第3話 2人の時間……アネモネの思い
ミカルは今朝もキッチンで悩んでいた。
昨日は塩が多かったみたいだな。でも昨日と同じメニューにするのはどうかな?……どうしようかと考えているとエプロンを付けたアネモネがやってきた。
「おはよう、ご飯はまだ出来てないんだけど……」
アネモネが袖をまくって手を洗っている。
「…手伝ってくれるのかな?」
アネモネが慣れない手つきで目玉焼きとスープを作る。ミカルがパンを焼いてどうにか朝食が出来上がった。
「このお皿をテーブルに運んでくれるかな?」
ミカルからお皿を受け取るとテーブルへ向かうアネモネ。ミカルはアネモネが作ってくれたスープをいれる。
ガシャーン!!!
食器の割れる音が聞こえた。音に驚きながらも急いでアネモネの元へ向かう。
つまづいて床に額をぶつけそのまま伸びているアネモネがいた。持っていたお皿は綺麗に割れていた…
何が起きたのかと唖然とするミカル…………コケて額を直撃?……段差も何もない場所なのに!?
「………ぷっ!、あははははははは!!」
起き上がって額をさすりながら大笑いするミカルを見て驚くアネモネ。愛想笑いばかりしているミカルか大笑いしている……
「あ、ごめんね。笑っちゃいけないね。大丈夫かい?怪我はない?」
ミカルは笑いをこらえながらアネモネの前髪をかきあげてぶつけた額を見る。
「……すこし、赤くなってるね。薬を塗っておこうか?」
ミカルの顔が近い。アネモネの頬が赤くなる。
「……ん?顔が赤いね、熱があるのかな?」
アネモネの頬が赤いので熱があるのかと思い自分の額をアネモネの額にあてる。ますますアネモネの頬が赤くなる。
「………熱はないようだけど、ん!?耳まで真っ赤だよ!!」
びっくりしたミカルはアネモネの手首を掴んで脈をみる。脈が早い!なぜだ?心音を聞こうとしてアネモネの体を自分に引き寄せて胸に耳を当てようとした時…
「それくらいにしてやれ……若い娘をいじめるな。」
アスタロトが無表情のまま言った。
「………?いじめる?誰が?」
ミカルは意味が分からずアスタロトに聞く。耳まで真っ赤になったアネモネがミカルの腕の中に倒れる。
「……アネモネ?!大丈夫かい?!」
「…お前が触りすぎるからだろ?若い娘には刺激が強かったようだな」
「………?…触りすぎ?」
ソファーに寝かされたアネモネが目を覚ます。10分ほど眠っていたようだ。
「…あ、目が覚めた?よかった、熱はないようだね。大丈夫?」
アネモネがうなづく。ミカルの顔が近かったので驚いてしまった。まだ少しだけドキドキする……
朝食を終わらせて片付けをしていると薬を求めて村人がやってきた。この村には若者は少ない。幼いアネモネに村人達が話しかける。
「アネモネっていうの可愛いねぇ~」
「後でマフィン持ってきてあげるね。」
「クッキー、焼いたんだよ。後でお食べ。」
村の人達に可愛がられて喜ぶアネモネを見て自然と笑顔が出るミカル。
アスタロトはその様子をじっと見ていた。
昼からもミカルが作業部屋で薬の調合をしていた。
「アネモネ、ちょっといいかな?」
アネモネが作業部屋をのぞきにいく。
「…ごめん、これと同じ物を庭から取ってきてくれないかな?」
ローズマリーをアネモネに渡した。アネモネはうなづいて庭に取りに行く。庭には鶏小屋と花壇がある。その花壇の中からローズマリーを探す。
クスクス
ねぇ~何してるの?
クスクス
クスクス
私達の声、聞こえるでしょ?
クスクス
どこからか声が聞こえる…辺りを見回すと小さな妖精たちがアネモネの周りを飛び回っていた。
妖精?
クスクス
やっぱり見えてるのね?妖精なんて無粋な言い方しちゃダメよ♪
クスクス
隣人さんとかお友達って言うものなのよ♪
クスクス
お隣さん?
背中に羽根のはえた小さくて可愛い妖精たちがアネモネのそばに寄ってくる。アスタロトと同じだ。心に思った事が読み取れるみたい。
悪魔なんかと一緒にしないで!!
クスクス
私たちとは別の世界のモノよ…同じに見ないでね♪
クスクス
ねぇ?一緒にお散歩しない?森の奥には綺麗な花がたくさん咲いていてとっても綺麗よ♪
クスクス
妖精たちがアネモネを誘う。
でも、この草と同じ物をミカルに持っていかないと…これを渡してからミカルが行っていいと言うなら行ってもいいけど。
あの悪魔が行っていいと言う訳ないわ。
クスクス
ずっと、あなたを閉じこめておくつもりなのよ
クスクス
今のうちに逃げ出さないと…
クスクス
妖精たちがささやく
……あのヒトは そんな事しない。
え?
妖精が聞き返す。
あのヒトは、ミカルはそんな事しない。無理やり私を閉じ込めるような事はしない。 ………あの火の海の中、必死に助けてくれた。
クスクス
アイツは悪魔…ただの気まぐれ
クスクス
きっとあなたをおもちゃがペットとでも思っているのよ
クスクス
そのうち食べられちゃうかもよ?
クスクス
…………そうだとしても、ペットやおもちゃだと思っていたとしても………あのヒトのそばにいたい。
妖精が不思議そうな顔をする。
どうして?あいつは悪魔よ…
…………どうして?理由は分からない。
でもそばにいたい……
幸せだった…父と母と3人で贅沢は出来なかったけど仲良く暮らしていた。母が病気で亡くなって父は生きる希望を失ってしまった…そして酒に溺れ、母がくれた大切なペンダントも自分も売られてしまった…
「…このペンダントはあなたを守るわ、だから大切に持っているのよ。」
緑色の綺麗な石のペンダント…母からもらった宝物。
「…お前みたいな貧祖な人間が神の生贄となるのだぞ、ありがたいと思え!」
カルト教団に売られ生贄にされそうになった。
…このまま、殺されるんだ…
そんな絶望の中で彼に出会った。火の海の中で抱えて走ってくれた。
「…大丈夫だよ。」
笑顔で言ってくれた。彼の後ろには黒い影が見えたけど。
……このヒトは人間ではない。
……でもそれでも彼のそばにいたい。
……ミカルのそばに。
「なかなか戻ってこないと思ったらうるさい蛾が飛んでるようだな。」
ミカルがアネモネと妖精の間に割って入る。
妖精たちがミカルを見て睨みつける。
「何の用だ?お前たちはぼくが嫌いじゃないのか?」
おまえには関係ないわ。私たちはその子と話しているのよ!
「……いつものように、言葉巧みに騙して妖精の国へ誘い込むのか?」
妖精たちが黙る。
「失せろ、喰われたいのか?」
ミカルの目が赤く光る。
ふん!今日は帰ってあげる。でもその子は私たちの子よ、かならず取り返すからね。………アネモネ、またね♪
妖精たちは遠くへ飛んで行った。
アネモネがミカルをじっと見る。
人間のフリをしている悪魔…この人はなぜ人間を助けているんだろう?
「そろそろお茶にしようか?もらったクッキーもあるし」
アネモネが笑顔でうなずく。
テーブルの上に紅茶とクッキーが並べられた。
「……妖精は見た目は可愛らしいけど人間を誘惑して妖精の国へ誘いこもうとするんだ。1度連れていかれるともう2度と戻ってこれない。」
「…………。」
連れていかれたら帰って来れない…こわいな。
「……ぼくが嫌いでこの家の近くには来ないんだけどね、おかしいな。なぜ君に興味をもったんだろ?」
「……?」
ミカルが嫌いなのにこの家の近くに来て私を誘いだそうとした。ただの人間の私を…でも私たちの子って言ってた、どうしてだろう?
「……そういえば、私たちの子って言ってたよね?」
ミカルも同じ事を考えていた。アネモネをじっと見る。普通の人間に見える。…どうして妖精たちはアネモネに目をつけた?
アネモネが紅茶を飲もうとして手が滑る。
「!!!」
床に紅茶がこぼれた。焦って半ベソになりながらミカルを見るアネモネ。
「………君、ちょっと、いや、かなりおっちょこちょい……なのかな?」
森の中で妖精たちが話していた。
どうすればいいのかしら?
あの悪魔の邪魔が入らないようにしないとね
クスクス
朝、狙うのがいいんじゃないの?
そうね、あいつが人間の相手してるうちなら……
クスクス
あの子が素直についてくるようにうまく丸め込まないとね、もう少し様子を見たほうがいいわね…
クスクス
妖精たちが話しているのをアスタロトが見ていた。目ざわりだな………喰うか? でも妖精に手を出して、妖精王が出てくると面倒だな。
その時が近づいている。……あの少女がいれば何とかなるかもしれない。わずかではあるがミカルの心が動き始めている。
今まで何に対しても全く興味を持たなかったあのミカルが…
つづく