罰(後編・BADEND)
本編最終話!バッドエンドです。
(……最後まで面倒な女性でしたわね)
率直な感想を告げた途端、彼女は逆上して私に襲いかかってきた。
まあ、そんなことは陛下の優秀な護衛の方々がお許しになるはずもなく瞬く間に取り押さえられ、連行されていきましたけど。おそらくは、王族ならびに高位貴族に対する偽証罪で彼女は重罪でしょうから、それ相応の対応をされることでしょう。
確か、実家は男爵か子爵のはずですから、釈放も難しいでしょうし…。
彼女自身はすぐにでも助けられると考えているかもしれませんが、豹変した彼女を呆然と見送るだけだった取り巻きの方々に何かができるとは思えません。特に、近衛軍団長のご子息は彼女に剣を奪われそれを凶器として使われるという失態を演じましたから…。しばらくの間は厳しいと評判のお父上の下で自由のない生活を送られることでしょう。
さて、これだけの騒動が起きて、舞踏会どころではなくなってしまいましたわね。既に関係のない方々はこちらかある程度の興味を失い始めているようですし。私も無関係であったならば興味を失くしていたかもしれません。ですが、私は関係者の中でも渦中にいますし、何よりも私にとってはここからが本番なのですから。
気合を入れ直した私の心境を察して下さったかのようなタイミングで陛下が言葉を発しました。
「ハイドリヒ、そして同様にアウラの取り巻きであった者たちへの沙汰を伝える」
その言葉で一度興味をなくした方々も再びこちらに意識を向けるのがわかります。
例え興味が無くても自国の王が話すのですから聞き耳を立てるぐらいはすべきですけどね!
「ハイドリヒよ。そなたは一時的に王権を停止、ならびに王位継承権も停止し、ただのハイドリヒとして生活することを命ずる。その際、こちらで場所を用意するゆえに生活の場を移すことも重ねて命ずる」
これは思った以上に厳しい罰ですね。
殿下は陛下と王妃様の第一子。時期王であられるお方。そのお方が一時的とはいえ、王族としての権利も継承権も剥奪されただの人として暮らさなければならないとは…。しかも、陛下のことですからその間にもやるべきことを用意しているはず。後ろで控えておられる王妃様の目つきが尋常ではないので、もしかしたら私の想像など生ぬるいのかもしれません。
殿下はただただ、神妙に承るだけでした。
それから同じように厳しい沙汰を申しつけられていく取り巻きの方々。中には家から完全に廃嫡される方もおられるようですね。
そして、最後に弟のニコライの番がやってまいりました。
(いよいよ、私の出番のようね)
「最後となったが、次期ウェラー侯爵ニコライ」
「はっ!」
ショックから完全には立ち直れていないようですが、臣下としての立場を重んじた態度を取れていることにホッとします。
「……そなたにはある意味で誰よりも厳しい罰が待っている。心して聞くがよい」
「はっ!」
ニコライはどんな罰でも受け止めると声を上げましたが、殿下は首を傾げているようです。当り前ですね。だって、殿下にとっては家の状況などにも関わっていないニコライの罰が重くなるなんて思ってもいないのですから。
「まず、ウェラー侯爵へと襲爵予定だったがそれは取り消しとする」
「もちろんです陛下。私ごときが誇り高き侯爵位を継ぐなど許されることとは思っておりません」
納得するどころか当然だという反応をするニコライ。でも、私はことがそれでは収まらないことを知っている。
「早合点をするな。お前の襲爵予定がなくなったことはこの際大した問題ではないのだ。ことは王国の高位貴族であったウェラー侯爵家に関わる事なのだからな」
「……?はあ…いえ、申し訳ありません!どのような罰でも謹んでお受けいたします」
この時、ニコライにもう少し考える力があれば陛下のおっしゃったことの意味に気付けたかもしれない。それについては私たちの教育の甘さが問題だった。
あの子だけが知らない罪に対する自責の念が強すぎてあの子に罪を背負わせないようにと気負い過ぎてしまったのかもしれない。
(でもね、ニコライ?陛下は先程こうおっしゃったのよ?『王国の高位貴族だったウェラー侯爵家』と。『だった』つまりは、ウェラー侯爵家については過去の話となっているということにあなたは気付くべきだったわ)
奇しくも、私があなたの問いかけに対して『ありませんでした』と告げたように陛下は過去形で悟らせようとしておられた。…これから起こることは未来の話、それに対して私たちがいるのはもう既に過去の存在になってしまっているのだと私が伝えたかったように……。
「――陛下、弟の罪の前に私のことをお聞かせ願えますでしょうか?」
これ以上、ニコライに悲しい想いはさせたくない。そんな思いで私は前へと進み出ていた。普段だったら、高位貴族たろうとしている私が陛下のお話を遮ってまで前に出るようなことは有り得ません。ですが、これから先の未来を知っている者としてはもはやそんなことは意味をなさないのです。
陛下が、そして王妃様が悲しげな表情を浮かべ私の心情を察して下さったのを見て湧いてくるのは絶望ではなく歓喜でした。
私はこの素晴らしい方々に仕えることができていたのだと!
「よかろう」
ニコライが何か言う前に陛下が言葉を発したのであの子は結局何も言い出せなかった。でも、それでよいのです。あなたはあなたの人生を歩みなさい。
「ウェラー侯爵家令嬢ミラ。そなたには王国の禁術を使用した罪において、極刑を言い渡す」
「「…なっ!?」」
殿下とニコライが驚いたような声を上げましたが、それは無視する。
「そして、その罪は本来先代のウェラー侯爵が負うべきものであるとしてウェラー侯爵家は爵位返上のうえ取り潰しとする!」
「かしこまりました。すべては陛下の御心のままに。ですが、一つだけお願いしたきことがございます」
「…言うてみよ」
「はっ!ありがたき幸せ。私についてはどのような罰でも受けます。ですが、母にとっては本来関係がなかったこと。すべては先代ウェラー侯爵と私が犯した罪。どうか母の命だけはお慈悲をっ…!」
「……よかろう。すべてはそなたら親子の罪だと言いたいのだな?では、そなたの母については罪に問わぬと約束しよう。――現ウェラー侯爵家当主代理であり、先代ウェラー侯爵夫人は現時点をもってその地位を剥奪。夫人には修道院で生活を命じる!」
「ありがとうございます」
これで心残りはありません。
「お待ちくださいっ!」
「……殿下」
「陛下!ミラは被害者のはずです!何卒、何卒温情をっ」
「ハイドリヒよ。それではならんのだ」
そう。もしもここで私が陛下から温情を掛けられてしまえば陛下の治世に対する不満が起きかねない。だからこそ、私は厳罰に処されなければならないのです。
だけれど、ここからは私自身で話さなければならないでしょう。
「殿下。私は処されなければならない理由があるのです。そもそも、私は禁術を使用された時点で罪人です。それであるにも関わらず、こうしてこの歳まで生きております」
生き恥を晒してしまったのですよ。
「それであるにも関わらず、陛下は私に温情をかけてくださいました。…だからこそ、二度目はありません。二度の温情となればそれは私情と取られかねません」
「だがっ――」
「――見苦しいですよハイドリヒ」
「母上っ!」
「ミラは覚悟を決めています。彼女はお前の妃を見定められなかった時点でこうなることは覚悟して命令を受け入れたのです」
「ならばっ、その王命はまだ達成されていないはずです!それまで待てばいいだけではありませんかっ!!」
「達成されることはありません。あなたは先程王籍を外されたのを忘れたのですか?」
「それ、はっ……」
「あなたが王族に戻るまでこれまで通りの生活を送れると?これだけの貴族の眼に晒された場で行われた茶番劇を誤魔化してどのような生活が出来るというのですか?あなたのせいでミラはこれから罪人として国中から見られるのですよ?」
もしも、殿下がこのような公の場所ではなく配慮した場所で婚約破棄を行ったのだったら…。たらればを言い出したらきりがありませんがそれを考えると少し、ほんの少しだけ後悔が滲み出ます。
「…………」
項垂れる殿下を見たのが私が最後に殿下を見た姿でした。
「……こちらです」
「ありがとう」
王籍を剥奪されてから三年。俺は再び王都の地を踏んでいた。以前までは常に次期王としての重圧を受けていたが、この半年で多くのことを学ぶことができた。
地方で兵士として働き、時には平民として暮らし……ようやく人間としての実感を持つことができた。そして、俺が王族に戻る前に最後の試練として訪れたのがここだった。
「……ミラ」
声をかけても誰も反応しない。当然だそこには誰もいないのだから。
俺がいるのは寒々しい鉄格子と石畳がある牢獄だった。その中でも他国の人間などを収容するためにある程度豪華に作られた牢屋。今はもぬけの殻となった場所は三年前にミラが投獄された場所だったという。
ミラは既にこの世にはいない。
処刑されたのではなく、投獄されてしばらくしてそれまでの心労が祟ったかのように息を引き取ったと聞かされている――と言っても実際に俺が聞いたのは彼女が亡くなってから半年以上経ってからのことだったが…。
彼女は本当に早く死んだ。それほどまでに俺が彼女を追い詰めていたということだ。それを悟らせないために、耐えるだけの時間を与えられた。
彼女の死後、遺体は平民に身分を落としても文官としての道を見出し始めていたニコライが引き取って丁重に弔ったそうだ。ミラの母親は罪を受け入れて修道院に入った者が罪人の死で赴くわけにはいかないと断固固辞して葬儀にも訪れなかったという。その代わりに身分を隠した母上がミラの旅立ちを見送ったそうだ。
以前までだったらなんとも冷たいように思えた行為だが、今となってはその意固地なまでの頑固さはミラによく似ている――そんな風にどこか懐かしく思えてくる。
俺にとってミラの死は心を痛める訃報だったが、それよりも心を痛めたことがあるということについては心底自分が嫌になった。
ミラは、死んでなおアウラの顔をしていたという。
誤解の内容に言っておくが、俺はもうアウラを愛してはいない。
アウラはあの後すぐに処刑された。
さすがにあれだけの高位貴族の前で王への虚言は許されざる行為だとされたようだ。その時には王都を発っていたので詳しいことはよく知らない。ただ、彼女への好意はもはや微塵もないことだけは確かだ。だが、ミラの顔が彼女本来の顔に戻ることはなかった。
陛下にお聞きしたところ、あの禁術は好きな人間がいない場合は前の人間の顔であり続けるのだという。
願わくば最期ぐらい彼女自身の顔で眠らせてあげたかった。
あれ以降、移り気だった俺は恋をするのをやめた。人間不信というよりも自分自身の情けなさに嫌気が差したのだ。
俺はもう二度と恋はしない。
それがミラに出来る最後の償いだろう。
国王就任と共にハイドリヒは結婚する。それは傍から見てもわかるほどの政略結婚であり、彼自身も王妃を愛しているわけではないと公言して憚らなかった。
それに気分を害した王妃は王子を産むとすぐに離宮に移り住み、以後夫と顔を合わせることはなかったという。
国王がなぜそこまで王妃を毛嫌いするのか、それに対して疑問に思った臣下も少なくなかったそうだが、重鎮と呼ばれる者たちは一切文句を言うことはなく、理由を聞かれても口を閉ざしたそうだ。
後世ではハイドリヒは険悪な夫婦仲を象徴する人物として語り継がれることとなる。その理由として上げられるのが自分の顔を嫌っており、公の場では無機質な仮面を被り続けていたという。これは結婚式の日に妻から何か言われ、素顔を晒したくなかったのでは?という見解が多く、一方的にハイドリヒが悪という訳ではない。夫婦は互いの悪いところも認め合うべきとされるからだった。
ハイドリヒは変わった王であり、就任式の日以外は常に顔を隠し続けていたという。そして、唯一素顔で出席した就任式の絵を残すことを初仕事で制定した法律に記すほどに禁止していた。
事実、ハイドリヒ国王の肖像画だけは国中のどこを探しても見つからず、若い頃に就任式を見ていた画家が死の間際に描き残したとされる一枚が出てくるまでは誰も彼の素顔を知らず、歴代国王の肖像画をすべて見たことで誰も知らないのならばハイドリヒ国王だと証明されたぐらいである。
晴れ舞台であるにも関わらず、その顔は何かを憂いているようなそれでいて後悔しているような、そんな泣きそうで悲しげな顔をした青年だった。
ちなみに、ハイドリヒの長女はミラと名付けられたそうですよ?
以上ここまで読んで下さった皆様には感謝の言葉もありません。突発的に思い付いて書いてみたくなった短いバッドエンド連載。私自身満足していますが、あらすじにも書いてある通りおまけを投稿しますのでまだ終わりじゃありませんよ?
それではまたいつの日かお会いしましょ(^_^)/~