第5話 アネモネの秘密
今朝のキッチンにミカルの姿はない。
悪魔に食事は必要ない。
アネモネがいないなら作る必要はない。
いつも通り薬の調合をしていた。
いつも通り薬を村の人達に売る。
「あれ?アネモネはいないの?」
「親戚がいるのが分かって引き取られました。」
「そう、残念だけど…よかったわね。」
いつも通り笑顔で対応するミカル。
アネモネと妖精王が消えた場所にアスタロトがいた。
あの時、ミカルが暴走しかけた時…アネモネが止めた。
その時は近い…アネモネが必要だ。
あの様子だとアネモネを殺す様なことはしないはず。妖精の国の入口さえ分かれば…
「先生!ちゃんと食べないとダメだよ!!」
隣のおばさんがラザニアを持ってやって来た。
「ありがとうございます。」
いつも通り笑顔で言うと
「なんて顔してるんだい!やっぱりあの子がいないとダメだね先生は!」
「え?」
あ然とするミカル。
「あと、人間はね、食事をするの!だから食べないとダメなんだよ。」
隣のおばさんがニコリと笑う。
「え?…………!!」
「さぁ、お昼にするよ。」
テーブルにラザニアとスープが並べられた。
「…………。」
今、人間は…とか言ってたな。まさか…
「…そら隣に住んでるんだよ。食事してるかどうかは分かるよ。最初は少食なのかと思ってたよ。」
笑いながら話す隣のおばさん。
「…………。」
「先生が何者かは知らないけど……それでも私らの為に薬屋を継いでくれた。…本当に感謝してるんだよ。」
バレていた…
「……おばさんにはかなわないな。」
「そらあんたが小さい時から見てるからね。……あの子はどこに行ったんだい?もう手の届かない所に行ったのかい?」
「…………。」
「どこに行ったか分かってるんなら連れ戻しておいで!あんたにはあの子が必要だよ!」
「……でも…」
「先生、あの子が来てから楽しそうでいい顔してたよ。いなくなった今はひどい顔。せっかくの男前が台無しだよ!」
隣のおばさんがニヤリと笑う。
…楽しそうだった?自覚はなかったがそう見えていたのか……
「……ほんと、かなわないな。」
人間ではないとバレていた…でも変わらず優しくしてくれていた。
後で聞いた話だが、カルミアが亡くなってからぼくが村の市場に買い物に来ないのを村の人達が心配していたらしい。
隣のおばさんがぼくに頼まれたと言っていつも多めに買い物をしてごまかしてくれていたそうだ。
連れ戻しておいで!
アネモネは妖精の国にいるはず。
………妖精の国の入り口さえ分かれば。
……やっと、見つけた。
迎えに行くのが遅くなってごめんよ。
可愛い子……
誰かが頭を撫でながら言ってる……。
ミカルの声じゃない。誰?
アネモネが目を覚ますと見知らぬ男の人のひざの上だった。
……!!
誰!?驚きながら男の人から離れた。
「あっ、目が覚めた♪」
男の人が微笑む。
「やっと会えた、愛しい娘よ。わたしは妖精の国の王、君の父親だよ。」
…?…父親?わたしの父さんは人間…
「君の母親は子供のできない体だったんだ。そこでわたしが力を与えて君が産まれた。」
!!!…どういう事?
あれ?………血が出てない。
刺されたのに、治ってる。
自分のお腹を触るアネモネ。
「あなた。この子が混乱してるわ。」
妖精王の隣にいる綺麗な女の人が言った。
誰?
「おかえりなさい、可愛い子。わたしは妖精の国の女王、彼の妻よ。そしてここは妖精の国。怪我はわたしたちが治したわ。」
妖精の国!!
ミカルが言っていた?
……もう2度と帰れない?!
「おびえないで。大丈夫よ、ここにいればなんの心配もいらないわ。……声を出してもいいわよ。」
え?……声?
「ごめんなさいね、あなたの過去を見させてもらったわ。ここでは声を出しても大丈夫よ。あなたの力の影響を受けないわ。あなたが泣いても花は枯れない。」
……!!
「それにしても、人間の父親は酷いな!可哀想に」
アネモネの頭をなでる妖精王。
母さんが死んで間もない頃。
父さんに大事にしていたペンダントを取り上げられて悲しくて外で泣いた時、、、
周りに咲いていた花や草が枯れた…。
あれから自分の声を出すのが怖かった。
わたしが妖精の王さまの……娘?だから声に力が……宿った?
「…そういう事ね。あなたの声には魔力が宿る。彼が渡したペンダントが力を抑えていたのだけれど…奪われてしまったものね。」
「あれは目印でもあったんだ。おかけで君を迎えに行くのが遅くなったんだよ。でも大丈夫♪怪我も治った事だしここで楽しく暮らそう♪」
「さぁ、歌ってちょうだい、可愛い子。あなたの声を聴かせて…」
……歌?
小さな妖精たちがアネモネの周りに集まる。
クスクス
王のむすめ
クスクス
わたしたちの姫
クスクス
声を聴かせて
クスクス
歌いましょう
クスクス
妖精たちが穏やかな風にのせて歌を歌う
周りにいた小鳥のさえずりも聞こえる
アネモネの体が光る……
……自然と声が出る
…穏やかな、優しい声で歌うアネモネ。
アネモネの周りの草木が生い茂り花が開く
「まぁ、なんて美しい声。」
妖精王と女王がアネモネを見つめる。
ミカルはカルミアが残してくれた本を調べていた。
「うーん、妖精の国の入り口は………載ってないなぁ」
他の本を調べる。
「………載ってないな」
「やっとその気になったか、、」
アスタロトがミカルの後ろに立っていた。
「アスタロトか。お前、妖精の国の入り口の場所知ってるか?」
「知らん。だが見つける方法は思いついた。」
「え?!どうやるんだ?」
「知ってるヤツに案内させる…」
「…?…知ってるヤツ?」
アスタロトがミカルをじっと見る。
夜の森に少女が迷い込んでいた。
妖精たちが近づく。
クスクス
お嬢さん、どうしたの?
クスクス
道にまよっちゃった?
クスクス
「あなたたち、妖精?帰り道、分かるかしら?迷ってしまって……」
クスクス
案内してあげる♪
クスクス
こっちよ
クスクス
妖精たちは森の奥へと案内する。少女はついて行く。
「本当にこっち?森の奥に行ってないかしら?」
クスクス
大丈夫♪
クスクス
もうすこしよ
クスクス
森の奥に光が見える。
「……ここは?」
クスクス
ここは幸せの国よ♪
クスクス
一緒に行きましょう、楽しく暮らせるわよ♪
クスクス
少女の顔が無表情になる…
「………ここか。案外、簡単に騙されたな。」
少女の姿がアスタロトへと変化した。
!!おまえは!悪魔!!
「ミカル、ここだぞ。さっさと行け!」
気配を消して後をつけていたミカルが妖精の入り口へ向かう。
悪魔なんかに行かせないわ!
妖精の国の入り口を閉じようとする妖精たち
「閉じるな、扉ごと破壊するぞ!」
何ですって!!
「争いに来たんじゃない。あの娘を連れ戻したいだけだ。……妖精や妖精の国を傷つけるつもりはない。」
ミカルが妖精の入り口に入っていく。
「…アネモネ、どこにいる?」
妖精王が異変に気づく。
「……目ざわりなヤツが来たな。」
女王も気づく。
アネモネが不思議そうに妖精王を見る。
「あの悪魔ね。あなたがこの子を迎えに行った時、悪魔はこの子をすんなりと渡したのよね?」
「ああ。あっさりと渡したぞ、驚いたよ。…でも取り返しに来たのかもな。追い返してくるよ」
妖精王はミカルの方へ向かった。
女王は考える…
なぜ悪魔はこの子をすんなりと渡した?
渡してしまえば帰って来ないと分かっていたはず…
この子に飽きたとしても渡さずに魂を奪うことだって出来たのに。
この子を………救うため?
悪魔は利己的で合理的。なんの理由もなく人間を助けるわけないのに…
アネモネが妖精王の後を追いかけようとする。
それを止める女王。
「…待って、あなたに大事な話があるの…」
妖精の国の入り口の近くでミカルと森の番人たちが向かい合う。
「汚らわしい!今すぐ帰れ!」
「争いに来たんじゃない。アネモネに会いたい。」
「姫はお前などに会わない!帰れ!」
妖精王がやって来た。
「…何しに来た。目ざわりだ、帰れ」
「争いに来たんじゃない。アネモネに会わせてくれ…」
「あの子はわたしの娘だ。お前にはやらんよ」
「娘?…彼女は人間だ。」
「お前には関係のない話だ。さっさと帰れ。」
ミカルは動かない。
森の番人たちがゆっくりとミカルに近づく…
「やめて!!」
アネモネが走ってきた。
「アネモネ!!」
ミカルが驚く。アネモネがミカルと森の番人たちの間に割って入る。
「ミカルを傷つけないで!おねがい!」
森の番人が槍を下げる。
「…なぜです姫、そんな奴をかばうなんて、、」
アネモネがミカルの方を向く
「怪我してない?大丈夫?」
ミカルがアネモネを抱きしめる。
「アネモネ、よかった。生きてた…」
「……ミカル。」
妖精王がムッとする。
「何して…」
「あなた!…黙ってて!」
女王が妖精王を黙らせる。そしてミカルとアネモネのそばに歩いていく。
「わたしは妖精の国の女王。……悪魔、いえミカルだったわね。娘を救ってくれてありがとう。」
「女王、ぼくは、、何も出来なかった…」
「……あなたが彼にこの子を預けてくれなければこの子は死んでいたわ。」
「……彼女を守れなかった。」
「そんなこと、ないよミカル。」
ミカルの頬に手を伸ばすアネモネ。
そして妖精王を見る。
「…ごめんなさい。妖精の王さま、わたしミカルと一緒にいたい。」
妖精王が驚く。
「なんで?そいつは悪魔だよ!人間を食べるんだよ!」
「ミカルはそんなことしない。」
「ダメダメ!、そんなの……」
「あなた!!…この子が決めたのよ!」
女王が妖精王の言葉をさえぎる。
「彼女を食べたりしない。守りたい…そばにいて欲しい。」
ミカルが妖精王に言う。
「そんなの、信用出来るわけ…」
「あなた!!」
女王が妖精王の頬をつまむ。
「イタタタタっ!」
「…諦めなさい。あの子が決めたことよ…」
「……でも、アイツはあくまだよ~」
妖精王から離れ女王がアネモネの頭をなでる
「本当にそれでいいのね?…」
「……覚悟は出来てる。ミカルのそばにいたい…」
アネモネが女王を真っ直ぐに見る。
「…ミカル、アネモネの事お願いね。」
女王がミカルに言う。
「はい。」
女王が緑色の綺麗な石を付けたペンダントをアネモネの首にかける。
「…この石はあなたを守るわ。肌身離さずつけていてね。」
2人は妖精の国の入り口に向かう。
「……そう言えば、声出てるね、アネモネ。」
「この国にいる時だけなの。」
「そうなの?」
妖精王の娘である事、声に力がある事をミカルに説明した。
「そっか、声が出なくてもぼくはかまわないよ。…ぼくのそばにいてくれる?」
「…わたしもミカルのそばにいたい。」
おでこを合わせて微笑み合う2人。
妖精の国から出て森の中に出てきた。
「……うまくいったようだな。」
アスタロトが待っていた。妖精たちはムスッとしている。
どうして、出てきちゃうのよ~!
妖精の国で暮らした方が幸せなのに~
アネモネが妖精に微笑む。
いつでも帰ってきていいのよ。
わたしたちはいつまでも待ってるから♪
妖精たちは妖精の国へ入っていく。そして入口が閉じた。
「傷は治ったようだな娘。」
アネモネが微笑んでうなずく。
ミカルがアネモネを抱える。
「さぁ、帰ろう。」
アネモネが笑顔でうなずく。
つづく