if:映し鏡(HappyEnd)
イメージが崩れる可能性大な展開。まったく別の作品だと思ってお読みください?
――パサリ。そんな音を立てて目の前を覆っていたベールが落ちた時、私のすべては絶望に包まれた。ベールが落ちるまでの僅かな時間がとても長く感じられ、しっかりとした足元が崩れていく感覚にも縋りたくなるほどに…。
今日は国王陛下ならびに王妃様主催の舞踏会。
普段ならば絶対に参加などしないのだが、父は私が幼い頃になくなっており母も体調を崩した我がウェラー侯爵家では主だった貴族が酸化するこの舞踏会に参加できるのは私しかいなかったのです。もしも、弟のニコライが王太子殿下の招待を受けていなければ――過ぎたことを言っても今の状況が取り戻せるわけではないのですけど…。
どうしてもそれを言いたくて仕方がない。
「……あっ、あぁ………でん、か…!?」
何と言うべきか。
この場で私が殿下にかけるべき言葉は…?
きっと殿下は大層なショックを受けておられるはず!
(だって、私の顔は――)
王太子殿下ことハイドリヒ様は陛下主催――つまりは国が主催となるこの舞踏会に当然パートナーを同伴してやって来ている。
その女性はアウラ様。なんでも隣国のお生まれの女性だということで私も詳しいことは知らない。ただ、ここ数年殿下が公私を問わずに連れ歩いていることから殿下の意中の女性だという噂は聞こえてきている。そう、普段は屋敷に閉じこもっている私の耳にまでお二人の仲睦まじい様子が届くほどにお似合いなのだ。
――そんな女性と私の顔は瓜二つ。
会場の至るところから向けられる驚愕と困惑した様子を含んだ視線が私に突き刺さり、肌へとピリピリと伝わってくる。
それはそうだろう。滅多に公の場に姿を現さない――現しても常にベールで素顔を隠している――ウェラー侯爵家の令嬢が姿を現しただけでも多少の注目は浴びるというのに、その女性が今や次期王妃と噂される女性と瓜二つの顔をしているのだから……。
貴族というものは常に情報の中で生き抜く人種。彼らに、好奇心を抑えろと言うのはあまりにも無理な話だった。
ただ、猫どころか獅子でさえも殺してしまいそうな好奇心を持つ彼らもこの場では迂闊に追及することはできない。
陛下が見ておられるのでみっともない姿は見せられない。というのはあるにはあるが、それ以上にどういう状況でこんなことになっているのかがわからない――下手に突いて藪から得体のしれないモノが出てくるのを恐れているのだ。
――だが、貴族たちはこれからさらに予想外の出来事に遭遇することとなった。
「――やっとこの日が来たね」
「で、でんひゃっ!?」
殿下と言いたかったのに、あまりに動揺しすぎてて声が裏返ってしまった。
それもそのはず。なぜならば、殿下は驚くどころか微笑んでおられたのだから。いや、微笑むだけではない!なんと殿下は優しげな笑みを浮かべたままで私の頬を撫で上げて――
(ええぇぇぇぇーー!?)
もう何が何だかわかりませんわぁ~~~!?
何?何がどうなっているの?そう思って首を左右に動かして会場中を見渡してみると、ほぼすべての人間が私と同じように状況が理解できていない人が大半。ですが、私は見逃しませんでしたわ!
数人――あえて言い直しますと陛下と王妃様。それに、弟のニコライと渦中の人物のアウラ様だけは一切動揺せずにむしろ微笑ましいものでも見るような眼差しを向けておられました。
(ニコライ!あなた、姉がこんなに困っているのに何を親戚の子どもが初めて立った時のような優しげな顔をしているのですかっ!?早く助けなさい!!)
などと人見知りが激し過ぎて親戚の子どもと会ったことすらない私が内心で思っていることなど知らず、当然のように弟は助けてはくれない。
そして、話は私を置いて進んでいく。
「公の場でミラとこうして会話をするのは初めてだ。それも、素顔を晒しての対面となるといつ振りだったか…」
…あぁ、人違いじゃなかった。
アウラ様と間違えておられるのでは…?という淡い期待も裏切られ、殿下は懐かしむように視線を天井の明かりへと向けられた。
というか、私が殿下と素顔で対面するのは初めてですのよ?まるで、殿下は以前から私の素顔を知っていたかのような言い回しではありませんでしたか?
「君を初めて見たのはまだ私が2つの時だったか…」
2つ?殿下が2つと言うと、私も2歳ではありませんか!?
だったら、覚えているわけがありませんわっ!!むしろ、そんな昔のことを覚えている殿下の記憶力が怖すぎます!
「ああ、もうっ!じれったいったらありませんわっ!」
混乱する私を救うべく颯爽と――さながら物語に出てくる王子様のように現れたのはアウラ様でした。アウラ様は未だに私の頬を撫で続けておられる殿下の手を払い除ける。…これは比喩ではなく本当に払い除けた。それもペシッととかいう可愛らしい感じではなく、バシン!なんて大きな音を立てて…。
あの、アウラ様?大丈夫ですか?相手は一応王太子殿下、つまりは次の国王ですのよ?
先程から私の中の殿下のイメージが大きく崩れているのでそれに合わせて評価も下降気味です。これまで貴族として守り続けていた矜持が…。
「……痛いなぁ。何するの、アウラ?」
「痛いじゃありませんわっ!何を自分の世界に入っているんですのっ!!見なさい!ミラ様が置いてけぼりになっているじゃありませんの!」
アウラ様、出来れば話をこちらに振らないでいただけると…。
「ミラ?どうしたんだい?わからないことがあるならボクに言っておくれ?」
ここでわからないことだらけですなんて言えるわけもないんですが…。
「…えっと、できれば状況の説明をしていただけると……」
私に出来たのはただ説明を求めることだけだった。
「……説明?」
「ほら見なさいっ!あなた一人がテンションが上がって彼女に何の説明もしないからそんなことになるんですわよっ!」
「イタッ、イタタタ!わかった!ボクが悪かったから!」
きょとんと首を傾げる殿下にアウラ様がポカスカと……ああ。私にもアウラ様のような強靭な心臓が欲しい…。
「……はぁ。このままでは埒が明かんな」
意識が遠くへといきかけた私でしたが、どうやらそんなことは許されないようです。主催者として一段高い位置に居られた陛下のお言葉で何とか意識を取り持つことができました。
「ハイドリヒ、それにアウラ嬢。ここからは余が説明する」
たったそれだけの発言でここにいる貴族の方々が傾聴するのがわかる。
それは殿下とアウラ様も例外ではない。殿下は静かに同意を示し、アウラ様は跪くことで敬意を示されました。
「――うむ。では説明を始めるが、その前にそなたら全員に紹介したい人物がいる」
会場全体を見渡し、納得なされたご様子の陛下。そんな陛下が紹介したい人物が前へと進み出る。
その人物はベールで顔を覆っていた私が言うのもなんですが、この場に相応しくない怪しげな恰好をされていた。全身が隠れるような怪しいローブを身に纏い、隙間から窺えるのは僅かな部分だけ。
普通だったら、不届き者として衛兵に取り押さえられる人物ですが参加者に動揺は見られません。そのことから、私はかの人物の正体を察しました。
私は知りませんが、ここ数年陛下が重用している信頼できる部下だとかで誰もその正体を知らない方。名前も偽名を名乗っておられるのでしたか。
「では、頼むぞ」
「はっ!畏まりました」
……んっ?今の声……どこかで聞き覚えが…。
「――皆さま、お久しぶりでございます」
謎の人物がローブを取った!
そこに現れた顔に誰もが驚愕の視線を向けます。もちろん、私も――いえ、むしろ私こそが最もこの会場で驚いていたと断言できます。
「――お、おとう、さ…ま」
現れたのは亡くなったはずの父だったのです。
「やあ、ミラ。久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
「……父上、姉上が混乱しておられますので…」
「そうかい?」
「……当り前でしょう?死んだと思っていた人間がいきなり現れたのですから驚くのは無理もないと思いますが?」
「…まったく、お前はもう少し可愛らしさという物を――」
「――ど、どういうことか説明してくださいっ!!」
な、何なんですのこの状況は!
お父様と平然と会話をするニコライの様子は父が生きていたのを知っていたかのよう。だとしたら、何故死んだなどと嘘を?それも実の娘の私だけでなく王国全体に。陛下も知っておられたので不敬罪などには問われないでしょうけど、高位貴族の父がしていいことではないでしょう。
「さて、ミラが困惑しているようだしそろそろ間違いを正そうかな」
「…間違い、ですか?」
それは一体…?私が聞くよりも早く、お父様は指をパチンと鳴らしました。たったそれだけのことでしたが、変化は起きました――アウラ様……そして私に。
変化が起こった瞬間、会場全体から「…へっ!?」という先程よりも大きな驚き、それに伴ってざわめきが上がる。
起きた変化は二つ。
しかし、皆様が驚いているのはたった一つだけ。それはアウラ様のお顔が変わったこと。そして驚くのも無理はない。その顔は皆がよく知る顔だったのですから。
「…やはり姉上にはそのドレスは似合いませんね!ミラの美しい顔でなければ」
「うるさいわよ!そもそもあなたが不甲斐ないから私がこんなことをしているということを忘れたの?」
「…うっ!そ、それは……」
「まったく…。ここまで不甲斐ない弟だとは思いませんでした。せっかく、嫁ぎ先から戻ってきたというのに………」
元に戻られてから、素が出たのかアウラ様は溜まっていた鬱憤を殿下へとぶつけはじめました。
決壊したかのような愚痴は陛下が制止するまで続いた。
「――さて、改めて挨拶を交しておこう。よくぞ戻ったアーレシアよ」
「いえ、こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ございません。父上――いえ、カイザー国王陛下。マルコ王国第二王子妃アーレシア、ただいま帰参いたしました」
「…そう固くならずともよい。嫁に行ったとは言え、お前が余の娘であることは変わりない。それにここはそなたの生まれ育って国ぞ?」
「なればこそです。一度外に嫁に出た人間が大手を振って我が物顔で闊歩していては示しがつきませんでしょう?だからこそ、建前としてこうしているわけです。……と言っても、私は度々戻って来ていましたが」
「……それは、あなたあちらの旦那様との仲は良好なのかしら?」
それまで一言も発していなかった王妃様の言葉にアーレシア様は一瞬視線を泳がせたものの、満面の笑みで「はい!」と答えていた。
そう。ここまで言えばわかるだろうが、アーレシア様は国王陛下のご息女……そしてハイドリヒ殿下の姉君に当たるお方。数年前に外国へ嫁いだと聞いていましたが、そのお方がまさかこんなことをしているなんて…。
一体いつからこの計画は始まっていたのでしょうか…?
どこか置いてけぼり感を感じながらも冷静に状況を分析している風な自分に驚きが隠せないが、とりあえずお父様の説明を聞いてから取り乱すことにしましょう。
久しぶりの家族団欒の会話をしておられる国王御一家からは視線を逸らし、私も久しぶりの家族との会話をすべくお父様に向き直ります。
「……やれやれ。仕方がない。陛下たちはひとまず置いておいて先に説明をしようか」
お父様の声に困惑している会場中の方々の視線が集結する。皆、この状況を一刻も早く理解したのでしょうね。そりゃあ、嫁いだはずの王女が出てくるわ、しかもそれが王太子殿下の婚約者候補として名の上がる令嬢に化けていたわなどなど聞きたいことはあまりにも多すぎますもの。
かくいう私も現状理解できていることは少ないので早く説明をしていただかないと…。
「では、語ろうか。話は数年前に遡る――」
「――ミラは幼い頃から自分に自信がなく、他人の眼を恐れるような子だった。だが、私にとっては自慢の娘だったし、ミラならば王太子殿下の妻になることだって夢ではないと思っていたよ。ちょうど歳も同じだったしね?――そして、私がそんなことを考えていると殿下もミラに好意を抱いていることを知ったんだ」
何でも執務中に突然押しかけてきた殿下に娘を下さいと迫られたそうだ。
(殿下その時いくつですの?ませすぎてませんか?)
「もちろん、私はすぐに頷いたよ。とても光栄なことだったし…。ただ、その頃ミラは既に重度の引きこもりになっていてね」
それは覚えている。
私は4歳の頃には既に人前に出ることを嫌っていた。そして、そんな私に王太子殿下と会うようにお父様からお話があって――泣き叫んで拒んだのような気がする。……父の話ではもう少し酷い状況だったようだが、あえて聞くまい。
「困った私は陛下と相談してある計画を思いついたんだ。それが今回の計画、つまりはミラに罪の意識を植え付けることでそのせいで自信がないんだと思わせる計画だったわけさ!」
自信満々に言っていますが、第三者的に聞いていると狂気の沙汰ですわよ?とても、愛娘にやることとは思えませんわ。
「幸いにも私は術に精通していたからね!とりあえず、ミラには自分の顔は呪いをかけられて殿下が好意を寄せる人物の顔になっていると思わせた。そして、殿下の傍にはミラの顔を持つ少女を置いていたというわけだ」
「その時、王族の傍に正体不明の人間がいるというのも外聞が悪いですから姉である私が変身していたというわけです」
結局のところアウラ様の正体を明かさない以上、正体不明の人間がいることに変わりないと思うのですが…。
「さすがに誰に頼むわけにもいきませんからね~。その子が増長して自分こそを正妃なんて話になったら面倒ったらありゃしませんもの。と言っても、私もいつまでもこの国にいるわけにはいきませんし、結婚を機にミラに真実を思い出してもらおうと思ったわけです」
「大がかりな作業でしたからね~。ミラに信じ込ませるために死んだフリまでしましたし……。そのせいで、ミラの成長を傍で見られないという悲しい状態でしたが…」
「それは父上が悪いのです。そもそも、もう少し方法はあったでしょうに」
「――と、言うわけでミラの顔がアウラという少女と同じだったのはそういうわけです。そして、アウラは存在しませんので彼女が婚約者ということはあり得ないのですよ」
「さあっ!ミラ、今こそボクと真の愛を語り合おうじゃないか!!」
「……嫌ですけど?」
「……へっ!?」
「ぶっふー!!フラれてやんの!バ~カッ!」
「……ええっと、ミラ嬢?何故か聞いても?」
「…陛下、私は数年も騙されていたんですよ?それも家族ぐるみで!しかも、貴族も含めて騙されていたわけです」
私が父がやらかしたことのせいでどれほどの間心労に悩まされていたことか。
「そもそも、私は目立つことが大嫌いです!」
目立てば面倒なしがらみがありますし、何よりも私は注目されるような麗しい姿ではありません。王太子殿下と結婚して王妃になれば国中から注目されるじゃありませんか!そんな恥ずかしい真似は断固拒否ですっ!!
「――と、言うことで私は殿下と結婚するつもりはございません!」
「「「いや、無理だよ?」」」
えっ!?
「そもそも、ここまで大事にしてボクと結婚しなかったらそれこそ問題になるよ?」
「そうそう。私を巻き込んだ時点で、マルコ王国まで巻き込んでるのよ?簡単に言うと国際問題なわけ。わかる?」
「お父さんが死んでたことだって、王命によるものだから…。つまり、逆らうと反逆罪に問われちゃうしねぇ~」
殿下、アーレシア様そしてお父様の順番に否定されてしまった。
「……まあ、そういうことだ。諦めてくれ」
「陛下っ!?」
そんなっ!陛下にまで裏切られるなんて……!
「だが、流石に交際もなしに結婚となると色々あるだろう。騙していた負い目もある。とりあえず、ハイドリヒのことをしることから始めてくれ」
それから、私はハイドリヒ殿下から逃れるために行動を開始するのですが、結局のところ彼の猛アタックに負けてしまいます。
「いやぁ~、やっぱり素顔のミラは可愛いなぁ~」
「…はぁ。殿下」
「ハイドリヒだよ」
「殿――」
「――ハイドリヒ、だよ!」
「……ハイドリヒ様」
「何?」
「ベールを下さい。私は日陰者になりたいのです」
「わかった!」
えっ!?いいのですか?
言ってみるものですね!
「…それに、ミラの顔を他の人に見せるのはもったいないしね」
あれ?何かボソッと言いました?
「そして、君が日陰者ならばボクも日陰者になればいいだけだよ!」
「……へっ?」
い、いえ、それは駄目でしょう!
殿下が日陰者なんてことになったらこの国は一体誰が…!こ、こうなったら……。
「ハイドリヒ様!そうではありません。私は日陰者になりますが、殿下は日向――いえ、私を照らし続ける太陽であって欲しいのです!そうすれば私は殿下を陰で支える存在になれますでしょう?」
く、苦しい!ですが、これも国のためと思えば…。
「!!そうか!ミラはボクの傍にいて支えるようなそんな妻になりたいんだね!」
ち、違いますって~!?
こうして私は次第に逃げ場をなくしていき、最終的にハイドリヒ様と結婚することになるのは言うまでもない話でした。
途中から力尽きました。終わり方が微妙かもしれません…。予定している分はあと1話。それが終われば完結済にする予定です。