美少女専用なんだ』
俺は誰にも聞こえる事のない声でそう呟いた。
今、このボロ孤児院をメンテナンス中だが一部しか綺麗に出来ていない。
そして、綺麗になっても美少女以外の孤児は断固として断る方針だった。
ビフィズス菌なら体内にウェルカムだが、悪玉菌はNGなのはみんな一緒だろう。
『ムムッ!? 美少女発見!』
しばらくすると、俺のテリトリー内に別の薄汚れた少女がとぼとぼ歩くのを感じ取った。
先ほどと違い、まだ年若い女の子だ。
随分と薄汚れているが、磨けば光るタイプである。
女の子は、うつろな表情で俺の孤児院の前を通り過ぎようとする。
この子は廃墟寸前の孤児院に入るつもりはないらしい。
だが、そうはさせない。
『捕獲開始』
俺がそう叫ぶと、両開きの扉が一気にオープンする。
その音に気付いたのか、少女がびくりとこちらを向く。
俺は、少女が驚いて逃げる前に迅速に次の行動を開始する。
『吸引』
孤児院の入口から、まるで掃除機のようにものすごい勢いで空気を吸い込む。
もちろん、少女を吸いこむのが目的だ。
「いやああああああ!?」
少女は何が何だか分からず困惑しているようだが、ろくに抵抗も出来ず吸い込む事に成功した。
そして、少女を孤児院の中に取り込むと、速攻で入口を閉じて鍵を掛ける。
「な、何なの!? 出して! ここから出して!」
少女がドアをどんどん叩くが、その程度ではびくともしない。
さて、近付いて様子を見ると、顔もやつれているし身なりもボロボロだ。
まずは彼女を綺麗にしてやらねば。
『清掃開始』
俺の声が彼女に聞こえる事は無い。悲しいが仕方ない。
だが、孤児院である俺は、孤児たちを幸せにせねばならない使命がある。
使命感に駆られ、俺は廊下のベルトコンベアを発動させる。
元々は板張りだったのだが、カスタマイズして楽に移動できるようにしたのだ。
「いやああ! 床が勝手に!」
コンベアというものを知らない少女は、必死になってドアの方に走るが俺のローラーの方が早い。
じりじりと、少女を俺の内部へいざなっていく。
その動作は、蛇が飲みこんだ獲物を胃の中に送り込むのに似ている。
少し手間取ったが、俺はそのまま少女を孤児院の奥の部屋へ送り込む事に成功した。
「お、お風呂?」
少女が目をぱちぱちさせながら、目の前の光景を呆然と見つめていた。
少女の言うとおり、ここは身を清めるための浴場だ。
この辺りから重点的に作ったので、外装とか入口が幽霊屋敷っぽくて怖いのだ。
最終的にはお菓子の家みたいな外装にして、少女たちが近寄りやすいようにするつもりだが。
『さあ、存分に身体を洗いなさい』
俺はそう促すのだが、少女はお湯の張ったバスタブを見ても入ろうともしない。
それどころか、浴場から逃げ出そうと必死にドアノブを回す。
無論、鍵はかかっていて一方通行になっているので無駄だが。
『まあ警戒されるのも仕方ないか。あれをやるしかないな』
俺はため息を吐きつつ、『アレ』を起動することにした。
俺の命令を聞いた『アレ』は、待機モードから起動モードに切り替わる。
相変わらず少女は必死にドアノブと格闘しているが、不意に動きが止まった。
がしゃん、がしゃんという重苦しい足音に気付いたからだろう。
「オジョウサン、オセナカ、ナガシマス」
「い、いやあああああ!?」
少女が悲鳴を上げた。まあ、予想通りの展開だ。
目の前に現れたのは、べこべこになった大昔の甲冑だったからだ。
この孤児院の地下に捨てられていた奴を、俺が魔力を与えてリビングアーマーにしたのだ。
口の利けない俺の代わりに動いてくれるドローンみたいなものだ。
『その子を綺麗に洗ってやれ。傷つけるんじゃないぞ!』
「セナカ、ナガシマス」
「やめてえええええ!」
恐怖に震えたままの少女の誤解を解くため、俺は人形に命令を下す。
人形はいかんせん武骨なので、少女の服を無理矢理破るように脱がす。
まあ、もともとボロ布だったので着替えはちゃんと用意してあるのだが。
そして、すっぽんぽんになった少女を、人形がたどたどしい手付きで洗っていく。
本当は俺がやりたいのだが、建物である俺は見ている事しか出来ない。
少女は少女で、もはや抵抗する気すらないのか、されるがままになっている。
「キレイニナリマシタ」
「あ、ありがとうございます。も、もういいでしょう? ここから出して下さい」
湯あみが終わって身を清めた少女は、俺の想像通り、いや、それ以上の美少女だった。
確かに身は綺麗になったが、肉付きが全体的に悪い。
当然、このまま外に出しては悪い連中の餌食になってしまう。
『人形、その子を奥へ連れて行け』
「カシコマリマシタ、デハ、イキマショウ」
「こ、これ以上私に何をしようっていうんですか!?」
人形が少女を無理矢理羽交い締めにし、さらに奥へと連行する。
少女は、必死になって逃げようとするが、鉄の塊に捕まってはどうにもならない。
そして彼女が連れてこられたのは、この孤児院の一番奥にある院長室――つまり俺の部屋だ。
『やあ、綺麗になったね。お嬢さん』
「ひいっ!? お、お化け!?」
俺の姿を見るや否や、少女は青ざめた表情をさらに恐怖で歪めた。
院長室であれば、俺はホログラフ映像で姿を映す事が出来るのだ。
もっとも、上半身しか映らないし半透明なのだが、まだ改造中なのでこれで許して欲しい。
「怖がらなくてもいい。私はこの孤児院の院長。極めて無害な存在さ」
「い、院長の幽霊さんなんですか?」
「幽霊なんてとんでもない。まあ、これから君の事をずっと面倒見るから、君はただ安寧に日々を過ごしてくれればいい」
「これからずっとって……そ、そんな! 早く私を外に出して下さい!」
やれやれ。外回りはまだ手つかずだが、現代日本のテクノロジーを駆使した中心部は、恐らく世界で一番安全な場所だというのに。まあ、その辺はおいおい説明していくしかないだろう。
「君は何の心配もする必要は無いんだ。もう既に君の部屋も用意した。後はその人形が案内してくれるだろう」
「私の部屋って……そんなものいりません! 帰して下さい!」
「サア、イキマショウ」
荒療治ではあるが、このまま彼女を帰してしまえばまた元の黙阿弥だ。
俺は人形に命令し、少女を再び捕まえて強引にさらに奥の個室に移動させることにした。
「もう嫌あああああ! 怖いよぉ! ここから出してよおぉぉぉお!」
かわいそうに。あんなに怯えてしまって。
俺が普通の孤児院の院長だったらよかったのに。
でも、最終的に彼女の事を思えば、心を鬼にしたほうがいいのだ。そうに決まっている。
「ココガ、アナタノヘヤデス」
俺はホログラフを切り、人形の様子を見に行くことにした。
とりあえず三室分くらいは綺麗に整えてあり、埃一つ落ちないくらい清めてある。
周囲は真っ白な壁に覆われており、ベッドのみがある。
それ以外には、5センチくらいしか開かない格子窓が一つのみ。
ごめんな。まだ完全に整ってる訳じゃないんだ。
そのうち億ションくらいの部屋にするから、それまでは我慢して欲しい。
「な、なんなんですかこの部屋は!? まるで監禁部屋じゃないですか!」
「サア、ドウゾ」
「い、嫌です!」
「サア、ドウゾ」
「いやああああ! 誰か助けてええええええ!」
人形が少女を部屋に押し込み。そのままドアを閉める。
女の子のプライバシーがあるので、内側から鍵は掛けられるが、外からは掛けられないようになっている。俺なりの配慮って奴だ。
少女が部屋のドアを叩くが、落ち着くまで人形が外側から強く押し付けていたので、しばらくしたら聞こえなくなった。落ち着いたのか、あるいは体力が尽きたのか。
『人形。ご苦労だったな』
「イエ、マタナニカアレバ、ゴメイレイヲ」
そう言って、人形は再び地下に戻っていった。
俺が少女の部屋の様子を除くと、少女はベッドで寝てはおらず、隅っこで縮こまって泣いていた。
かわいそうに。慣れるまで時間が掛かりそうだ。
夜まで少女はずっとその体勢のままだった。
途中、人形に夜食を持っていかせたのだが、びびって近付こうともしなかった。
だが、深夜になると、ある変化が訪れた。
「……誰もいないみたいね」
声を殺しながら、少女がのろのろと立ち上がり、ドアに耳を当てる。
誰もいない事を音で探っているのだろう。
そして、少女は自室のドアを開き、足音を殺しながら廊下を渡っていく。
突き当たりには裏庭に出るドアがある。恐らく、あそこから脱出するつもりだろう。
少女の表情が緩む。俺が見ているとも知らずに。
そして、ドアノブをひねろうとして、まったく動かない事に少女は驚いたらしかった。
「あ、あれ!? 開かない!? 何で!?」
「ドウシマシタ?」
「ひいっ!?」
少女がオーバーアクションで、文字通り飛びあがって驚いた。
後ろには、闇の中から這いずり出してきたような甲冑人形が立っていた。
人形は不審者を見回る警備員の役割もしているので、0時を回ると大切な孤児たちを守るため、廊下の外で待機しているのだが、そういえば伝え忘れていた。
「な、何でもないです! 何でもないですから許して下さい!」
「……ソトニ、デヨウトシタンデスネ?」
「ち、ちが……」
「デヨウトシタンデスネ?」
「…………」
甲冑が問いただすと、少女はがたがた震えながらへたり込んだ。
まいったな。合成音声だからすごい無機質だ。
早い所アップデートして、もっと可愛らしい感じにしないとな。
甲冑の上にテディベアのぬいぐるみを着せて、女の子ボイスで喋らせられるようにしよう。
「ソトハキケンデス。サア、モドリマショウ」
「やめてえええええええええ!」
少女はまた人形に抱きかかえられ、自室に強制送還された。
人形を拳で殴ったりしているが、自動甲冑人形には全く効果が無い。
それから部屋で大人しくなるまで、例によって外側からドアを抑え込む。
「うう……私、これからどうなるの……」
少女はベッドの上に移動し、さめざめと泣いていた。
『何も心配する必要はないよ。安心して眠りなさい』
俺は少女を安心させるようにそう話しかけたが、残念ながら孤児院である俺の声は届かない。
確かに、こんな広い孤児院で、甲冑と二人きりでは参ってしまうだろう。
『……新しいお友達を連れてきてあげないとな』
俺はすぐにその考えに思い至った。
部屋はまだまだたくさんあるのだ。早く同い年くらいの女の子を連れてきてあげれば、仲間が増えて安心するだろう。
そう思い、俺はそのまま外に意識を巡らせる。
おっ、丁度いい感じに、孤児院の近くでゴミを漁っている女の子がいるじゃないか。
『捕獲開始』
俺は昼と同様に、孤児院の入口のドアを両開きにした。