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ソウジロウソウジロクゼロ

作者: 2K

 殺し屋。ガメルさえ払えば誰だろうと殺す。誰に頼まれても殺す。そんな貨幣主義者で血なまぐさい存在がこの剣と魔法の世界ラクシアにも確かに存在する。その多くが単独で活動し、その道のプロともなれば殺せないものは神々だけとも噂される恐怖の存在だった。冷血にして非道。彼らの活動の多くは闇に包まれている


「そんな闇の中の一人がこの僕、天才青年医師ゴーグルの大親友だっていうんだから困っちゃうわねぇ。共に冒険者を目指したはずの僕と彼、それがどうしてこんな風になっちゃったのかって、あなたはそれを聞くために、わざわざ予約の殺到するこの僕の診察の予約を取ったわけねぇ」


「ええ、写真を一枚お願いしてもよろしいでしょうか」と患者。最新式のマナカメラを携えた患者のその姿は、とてもこれから医師による診察を受けるためのものではなく、騒動についての取材をする記者のようだった


「どうぞ。なに、面白いじゃない。あとで頭に効くクスリでも出しておくわ。とは言え、その全てを語るならあと診察をあとざっと300回は診察を受けてもらわないと話せないくらいのものなんだけど、そうねぇ。それじゃあまず、僕たちの間に『彼女』がいたことから話を始めようかしら」


 クダン・セタ。なんてことはない人間の少女だったわ。まぁそれでも当時から変わり者な僕たちと行動を共にしちゃうくらいには変わり者でねぇ、冒険者のくせに彼女は戦うことをよしとしなかった。出来る限り、戦闘が起こらないように依頼を進めるというのが彼女の基本方針だった。それなのに、なかでも彼女が好きだった依頼は魔物退治や遺跡の探索なのよ。前者に至ってはどうあれ戦闘は避けられないというのが普通なんだけど


 彼女が何故、戦闘を良しとしないのかって?それは彼女が『自分を傷つけようとする存在』を病的なまでに愛していたからなのよ。動物、幻獣、植物、魔動機、魔神、蛮族、そして人族。彼女にとってその対象はなんだって良かった。痛めつけられるのが好きってわけじゃないらしいんだけどねぇ。彼女が言うには『私のような最低の人間を、無視しないではっきり敵として見てくれる存在がいるのが嬉しい』んだってさ。良くわかんないよねぇ、僕にもその感覚はわかんなかったさ。ソウジロウはどうだったんだろう。あいつもあれで、昔から好敵手を求めているところがあったからなぁ。案外、気が合ったのかもしれないねぇ


 そんな彼女は、そういう敵意を持ったモンスターたちに襲われるたび、その姿や特徴を克明にノートに描いてたさ。戦闘技術も治療技術も料理のハウツーもサバイバル能力も、冒険者としての技能の腕前はそこいらの素人より酷いくらいだったけどねぇ。絵と字だけは上手かったわ、あの子。いつか本を出したいとも言ってたしねぇ。魔物についてのデータ、能力を図鑑みたいに纏めた本を


 その夢は、結局かなわずじまいってお話さ


「…その女性、セタ氏はその後どうなってしまわれたんですか?」

 重い口調になる男に対して、ヘラヘラとしていたゴーグルは一瞬、顔を引き締める

「死んだ。とでも言うと思った?いやぁそれがねぇ…」

 再び表情を崩したゴーグルは話を続ける


 僕には、というよりこの世界の誰にも彼女の行方は分からないだろうさ。クダンちゃんは、その最期、愚かな魔神使いに召喚された魔神、その魔神使いさえも食らい、すべてのしがらみから解放された魔神とともに、どこかへ消えていったんだからねぇ。よりにもよって手負いの僕たちを助けるために、彼女は自分の身体ごとその魔神を、元いた世界に強制送還する術式を発動させた。その術式自体は、死んだ魔神使いが用意したものでその仕組みは彼女自身よくわかってなかったんだろうけど。はてさて魔神がいったいどこからやってくるのか、そんなことすら分かってない今の人類には、彼女の行方は分からない。『バルバロステイルズ』なんて洒落た名前をつけた彼女の本も、結局完成せず、まとめてあの世いき。せめてあの魔神達がやってくる世界が、平和で争いのない世界であることを切に願うばかりだわ


「そんな彼女の存在が、彼ソウジロウが殺し屋になったことと直結するとは思えないけれど、短い関係でもなかったしね。何らかの影響は与えてるんじゃないかな。たとえば彼が殺しをする時、その相手とまるで真剣勝負をするように正々堂々真っ向から戦いを挑むのは、案外彼女の独特な精神を引き継いでいるから、なのかもしれないわねぇ」


「この僕の女口調だって、そんな風に博愛主義と非戦主義を貫いた彼女の生きざまを、忘れないようにしてるから、なのかもしれないしねぇ」


 ゴーグルはそんな風に話をまとめた。その後少し物思いにふけったかと思うと「診察は終わりよ、次の患者が待ってるんだから、はやく出て頂戴」と冷たく男に言い放った

「もし、これ以上の話がしたいなら夜中にここに来ることねぇ。僕がベッドの上でその身体にじっくり、教えてあ・げ・る」


「…はい」患者の男の背中に寒気が走ったのは、冷たく言い放たれた一言目ではなく、ぬるくねっとりとした口調のその二言目だった

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